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いずれ神に至るため  作者: 鍋谷葵
運命を憐れむ人々

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三人目の目覚め

 伊野の言葉から現状を悟り、兄たちがいったいどれだけ無謀なことをしでかそうと思っていることを初めて知った八千代は、驚きを貼り付けた表情を崩した。これは張り詰めた緊張とか、殺伐とした戦慄とか、そういったシリアスに表情を崩したわけではなく、その逆の表情である。一切の緊張は緩められ、彼女は見る者すべてが見惚れるであろう微笑を顔に浮かべた。彼女の美しき表情は、伊野が見せる表向きの楽観の中に隠された悲観による緊張をも弛緩させ、伊野自身が半ば起こらないであろうと絶望している奇跡が起こる可能性に、ある種の増幅をもたらした。希望的な観測事象について個々人がどれだけ願ったところで、それ自身が起こる確率はほとんど変わらないであろう。しかし、伊野は例え非科学的なことであっても、それでも自分が信じることによって奇跡が起こる可能性が少なからず上がるだろうと思ったのである。もちろん、この非科学的な言動には伊野自身の覚悟も含まれている。初めから紫雲龍鳳という強大な存在を前に全てを諦めることなく、果敢に、自らの肉体と精神が持ちうる限り戦ってやろうという半ば死を前提とした覚悟を、以前よりも強めたのだ。この感情の変化に従って、伊野は輝ける金剛石が如き意思を持った。希望が現実にならなくとも、あらゆる手段を使って敵対し、それでもなお敵わなかったとしても、伊野は最後の最後まで折れることは無いだろう。

 しかし、伊野は自らの覚悟をより強固なモノとしたが、果たしてどういう訳で八千代の微笑が自身の心理に対して影響をもたらしたのかはさっぱり見当がついていなかった。もっとも、この情動に関して論理的に影響を調べるというのは無粋なことなのであるが。

 けれども、伊野のような、というよりも技術都市で思春期の大半を過ごしてきた多くの論理的で科学的な解に固執する者たちは、相手の何気ない行動がどういった伝達手段で自らの心理に影響しているのかが気になってなら無いのである。特に記憶に関する魔術を持ち、精神衛生関係の仕事に就きたいという極めて明瞭な夢を持っている伊野のような人間からすれば、行動が真理にもたらす影響は極めて興味深いことであった。したがって、伊野は自らの内面に意識を向けて、八千代の微笑が自らに与えた効果について論理的に導き出そうと咄嗟に試みた。


「おはよう。伊野さん、八千代ちゃん」


「おはようございます」


「んあ? おはよ。美紀ちゃん」


 だが、伊野の試みは絶世の美少女の起床によって妨げられる。そして、この意図せぬ妨害によって伊野が抱いていた行動が真理に与える影響についての興味の一切は消え失せてしまった。これは氷花の表情が、極めて魅力的であったためである。

 氷花は起きてすぐなのにもかかわらず、眠たげな素振りを見せることは無かった。その上、氷花の表情や行動において寝起きの乱れは一切なかった。はちみつ色の瞳を程よく潤ませ、崩れた髪を厭わしくなでながら、氷花は凛とした足取りで、二人が対峙するキッチンに向かった。美しく可愛らしい氷花の言動に、見惚れた二人は暫し、氷花がキッチンに着き、伊野が使ったマグカップに水を汲むまで硬直した。人間、例え同性であったとしてもこの世のモノとは思えないほど美しいモノを見ると固まってしまうらしい。


「そういえば、この家ってシャワールームってあるのかしら?」


 マグカップ一杯の水で口をゆすぎ、もう一度なみなみと注いだ水を飲み干して、口の端から水を滴らせながら氷花は呟いた。大方、二人の様相を見て独り言を言ったのであろう。もしくは、二人の会話を寝たふりをしながら耳にしていたため、出来るだけそれらの会話内容に触れないようにした氷花なりの気遣いであったのかもしれない。

 少しだけ他人行儀な言動を取る氷花に、二人は少々気まずい気分となった。これは氷花としても想定外のことであった。しかし、自分で作り上げた雰囲気であったため、これに対して責任を取るのは氷花であった。氷花はため息を吐くと、マグカップをシンクにおいて、二人にちらりちらりと目配せをした。


「まあ、良いわ。それで八千代ちゃんは、今の伊野さんの話を聞いてどう思ったのかしら?」


 そして、二人の情調的な面に問題が無いことを確認すると氷花は、どんよりとした重苦しい気分を打開するために、話題の確信を突く問いを八千代に投げかけた。


「どうって?」


「そのままの意味よ。圧倒的な絶望を感じたのか、それとも破れかぶれでもなんとかすべきかって思ったのか、それともまた別の何かか」


 そして、氷花は八千代の内面にずけずけと踏み込む言葉を紡ぎ続けた。

 しかし、最終的な解決がついていた八千代は決して動揺することは無かった。むしろ、氷花の目を真っすぐと見て、凛とした表情を向けていた。


「いえ、私は兄者たちを応援しますし、支援しますよ。だって、兄者たちに出来ないことはありませんから。兄者はどんな苦難にも勝てますよ」



ご覧いただきありがとうございます。

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