僕は「何か」
「・・・・・・・・・・・・」
長い長い、灰色の床を歩く。天井は高く、壁沿いに品位の高さを知らしめるかのような、由緒ある家紋が刻まれたエンブレムの装飾が施されている。途中に位置している部屋の入り口さえもそこらの民家のものとは違い、一見して丈夫そうに且つ綺麗に見える入口からさえ、この屋敷の高貴さを伺うことが出来る。
平和な生活を営む人間であれ、魔の者と隣り合わせで多くの種族が存在している魔族であれ、ここが如何に平凡な暮らしとは違うことは誰しもがそう思うだろう。そして、そんな豪華絢爛な道を行く白髪の少年も、名高い貴族、或いは王族――――その類の、きらびやかな立ち振る舞いを見せて・・・・・・・・・・・・いるはずだったのだが。
「・・・・・・・・・・・・」
少年の顔は、男とも女と言える顔つきをしていて非常に判別がつきにくい。堀が浅く小顔であり、目元も大きい。全体的に見れば華奢な体つきで、男らしいというには余りにも見劣りする体型。
そんな少年の顔は、これでもかというほど沈んでいた。二重の目は大きく見開くことも出来るが、まるで眠気に抗っているように瞼でが重そうだ。少しだけ時を遡った時期に、心を抉られる程の不快な出来事を体験してしまったのではと、側を通る者達が察し、話しかけることも億劫になる程に表情も暗い。
また、複数人で対面から渡ってくる者は、顔を見れば戸惑った顔をしつつも、一礼をしてそそくさと立ち去っていくものもいる。
そしてその後ろからは、落ち込んでいる少年の事であろう会話が小さな声ではあったが、聞こえないように繰り広げられていた。それは何の意図を込めて会話し始めたものなのか、少年はその心の内を暴くことをせず、寧ろ逃げるように、人気のない場所を探すかのように、歩むことをやめない。
自分だけの足音が鳴っている――――でも、これでいい、これだけでいい。
自分がいつも鳴らしている音だけを聞きたい。誰かがこちらを見て話している時はきっと、自分が一番よく分かっているけどどうにもならないことを話しているんだろうと、余計に暗い気持ちになってしまうから――――と、静寂を求めて歩く。
向かう先は、少年自身の部屋。自分が許可しない限り、誰にも侵入は許されない場所、だから一人静かに日が終わるのを待つことが出来る。信じきった安らぎの場所を求め、歩む速度が少しだけ増してくる。
「アルジエーネ様」
と、自分の部屋が見えてきたところで、いつの間にどうやって、背後を付けてきたのだろうと尋ねてしまいそうなほど、自然に掛かってきた声が耳に届く。その声は凛とした女性のモノであり、紛れもなく少年アルジエーネを呼び止めるものだった。
これを無視する理由はない。早く部屋に戻りたかったのも自分の都合。何か大事な用があって呼び止められたのかもしれない。そんなことを思いつつ後ろに振り向く――――どうせいつもの時間を知らせに来たんだろうと、心の隅で結論づけてはいたが。
「エリシュがグランバート様より預かりました言伝、お伝えに参りました。今より20分ほど後に、修練場の方で魔術の鍛錬をされよとの事。グランバート様は本日の遠征より帰還され、既にお見えになられています」
「・・・・・・・・・・・・」
そうだろう、と思ったので、特に驚きも喜びも面倒臭さもなく。へりくだってアルジエーネと関係のある人物からの言葉の復唱を受け止める。
伝言をしてくれた女性は、この場所において主に生活面の快適な水準を満たすために身体を動かす給仕の役割を果たしており、黒色のエプロンドレスの上に半透明で薄い赤いローブを羽織っており、顔の左端には何やら意味のある紋様を加えた仮面をつけている。
仮面のついていない方の顔は特に心情を読み取れるような表情をしておらず、命令を遂行する機械の如く無表情。実際に彼女は、その身に受けている命令を全うしているに過ぎず、余計な考えは取り払っているようだった。
紫の黒色が混じった長い髪型は、肩の高さで結ってまとめられている。顔を含め、服装の露出箇所から見える肌の色は薄い水色。この世界における人間とは明らかに違う色をしており、生態のカテゴリとしてはヒトとは呼べないであろう。そんな彼女を雑に言うと、魔族と呼ばれるものだ。
「・・・・・・うん」
この女性が、この時間に自分に話しかけてくるというのは、大体この件だということをもう分かっていたアルジエーネは、その滲み出る暗さを込めたような返事で応答。
それを聴くと、自らをエリシュと呼んだ女性は僅かに頷き――――薄紫の靄となって消えた。彼女だからこそ出来る靄への変体、ひと目に映らなくなるこの移動方法は、アルジエーネにとってもう驚くものではない程に見慣れてきていた。
その靄が完全に消えて見えなくなるまで、アルジエーネの視線は彼女から離さなかった。別に彼女が気になっていたわけではなく、ただこれからしなければならないことに不安を感じつつ、呆けていただけ。そして我に返る頃には、その目もやがて弱々しくなり、ほんの少し、覗き込めば分かる程度に顔を悲しく歪めていた。
特訓。そう、これから行うのは特訓なのだが――――
それは、アルジエーネ自身の身の有り様を考えてこその、この身分だからこそ”やっておかなければならないだろう”事。例えそれが、形だけのものだったとしてもだ。
自らの手を覗き込み、握ったり放したりしてみる。この憂鬱な気持ちの原因がそこにあるわけでもないのだが、自分に問題があることを弁えたアルジエーネが今この場で自分を見つめるには、と自然に体が動いていた。
「・・・・・・・・・魔術・・・」
アルジエーネ・トラン・エリンシル。
人間の年月の数え方で、15年。しかし彼は魔族であり、人間の寿命に比べれば長寿と言える生涯があるが、少年はまだ長く生きてはいない。
魔族でありながらも、その格好は人間によく似ている。魔族特有の目に見える部分の特殊骨格や特徴を持っているわけでもなく、それはまさに二足歩行する人間そのものの格好。肌も多少白いだけで、真人間と言われても遜色ないほど。
だが、少年は自分が何者であるか確信の持てない――――そして、魔術の使えない、落ちこぼれであった。
オリジナルのファンタジー作品に挑戦します。
なろうではどのような文章が読みやすいのかを試行錯誤で改善していきます。
よろしくお願いします。




