紅瑩さんの嫁ぎ先の事情
着替えを手伝って貰い、自分でも驚く姿になった天藍は、兄弟と共に連れていかれたのは広い空間。
台には様々な料理が並び、様々な飲み物や菓子が並ぶ。
「均。本当にご苦労だった」
もじゃもじゃの毛と大きな瞳のがっしりとした男が、均の背中を叩き笑う。
「あたたっ!酷いですよ〜!益徳どの。ぶっ飛びますよ〜」
「お前の体はその程度でぶっ飛ばされるか」
「そんなことないですよ〜私だってか弱いんですよ。あの姉や兄様と一緒にしないで下さい!」
「あらぁぁ?均?さっきのお説教をもう一回されたいの?貴方加虐思考?趣味?嫌だわぁぁ!気持ち悪い」
均によく似た伯母の紅瑩は、おほほと笑っている。
「嫌だなぁ。姉さん達の嗜虐的趣味には及ばないよぉ〜」
「あらぁぁ?我が家の家訓は恩は2倍、やられたら100倍返しですもの。それを公言しているのに乗り込んで来る馬鹿がいるんですもの、おほほほほ……ついでに幼常殿にも、100倍返しよ」
「それはどうぞどうぞ。季常が是非、姉さんに叩き直して下さいだって。あ、そうだ。これ捨ててくれてもいいからって渡されたよ」
懐から包みを渡す。
「何かしら?」
開けてみると、真紅の小さな石がきらめく繊細な細工の髪飾りである。
「私の紅瑩にぃぃ!季常のアホ〜!」
紅瑩の夫である仲常が叫ぶ。
「というか、それ、短期間だけど、向こうの馬鹿の矯正とうちの教育を徹底させたって母上に譲って頂いたんだよ。ね?母上」
「元夫のお母様に頂いたのよ。元夫のくれたのは全部売り払って、道中とか使ったのだけど、それはお母様の宝物で……季常殿が、向こうを出発する時にどうしようかと見ていた時に、言ってくれたの。『母上にお似合いの装飾ですね。捨てるのは勿体無いです。もし良ければ譲って下さい。私は罪人です。沢山の人を苦しめ、悲しませてきました。一番辛い目に遭わせたのは次兄の嫁であり、敬兄の姉上の紅瑩姉上です。本当はどんなに償っても、償えない。許してくれとも言えません。言いません。それはもっと姉を傷つけるから……』」
紅瑩は息を飲む。
珊瑚は、紅瑩を見る。
「『それに、琉璃殿にも許してくれと言いません。これから、私が進む道を後世の……亮花達が成長して、その子供達や孫、曽孫が私のしてきたことを、どうだったか判断すると思います。たとえ、この後に行った行いがこの国に平和をもたらす一歩となっても、それは敬兄が望んでいた平和ではありません。愚かな私が歪めた仮初めの平和だと思います。でも今更ですが、昔の自分を止めることはできませんし、後悔し命を絶ったとしても全くこの世界は変わりません。苦しくとも生きて生きて、自分のしでかしてきたことを少しでも矯正し、力不足ですが家や人々の為に努力したいと思います。姉上は本当に病気が逃げ出しそうな人で、なるべく姉上よりも長生きしたいのですが、姉上の方が図太そうなのと、均も一緒になって「何してんの、馬鹿〜!」と言われようかなぁと思います』だそうよ」
「僕だったら『あほー。ボケーだよね』姉さんは?」
横を向いた均は、俯く姉に慌てる。
「ね、姉さん?」
「……帰ってきたら、亮と二人をボッコボコ!に決まってるでしょうが!」
髪飾りを挿し、拳を握り締める。
「それに、あの子は昔から根性もひねてたけど、難しく言うだけで全く甘ったれで、ついでに可愛げがないわ!本当に、なーにが私より長生きよ!してご覧なさいな。絶対に私の方が長生きしてみせるわよ、おほほほほ!」
「ぎゃぁぁ、姉さん。本性見せないで!そこで、足開いてはやめて〜!」
「全く……幾ら憎くても、腹がたっても……夫の弟は私の弟なのよ。亮程可愛い弟じゃないけど、出来の悪い馬鹿程、姉としては気にかかるものなのよ……それなのに、何で分からないのかしら」
「幼常は?」
夫の言葉に、悪鬼の形相になった紅瑩は、
「馬鹿は馬鹿でも、いつまで経っても自分で考えることもできない馬鹿は、見捨てて上等!特に、必要な大金を盗む馬鹿こそ早く……!あぁ、お腹にいる赤ん坊に悪いわ。悪い言葉を覚えちゃいそう!」
「その前に、姉さんは子育てできるんですか〜?」
「ぶん殴るわよ。均」
拳を固める。
が、すぐに紅瑩は珊瑚を見て、頭を下げる。
「本当に、素晴らしいものを戴き、ありがとうございます。大切に致します」
「良いのよ。貴方が、孔明や均のお姉さまね」
「紅瑩と申します。紅瑩と呼んで下さいませ」
「まぁ!嬉しいわ。じゃぁ、お母さんと呼んで頂戴」
「本当ですか!嬉しいですわ!こんな素敵なお母様が出来るなんて」
紅瑩は喜ぶ。
実母は幼い頃に亡くし、妹の母である養母は本当に可愛がってくれているが遠く、夫の母は今でこそ大人しいが嫁いびりが酷かった。
紅瑩は怒鳴り返すよりも、弟の真似をして理論詰めで叩き潰したりしていたが、おっとりとしていて大人しかった季常の嫁である麗姝には本当に酷いものだった。
今では大人しいが、それでもギクシャクしてしまうこともある。
ついでに言うと夫の兄の再婚した嫁は、酷い言い方をすれば義母との関係を鬱陶しがり、別棟を立て住んでいる。
夫の両親のことは、紅瑩に押し付けている。
しかも、自分には娘しか生まれなかったこともあってか、
「どうせ、紅瑩さんの息子が当主ですものね。財産を紅瑩さんが貰うのだもの、良いじゃない」
と、姪と一緒に本棟に挨拶に来て欲しいと言いに行った所、嫌な笑みでそう答えられた。
その時は我慢したが、それからも様々な行事や相談にも現れない姉に、再び頼みに行った所、
「どうせ、紅瑩さんはあの諸葛孔明殿のお姉さまですもの。賢くて決断力、判断力もおありになって、武器を持ったり、馬に乗って遠出もされるのでしょう?そんな野蛮なこと、怖いですわ。私にはできませんわ……か弱い女ですもの。全部夫に任せていますわ。それとも、仲常殿はそんなに紅瑩さんが何でもして差し上げないと、できない方なのかしら……それはお可哀想ですわ」
と、ついて来ていた息子たちの前で言い、途中でいなくなった息子たちが戻ってくるとその後に本棟の義父母に、夫や夫の長兄が姿を見せ、特に夫が怒り狂った。
「私の紅瑩になんてことを言うんでしょうか?兄上。私の妻はそんなに酷いことをしたのですか?父上と母上、兄上が相談があると言うから集まったのに、来なかったのは兄上の奥方でしょう?兄上が何で呼びに行かないんですか?それに兄上が、私の息子に後を継がせると言ったのですよね?奥方と相談の上ですよね?それが何で、私の紅瑩が何かしたような言い方になるのです?絶対に赦せません!謝罪を申し入れます!」
「貴方!良いのよ……」
「良くない!紅瑩は私の妻です!兄弟に孔明や子瑜兄上がいても、関係ないでしょう!」
「貴方。それよりも貴方のことを虚仮にされたのよ?私はそれが許せないわ!」
「私は兄上の奥方によると、紅瑩に全部を任せて、何でもして貰わないと生きていけない人なのだそうですよ。父上、兄上」
仲常の腹黒い笑みで、義理の姉を見る。
真っ青になり伯常は妻を見る。
「そ、そんなことを言ったのか!」
「い、言いませんわ。私は紅瑩さんのように賢くもないので、貴方の言うことを聞いていますと……」
「嘘つき。母さんに馬に乗って領地を見回ることや、その途中に襲われないように、武器を持っていることを野蛮だって言った!」
「まぁ、父さんは母さんに甘えてるけど、でも、母さんは本当に一杯頑張ってるのに、伯父上!お祖父様、お祖母様、母さんを苛めるなら、僕達出て行くからね!」
二人の息子、瑛と聡が口を挟む。
「お前もか!」
伯常は怒り狂う。
「私はあれ程言ったはずだ!前の妻は紅瑩殿を苦しめ、毒を盛った。紅瑩殿が行なっているのは、私の代わりに領地の管理に見回りで、手の回らないのを手伝ってくれているのだと!本来ならお前が、私の妻として馬に乗れないなら馬車に乗り、回らなければならないのを、紅瑩殿は『子育てが大変だろう』と動いてくれていたんだ。そんな紅瑩殿に感謝するなら兎も角、そのようなことを言うのなら、もう構わない!出ていけ!今すぐに!」
「貴方!」
「これ以上、この家に災いを持ち込む者はいらない!お前に息子がいなくて良かった!出ていけ!」
「お兄様!お姉さまは……」
「出て行っておくれ」
今まで黙っていた人の突然の言葉に周囲、特に紅瑩が驚いた。
「紅瑩は嫁いでからずっと、夫である仲常を、義兄である伯常を立て、私たちを支えてくれた。息子を二人育てつつ、仲常の弟妹を実の兄弟のように面倒を見、領地の見回りを率先して動いてくれた。家には勿体無い程の嫁です。紅瑩を馬鹿にするのなら、この馬家を馬鹿にするのと同じ!家には置いておけない!出て行っておくれ!」
仲常たちの母である。
「また、紅瑩に毒を盛られたり、暗殺者でも雇われては困るんだよ……貴方?」
「そうだな。紅瑩に家を出られたら、この家は終わるだろう。だが、そなたが出て行っても、普段通りだ。出て行っても構わないよ。代わりに娘たちはこちらに。身1つで出て行くように」
義父の淡々とした言葉に、兄嫁は真っ青になった。
『馬家の妻』と言うのは、この辺りで有数の名家の奥方であり、財産も、地位に名誉もある。
それだけではなく、紅瑩一家の屋敷はそうではないが、伯常の屋敷は広く大勢の使用人に囲まれ、至れり尽くせりである。
それが、自分の価値であり自慢だったのだ。
「貴方!貴方!お父様、お母様!お許し下さいませ!私が悪うございました」
「赦す?そなたは『馬家の妻』になりたかっただけだろう?覚悟もなく嫁いできてよくも言える」
「貴方!心を入れ替えて、努力致しますわ!お願い致します!」
必死に夫にすがりつき訴えるが、冷たい視線で、
「そんなに『馬家の嫁』が良いならここで暮らすがいい。娘たちは本邸で私たちと共に暮らす。私はここには帰らない。一応、必要最低限の使用人は置いておく。ではな」
言い置き、伯常は子供達を呼びに行くと、先に出て行った家族の後を追い出て行った。
「貴方!」
声は響くが、伯常は振り返らなかった。
そして、守っては貰ったが、疲れてしまった上に、又問題を起こす夫の弟たちをしばき倒す為に来ていたのだが、一度会ってみたかった琉璃の伯母であり、弟たちが母と慕う閻珊瑚に会うことが出来、その上……。
「嬉しいですわ。琉璃や孔明が、いつもお母様のことを便りに記して送ってくれていたのです」
「私もよ。私の子は皆父親に似たのか、顔だけでお馬鹿さんが多いの。本当に貴方のように可愛いだけじゃなく、文武両道と言うのは羨ましいわ」
「あら、確か瑪瑙さまに何度かお会いしましたわ。しっかりとしていて、優しい素敵な方でしたわ」
「あの子は、令明がいないと駄目なのよ」
苦笑する。
「でも、この間再会して驚いたわ」
「私も、琉璃や甥たちに会う度に驚きますわ」
珊瑚と紅瑩は、微笑んだのだった。




