天藍の部屋
案内されたのは、一番手前の部屋。
ここが天藍たちの部屋だと言う。
説明によると向かいが広と循、隣が妹たちの部屋なのだが、今は母である琉璃と一緒にいて代わりに亮花とその母の麗朱が滞在している。
そして広の隣が喬と統、一番奥は両親の部屋である。
この屋敷はかなり古いが、とても立派で趣があり、別に書庫や父の孔明と喬の趣味の書簡の書き写す場所や、孔明と弟の均の研究室もあるらしい。
先に喬の部屋に入り休ませると、残る統の代わりに滄珠を抱いていた循が、隣の部屋に案内する。
「ここだよ?あっちが兄さん。だからこっちが天藍だね。衣はまた後で増やすとして、上にかける為の古い衣とか、必要なものを持ってくるよ。筆記具とかは喬が今は管理する書庫にあるし、必要なもの何かある?共同で使う灯はこれで、棚は空いている所……」
「こんなに広くていいの?それに牀も……」
「広い?普通だよ?天藍、どんな所で住んでたの?」
「えっ?……じ、実父は戦場で死んで母に育てられたんだ。掘っ立て小屋同然で、母が内職、私は外でお店の手伝いとか……板の間とか土間に寝転んで……だったから。あ、一応、張公祺さまの所に、亡くなった父の知り合いのつてで出仕したけれど、下級だったから……生活楽じゃなかったんだ」
「……私はそういう生活は、住まいを移ったり、移動の時位しか知らないけれど、でも、ここは天藍にとって幸せな所になって欲しいよ。卑屈になったりせず、私も兄弟だから相談して欲しい」
循は真剣な眼差しで告げる。
「それと、お母さんと滄珠と桃花は絶対に守ってあげて欲しい。それと喬も。お母さんは昔、物心ついた頃から戦うことを強いられて、本当に地獄を見てきたんだ。ようやく解放されたお母さんは幸せそうに笑ってる。それに滄珠は生まれてすぐ連れ去られて、ようやく戻ってきたんだ。だからお母さんと滄珠を守れるようにと、喬は頑張りすぎて本当に疲れてしまったんだと思う。喬は兄弟の中で一番武力や力が弱い。でも、一番頑固なんだ。正統派の内省官としてやっていけると思う。だけど、この世は戦乱……生きにくい……。だからお願い」
「解った。喬はお父さんの子供?」
「血が繋がっているかと言うと近いよ。でも私たちと同じ養子。江東の父さんの兄上の次男。当時子供がいなかったから引き取ったんだ。それに喬の実の兄がね、当時から根性悪だったから。苛められてて萎縮して駄目だったんだ。で、養子。うちの父さんは知っての通りあんな風で、どんとこいでしょ?小さい頃は私たち5人抱いてぐるぐるとか、皆平等だったからね。今でも抱きたがるよ。広は突進していって喬は嬉しそうで、統は表情が緩むし兄さんは『俺、15なんだけど……諦めた』とかね。父さんしてなかった?」
「あ、帰る道の途中までは馬車だったから、俺も実は食事をろくにとれなくて痩せてて、一緒に寝てたんだ。俺は父を知らないから……」
循は同じ年の兄弟を見る。
「私は、名字は孫。父が孫公祐。内省担当だよ」
金剛の牀に坐り、苦笑する。
「父がいるのにここに居候って言うのは変だと思うけれど、元々、先に父さんに引き取られたんだ。実の父が私を虐待するから。双子の姉と一緒に。母は何度も実父に言ってたけれど、私は萎縮して、実の弟にまで馬鹿にされ殴られていた。最後に母は父と離婚し、父さんたちの当時いた屋敷に引っ越したんだ。で、丁度来たのが父。父さんは余り調子が良くない、その上幼い喬たちを、母さんが見ているのは大変だと助けに来てくれたんだ。で、父が母に一目惚れして、私たち双子がいても構わないと結婚したんだ。でも、私は父とは違い参謀になりたかったから、父さんの所に残ったんだ」
「お父さんは?」
「ん?隣の家だからね。それに妹も4人生まれて、双子の姉は喬と結婚するんだ」
「双子……良く似てるの?」
「あぁ、これでも私は母に似てしまって……もう少し凛々しかったらなぁ……天藍が羨ましいよ」
嫌そうにと言うよりも、微妙な顔になる。
「実父には似たくなかったから、これでいいけど、父に似たかった……」
「私は実母に父に似てると言われてた……。でも、いつも……『お前さえ生まれていなければ、実家に帰って再婚出来たのに……生むんじゃなかった』と言われ続けてた……。働いても、母はそれを五斗米道につぎ込んで……家にいても『怠け者、役立たず』……って文句ばかりで……どこにいけばいいのか……生むんじゃなかったという母なのに『生んでやったんだから働け』って……どうしたらいいのかと思って……」
表情が消え、視線をさ迷わせる。
「生まれてくるんじゃなかった……そう思ってた。あの時均父さんに会って『父さんたちと帰ろう』って……。そうしたらお父さんや……お祖母様や金剛が……迎えてくれて……良かったなぁって……。それに、突然兄弟だって言われても困るはずなのに、皆……優しいよ。俺が誰か解らないのに……」
「……と言うか、天藍は生まれた場所を間違ったんだね。私も父や父さんに実の父の子供じゃないと何度も言われてた。でも、心に残ってるんだ。でも、父は今でも口癖のように『循は何で私の息子なのに、根性悪に……』とか言うんだよ。そうすると、父の友人のおじさんたちが『お前に似たからだ』だって。天藍も、均叔父さんに似てるかもよ?ひょうひょうとしてるし。父さんに似たら喬みたいにせかせかしてるかもね」
アハハ‼
循は笑う。
循の腕の中の滄珠は、
「循おにいしゃま、しょうしゅは?」
「滄珠は母さんにそっくりだよ。でも、可愛いからなぁ。伯父さんや伯母さん、お兄ちゃんたち以外についてっちゃダメだよ?」
循は言い聞かせる。
「あーい!しょうしゅ。おにいしゃまとねんねしましゅ!」
「母さんが寂しがるよ?」
「今日は、テンリャンおにいしゃまとねんねでしゅ!」
「あ、そうなの。お兄ちゃん寂しいなぁ……」
呟いていると、扉の向こうで、
「あの、循お兄様……」
「あ、亮花、麗朱さまもご一緒?」
「は、はい。あの、お客様……失礼だと思うのですが……」
「入って良いですよ。喋っているだけです」
扉の向こうから入ってきたのは、本当に気弱ででも柔和な微笑みの愛らしい女性と、良く似ているものの、きりっとした眼差しの少女。
舜花よりは少し大きい。
多分舜花は、この少女と滄珠の間位の年だと思われる。
「あ、そちらに座って下さい。麗朱さま、亮花も」
循は勧めると天藍を見る。
「天藍。さっき言ってた、君の老師の奥方の麗朱さまと一人娘の亮花。年は広と同じだよ」
「ろ、老師の奥方さま‼は、初めまして。私は天藍と申します。老師……馬季常さまには、言葉遣いや地域のことを教わっておりました。途中で別れ先に戻ったのですが、本当にお二人を心配されておられました」
「ろ、老師……お、お父様がですか?えと、おば様やお兄様に伺うと、余りにも説明が下手すぎるとか……」
亮花は恐る恐る問いかける。
亮花の言葉通り、亮花の父、季常は色々な過去の事情で、対人関係最悪の人である。
「あ、えと、均父さんに良く言われていましたが、私自身が言葉遣いがなっていないので、老師が丁寧に話して下さって、逆にありがたいと思いました。それに、時々説明に戸惑われる時もありましたが、必死に例えを探されて、私に優しく説明して下さったので……いい方だなぁと」
「……いい方……」
過去のめちゃくちゃな季常を知っている循は、遠い目をする。
循からすると、訳の解らない自分本意な人だったような気がする。
でも、先日の書簡の衝撃はいまだに残っている。
「あ、そう言えば、均父さんが老師からの便りを預かっているそうです。戴いてきましょうか?」
立ち上がろうとすると、
「失礼しますー?あ、いたいた。麗朱さまと亮花ですね?砂を落とす前に失礼かとは思いましたが、ご挨拶に参りました」
均は丁寧に頭を下げ、微笑む。
「確か、麗朱さまは2度程お会いしたかと思います。私はこの屋敷の主、諸葛孔明の弟の均と申します。仲常兄上の妻、紅瑩の弟です。これからもどうぞよろしくお願い致します」
「えっ?諸葛孔明さまには何度かお会いしましたが、弟さんは……」
「あ、2回とも女装してましたから。あの時確か16だったと思います。17まで女装していたんですよ」
アハハ~‼
笑う均に、周囲は凍りつくが、
「おじしゃま、女の子?かーいかった?」
無邪気に滄珠は問いかける。
「可愛かったかはこの顔だからね~?でも、姉さんたちは怪力乱神でしょ?兄さまはにょきにょき伸びてて、私は姉さんたちの代わりに着飾って遊んでたよ。もうしないけど」
「何で~?」
姪の一言に、均は、
「この顔で女装したら気持ち悪いでしょ?どうしてか、まだ母親似の兄さまならましだけど、江東の兄に姉二人、私は父親似に生まれちゃったんだよ!それに、このふしくれだった手に髭!完璧な女性になりきれる訳ないでしょ?なりきれるのは琉璃のお兄さんの月英兄さんだよ!滄珠も驚くよ?月英伯父さんは本当に美人だから。それに、琉璃のお母さんの瑠璃さまも美女。滄珠は伯父さんやお祖母様にも似て、絶世の美人になるよ?」
「……おじしゃま。しょうしゅ、美人よりかーいいがいい。おとうしゃまにかーいいっていわえゆのうれしーの」
「あ、そっか、可愛い方が滄珠は嬉しいんだね。ごめんね?そう言えば琉璃も小さい頃『かーいい?』って兄さまに聞いてたなぁ……兄さまはにこにこして『可愛いよ?』って。滄珠のことも『可愛いよ』って向こうで自慢してたよ。そうしたら季常が『家の妻と娘は誰よりもかわいいです!』って拳握って叫んでたよ」
「えっ?」
突然の言葉に、麗朱と亮花は驚く。
「そうそう。『よ、嫁は本当に私には勿体ないできた嫁で、娘もほら!こんな私に大好きって!私は父親として家族と向き合います!』って言ってたよ。何をするかと思ったら『……何を選べばいいか……佩玉?』とか言い出したから『飾りにせんか~‼』って、一緒に選びにいきました……ごめんよ。これでも修正して選ばせたから」
懐から書簡と、包みを差し出す。
「あの、私どもに?」
「えぇ。書簡が一つなのは一緒に読んで欲しいと言うのと、荷物にならないようにと気を使ってくれました」
「ありがとうございます。均さま」
「いえいえ。じゃぁ、私もこれで失礼します。天藍?一眠りしておくこと。疲れは一気に来るよ?」
言い置いて、均は部屋を出ていった。
「あ、では、また後で……色々と夫のことを聞かせて下さいませ」
と言いながら親子は書簡を抱え出ていき、循は、
「ちょっと横になってれば?食事の時に呼ぶからね?」
と天藍を寝かせ、その辺にあった上着をかける。
「あ、ありがとう……おやすみなさい……」
最後の言葉は吐息のように、ただゆっくりと目を閉じすぐに寝息が漏れる。
「滄珠?天藍はねんねだから、向こうに行こうね?」
「うん!」
兄妹はそっと部屋を出ていったのだった。




