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月亮の輝きを……【破鏡の世に……第二章】  作者: 刹那玻璃
進む道は楽なものではないと誰もが知っているのです。
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少年を引き取る。

 出勤する為、着替えに戻った姜維きょういは、貰ったお金は家に置かず隠したまま仕事に向かう事にする。

 店主は優しく、食事を食べさせてくれた為、


「行ってきます」


と声をかけると、眠たそうに起きてきた母親が眉をつり上げる。


「お前‼私に許しもなく、こんな時間に‼」

「母さん。仕事だから」

「私に反抗するのかい‼これだからお前なんか……」


 いつも通り手を振り上げられるのを、諦めたように立っている。


「失礼します」


 背後から声が聞こえた。


「おはよう‼昨日はありがとうね。城門にギリギリに転がり込んだ私に、宿を見つけてくれたり、食事が出来る所を探してくれて助かったよ……って、家族の喧嘩?」

「な、何だい‼あんたは⁉」

「はい?」


 きんは、上げた手を隠したポッチャリとした母親を見つめ、酷薄な笑みを浮かべる。


「年齢にしては痩せすぎた、顔色の悪い彼のことが心配で、様子を見に来た赤の他人ですが?」

「あ、赤の他人が、家にずかずかと‼」

「入ってないと、あんたは息子を殴ってるだろ?それに、あんた知ってるか?」


 近づいてきた均は、姜維の手を掴む。

 一瞬逃れようとしたが、ほっそりとした印象の手には、姜維よりも固い特有のタコがある。


「あんたがお楽しく現実から逃げて、金をばらまいて子供に苦労を押し付けて、満足しているんだろうが、子供は親を選べないんだよ‼自分が不幸だ不幸だと、子供を不孝だと口ではいっているようだけどな⁉子供をこんな仕事をさせるまで苦しめて、何だと思ってるんだ‼」

「何だって‼」

「この子はな⁉」

「言わないで‼」


 姜維は必死に頼み込むが、均は一瞬いたわるように微笑むと、母親を怒鳴り付ける。


「あんたが息子を殺し屋にしようとしてる。私はそれを許さない‼おいで‼お前は今日から家の子だ‼」

「何だって‼」

「おいで、必要な荷物があれば、持っていっていいよ」


 均の声に、懐に入れていた銭を母に差し出す。


「これを……最後の孝行だと思います。受け取って下さい」

「こんなのにやらなくていい‼」

「……私が生まれたから、実家に帰れなかったそうです。それに……私がいたから不幸になったのなら……生まなかったら良かったのに……母上」


 頬を伝うものを気にせず、母の手に握らせる。


「これだけしか出来なくてごめんなさい。『再見マタアイマショウ』」

「なっ‼」

「私の今まで母上に渡して来たお金は、貴方が信じる教祖に命令され邪魔な者や、教祖が信者に『妬んでいる。殺して欲しい』と頼まれた者を殺して得たお金です」

「ひ、ヒィィ‼」


 息子の手を振り払う。

 それを寂しげに見つめた後、頭を下げた。


「忘れてください。『再見』……あの……」

「行くよ」

「はい……」


 青年に手を引かれ去っていく息子を茫然と見送り、閉ざされた扉の内側に投げ込んだか、ひらひらっと舞うのは自分が息子の意見を聞かず、あちこちに作った借金の借用書。

 それは返済済の文字や印が押され、最後に目の前に落ちたのは、




『宗教に溺れ、銭を得る為に息子に朝晩働かせ、暴力を振るう母親に、金を貸し出した者なり。借財のかたに息子を貰い受ける。二度と息子の事を口にせぬように。諸葛均しょかつきん




と言う文字。

 母親はしゃがみこみ、息子が最後に手渡してくれた手を振り払い、ばらまいたお金を、ぼんやりと見つめていたのだった。




 城内を歩きながら、幾つかの物を店主とやり取りしつつ値引きして購入しつつ、


「はい。これ、これも。帰ったらお母さん……お前のお祖母様はあれこれ揃えてくれるけど、最低限は持っておくんだよ?」

「お祖母様?」

「そう。私と兄の妻子はこっちに来てないんだ。あぁ、兄さまの長男の金剛ダイヤモンドは、来てるけどね。あぁ、私達の姉の、義理の妹の家族はいるよ」


 自分を一回り小さくした背丈の少年に、


「あ、そう言えば、もう一回聞くけど、名前は?」

「姜維です。あざなはありません」

「年は?」

「15です」

「うはー‼これ位だったのか‼昔は女装出来たの解るなぁ……」


感心したように漏らす。


「女装?」

「そう。前に言ったでしょ?徐州の出身だって。8才の時に戦乱に巻き込まれて、姉二人と兄と4人で必死に逃げ回ったんだよ。で、上の姉でも15、下は14、兄は12。長兄は私より11上で、私を生んだ母が逝って、再婚した義母とその娘である妹とは別に逃げたんだ。父はもう死んでたから家長の兄が馬車で。私たちは叔父を頼れってね。でも、あちこち転々」

「私じゃ無理ですね」

「それはないんじゃない?お前は綺麗な顔をしているから。でも、大変だよ?」


 クスクス笑う。


「家の姉たちはそれはそれは豪快な姉たちで、きゅう、もう一人は拳で猪を追いかけて仕留めてたからね。兄さまが嘆いて『折角つくろった衣が……かぎ裂きにボロボロ。どうするんですかぁ‼』って『猪が往生際が悪いからよ』『そうそう』って、二人の姉はけろっとしてるから兄さまが泣きながら猪をさばいて、料理を作って、姉さま達の衣をつくろって……」

「え?お姉さん……」

「お姉さんなんて可愛いもんじゃないよ。あれは人間外‼2対1で、張飛ちょうひ将軍が手を抜くのも辛かっただって」

「張飛将軍って、あの?」

「多分、想像の人だよ。ほら、これもって」


 手渡された荷物を持とうとするが、


「お、おっもー‼」

「アハハ‼半分持つよ~」

「でも、もう持ってる⁉」

「兄さまならもっと怪力だけど、私もそれなりにだよ。ほらほら、門を出よう」


門番に札を見せると出ていくと、


「あの、この荷物で長距離は……」

「うん、あそこ」


示すのは馬孟起ばもうきの屋敷である。


「あ、あの……?」

「そう。馬鹿の奥さんの妹が私の兄さまの奥さんで、挨拶に来ているんだよ。あ、おーい‼叔常しゅくじょうどのー‼」

「あぁ、均どの。こらっ?こう。馬に乗れなかったら、どうするんだ?」


 馬からひらっと降りると、上に乗ったままの少年はべそをかく。


「だって、だって……無理だよ……均叔父さん‼」

「頑張れ、宏。家のとうは5歳で乗ってたよ」

「だそうだぞ?宏?それと……彼は?」

「ん?あ、そうそう。僕の息子。名前は天藍てんらん。年は15歳だよ。天藍。私の姉さまの義妹の球琳きゅうりんどの。年が変わらないし兄弟のように育ったんだ。で、長男の宏。見ての通り、武術が苦手で、口が達者。兄さんは?それに琳瓊りんけい玉葉ぎょくようは?」

「アハハ‼……あれだ、あれ」


 球琳は示すと、二人の少女が父親と遊んでいる……と言うより、父親を振り回している。


「ちょっと待て‼二人とも‼父さんは一人でな?」

「宏とばっかりだったもん‼りんりんとようようと遊ぶのよ」

「うん‼遊ぶのよ‼」

「お、均‼均がいるぞ」

「兄さん、頑張れ‼さて、天藍。中に行くよ」


 均は息子と、天藍と名前をつけた姜維を連れ、奥に入っていったのだった。


「あの……天藍?」

「そう。空の青い空の色。綺麗な色だろう?広くて美しいし、お前に似合うと思って。ほら、奥。置いていくよ、天藍」

「は、はい‼」


 幼くして父を亡くしていた彼にとっては、『父親』は憧れで、『息子』と呼ばれるのも嬉しい。

 荷物を持ち、せかせかと追いかけていったのだった。

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