季常さんは、最初の奥さんを置き去りにしていたようです。
夜もたけなわ、長旅で疲れて早朝出発するからと下がった均と紅瑩を除く奥方方は、一応屋敷にある客間で休む。
そして、琉璃が娘達と広と下がった頃、
「も、申し訳ございません」
護衛もかねて付いてきていた子仲の屋敷の者が入ってくる。
「あの、馬家の皆様……実は、馬亮殿と名乗る広殿と年の変わらぬ少年が、ご母堂と一緒においでです‼」
「『馬亮』?」
馬家のほぼ全てを掌握した紅瑩ですら聞き覚えのない名前に、首を傾げる。
すると、
「お、お兄様、お姉様……お久しぶりでございます」
小さな声で、フルフルと震える小動物系の女性に唖然とする。
「ま、待ってぇぇ‼麗朱ちゃん‼貴方、実家に帰ったんじゃ……」
紅瑩の言葉に、プルプルと震えつつ頷く。
「は、はい……だ、旦那さまに離縁を言い渡されました。ですが、実家からも離縁されるとはお前が悪いと……追い出されて……」
「いやぁぁ‼そ、そんな……」
よろめいた伯母を支えて、喬は、
「伯母さん。この方は?」
「き、季常さんの前の奥さん……麗朱ちゃん……よ。季常さんが余りにも勝手なことをするし、このおっとりとした気の弱い麗朱ちゃんを苛めて、その上、気立てが良くて優しい子を置き去りにして離縁するって書簡を残して出ていったから……これ以上家にいたら、麗朱ちゃんが可哀想で……可愛がっていたのよ?でも、季常さんの勝手に振り回されてはと思って……そんな……実家までひどい目に……知らなくてごめんなさい‼」
紅瑩が本気で泣き出す。
「いいえ、あの、あの……球琳お姉様にだけはお伝えしました。そうすると、龐家のお手伝いをさせて頂けることになって、最近まで許都に」
「えっ?それならどうして、今になって……」
「腑甲斐無い父の代わりに、お手伝いがしたいと参りました‼伯母上‼伯父上‼僕を……馬家の人間として、お認め下さいませ‼お願い致します‼苦労して育ててくれた母を安心させてあげたいのです‼お願い致します‼」
広と然程変わらない少年が、必死に頭を擦り付けるようにして下げる。
統が示す。
「伯母さん。あの……この子、女の子です」
「男でも女でも‼私は‼母上を‼育ててくれた母を、楽にしてあげたいのです‼お願い致します‼」
「父って……季常叔父さんが来たの?」
兄の後ろから出てきたのは寝ぼけ顔の広。
騒ぎに気になってきたらしい。
「はい。今までの苦労の礼だとお金を渡して来たので、投げつけてやりました‼私が生まれたことも知らず、母がどれだけ苦労してきたかも……」
拳を握りしめ、唇を震わせ涙ぐむ少女。
「噂に聞いて、父がここで再婚していると。この優しい母を捨て再婚したなんて……腹が立って母と共に参りました。どこかの下働きで構いません‼お願い致します‼置いて下さいませ‼」
その言葉に、集まってきた益徳達が、
「下働きってあり得んだろう。なぁ、兄さん達」
「そうですね。馬家の奥方に息女……結婚相手を探しましょうか?」
ボソボソと話す中、広が、
「ねぇ、紅瑩伯母さん‼頑張るからさ、この子、俺のお嫁さん‼ダメ?」
元々甘え上手の少年だが、頑固で努力家でもあると弟の書簡にあった広の言葉に、
「良いわよ。その代わり、義理のお母様になる麗朱ちゃんとこの子を大事にしなさいね?」
「うん‼ねえ、兄ちゃん達‼普通は男女は同じ家はいけないと思うけど、父親が父親で家もないし、お母さんと二人だもん、この家で一緒でいいよね?ね?」
広の一言に、循は、喬と統を見て、
「まぁ、お母さんと二人だもんね」
「そうそう。それに、お母さんと滄珠と桃花と仲良くなるかもね」
「それにここなら、危険になったら、伯父さん達の家に逃げるのも楽です」
3人は頷く。
「いいよ。でも、広も元気になったら、ちゃんとするんだよ?」
「うん‼……と言うことでごめんなさい……正式な挨拶に六礼には、父が帰ってから……俺……私も怪我をしているので、すみません」
「大丈夫?広‼」
「うーん、一応。お休みなさい……」
ふらふらと戻っていく少年を見て、
「あ、あの……あの方は……」
「この屋敷の五男、広だよ。年は10才。君は……?」
統の問いかけに、
「10才です。名前は、球琳おば様が亮花と……で、ですが、は、働きます‼父から貰ったお金は叩き返しましたし、来るまでの間に色々と聞いてしまって……」
涙をぐいぐいとぬぐう……男装がよく似合うのは、伯母に似ているせいらしい……亮花に、慌てて、
「ダメダメ。ぐいぐいしちゃいけないよ。えっと、僕は喬。広の3番目のお兄ちゃん、13才。こっちが循お兄ちゃん、14才。この子が僕の一つ下の統。一番上のお兄ちゃんは金剛って言って、15才。今は戦場に行っているんだ」
「え、じゃぁ、あのお兄さんは?」
「黄漢升将軍の息子の索お兄ちゃんだよ。16才。それよりも、少ししか残っていないかもしれないけど、料理を食べて。遠かったでしょう?」
喬は空いている席を示す。
「い、いえ……そのような、高位の方と一緒に食事ができるような人間では……」
首を振る。
「何を言ってるの。将来の妹だもん。ね?」
「そうですね。お母さんも沢山食べて下さい。休む部屋は用意しますね」
質素な生活の上、季常の渡してきたお金を突っ返して旅をしたと言う二人は、疲れきっているようで、周囲も、
「冷えていますが美味しいですよ。それに……」
「あ、私が飲めるものを持ってきます」
索が出ていく。
「あの……お姉様‼ど、どうしましょう‼」
ぐるぐるしているらしい麗朱の肩を抱き座らせると、
「料理を食べましょう。明日の事は明日にしましょうね」
と、食事をとらせた。
翌日、遅くに目を覚ました親子はモソモソと身を起こす。
「あ、あれ?お母さん。食べてたよね?」
「えぇ……お、お話の途中で眠ってしまったのかしら……し、失礼なことをしてしまったわ……着替えを……あら?」
持ってきていた荷物が広げられている上に、衣が数着置かれている。
「エェェ?こ、これなに?お母さん‼」
娘が物心ついた頃から、迷惑はかけないように質素な生活をしていた。
時々義理の姉であった紅瑩の妹の晶瑩が、気を使ってくれたのだが、長旅の為に全て処分してしまった。
それなのに、きちんと一式揃えてくれるのは、
「お姉様だわ……」
豪快でいてそれで優しく温かい、日の光のような人……。
本当の姉のようで、別れるのは辛かった。
「着替えましょうね」
「あ、うん……わ、私が着て良いのかな?」
童顔で平凡な自分ではなく、前の夫の姉、球琳に似た娘をなるべく男装で通した。
整った顔立ちはとても目立つ……それを避けたかったからである。
今回は……。
「おば様方のご厚意、受けとりましょうね」
着替えをし、元の夫から最後にこれだけはと渡された書簡を胸に納め、部屋を出ていく。
近くを歩いていたのは、喬。
「あ、お二人とも、おはようございます。顔を洗いに行くから一緒に行こうね」
と連れていかれ、顔を洗うと、にっこり笑う。
「麗朱お母さんも、亮花ちゃんも昨日より元気そう。実は、昨日の料理の主菜のお肉は、統があそこにいる白熊お母さん位の大きな獣を二頭狩ったんだよ」
「えっ?あれ、熊……獣ですよね?」
「大丈夫だよ?あの子達、家で飼ってる、ここから西に行った所に住んでいる珍しい生き物なの。基本的によく寝てるから。大丈夫だよ。それに昨日はね?索お兄ちゃんと、咲蘭さんの婚約のお祝い。大きな事は、士元伯父さんの喪で出来ないから……」
その言葉に、麗朱は、
「し、士元さまと言うと、球琳お姉様の……」
「そうなんです。戦場で……」
「そ、そんな‼お姉様までお辛い目に……」
「お母さん‼泣かないで‼」
親子に、喬は小声で、
「大丈夫。実は亡くなられたことになっているだけで、お元気です。ここでは言えないので、後で」
「はい……」
もう一度顔を洗って中に入ると、紅瑩の姿はなく、代わりに、
「初めまして。こちらの諸葛孔明の嫁の琉璃と申します。お話は伺っております。ゆっくりして下さいね。お姉様。亮花ちゃん」
「初めまして。私は隣家の孫公祐の妻の木蘭と申します。麗朱様。仲良くして下さいね?私には女の子が4人おりますの。仲良くして下さると嬉しいわ。亮花ちゃん」
「あの、おば様は……」
問いかけると、二人は微笑み、
「悪阻でお辛いようですわ。折角ですし、ゆっくりしませんこと?衣も整えたことですし、髪を直しましょう」
「え、私は、男の子の格好でも……」
「ダメよ。折角、可愛いのに……」
「先程も、咲蘭ちゃんにも……」
示す。
「わぁ……お姉さん綺麗だなぁ……。お隣のお姉さんも‼」
「隣は私の娘の玉蘭と言うのよ」
言いながら、二人の髪を整え、かんざしを差す。
「とっても素敵ですわ……」
「……お母さん、綺麗」
「……そんなことはないわ」
苦笑する。
昔は必死だった……冷たい瞳をしたあの人に見て欲しいと……願って祈って……棄てられたのだ。
うつ向いていると、
「……っ……出てきなさいよ‼……家を返しなさい‼あの家は、あたしの家よ‼」
叫びながら入ってきたのは、薄汚れた男装の女性……。
分かるのは声と、襟元が乱れ胸が見え隠れしている。
「あたしの家を‼取り上げやがって‼あのクソババァ!あのヒョロヒョロ季常の屋敷?あたしのものよ‼あたしが妻なんだから‼」
麗朱は歩き出す。
「麗朱様‼」
怯える琉璃を抱き締めていた木蘭は、
「亮花ちゃん、お姉さんをお願いね‼」
と預け、後を追う。
「……貴方が、馬家の季常様のご正室ですか?」
「何よあんた」
「聞いているのは私です‼」
「そうよ。それがどうかしたの?」
腕を組み、胸が見えるようにしてにやっと笑う。
「あら、あんた。もしかして、あのヒョロヒョロ季常の前の奥さん?まぁ、あれじゃあ、夜もダメよね。それに……」
近づいていった麗朱は、懐から取り出した書簡で関平の頬を叩いた。
いや、殴った。
「な、何すんのよ‼この‼」
華奢な麗朱を掴み、拳で殴ろうとした関平に駆け寄って、引き剥がすのは索。
麗朱を庇うのは統。
「何するんだ‼」
「してきたのは、その女よ‼」
「旦那様のことを侮辱するなんて、許しません‼幾ら……幾ら離縁されても‼亮花を授かって、再会できて……こんなにこんなに幸せで……下働きでも、近くにいたいと……そう思って‼」
ボロボロと涙を流す。
「亮花は知らないから……旦那様がどれ程優しい方か、不器用な方か知らないから……周囲の方には嫌われていても、私と亮花だけでも……旦那様を思ってあげたくて……」
「でも、あんたはもう離婚してるじゃない。私が嫁‼あんたは、妾にもなれない」
フフンッ‼
鼻で笑う関平の前で、麗朱が落とした書簡に目を通していた統が、
「……あれ?これ、関平殿、汚い字ですね。それに……ちゃんと文字を確認して書きましたか?署名」
「書いたわよ」
「はぁ?」
統は、珍しく呆れた顔で告げた。
「この内容。こう書かれています。季常叔父さんの文字で『自分には麗朱と言う妻がいます。過去に自分の愚かさで遠ざけてしまい、今は必死に行方を探しています。一応殿のご命令で、貴方と結婚と言う形をとれと言われましたが、私には麗朱がいますので、貴方を正式な妻として迎えるつもりはけしてありません。麗朱が見つかり謝罪し、許して貰い連れ戻すことができた折りには、もう一度正式な妻として迎えるつもりです。貴方は形ばかりの妻とご納得の上お越し下さい。そして、何かしら問題を起こしましたら、即出ていって下さい』って書いてありますけど?」
「何ですって‼」
「何々?」
出てきた仲常が読み、
「アハハ‼季常でもこうやるんだ‼本当に書いてるよ。と言うことで、君は家の嫁じゃない。家の嫁はこの麗朱。うちの人間でないのに、家を要求する、お金を……それって泥棒だね。と言うことで、出ていってくれるかな?義弟と、弟が戻ってくるまで私が代理だから」
と追い出したのだった。




