索ちゃんの結婚は、義理の叔父になる士元さんの仮の喪が開けてからすぐです。
「えぇぇぇ~‼何で私たちが~‼」
「そうですよ。私たちは義兄弟ではありますが、何で何時も何時も、このご兄弟の尻拭いを‼」
むすっと拗ねる子仲の娘婿二人組に、喬が、
「すみません‼公たん(王炎)殿、文偉殿。僕が元気だったら良かったんですが、お手伝いに行くつもりで……」
青い顔の喬は、母に寄り添う。
「でも、母に滄珠、まだ幼い桃花だけでなく、怪我をしている広に僕もいるので……循兄上と統が大変なんです……本当にすみません。伯父上や伯母上、従兄弟達にも迷惑をかけられないので……」
何度もすみませんと頭を下げられては、嫌とは言えない。
他の、統以外なら文句を言ったかもしれないが、特に、喬には言い返せない二人である。
それは、結婚して出仕してからのこと……。
父達に呼び出され、喬が出仕することになったと聞いた時からである。
昔の喬はとてもハキハキとしていて、元々賢かったこともあり、文官も武官も皆将来を期待していた。
可愛がっていたし、この子の為にも戦をやめたいと望むようになったのだ。
しかし、その願いとは裏腹に喬がよく寝込むようになった。
疲れた顔や青い顔……逆に真っ赤な顔でぐったりとしていることもある。
何度か医師に見て貰ったが、
「疲れているのでしょう。しばらく静養を……」
だけで、弱る一方なのだとか……。
こんな風に病がちになったのは、無理を重ねたせいと、環境が合わないからだと二人は聞いている。
幼い頃に知恵を用いて父親と戦ったと言っても、それは生きるための手段。
成長していくごとに弱っていく息子を心配する両親や周囲をよそに、主君は出仕を命じた。
その時の孔明の絶望的な顔は、覚えている。
愛妻家であり、子煩悩で有名な孔明の泣きそうな姿を……。
本人は参謀を志望したと言うが、孔明は必死に周囲に根回しをして、義父の側近として文官に仕官させたと言う。
喬の体はそれ程弱かった上に、心にも負担を強いる参謀はどうしても選ばせたくなかったのである。
今では、位が上がったと言うことで席について書簡を記しているが、本来は動き回る職場。
でも、何度も倒れる少年を子仲は隣で執務を教えると言うことで、座らせているのだ。
周囲も納得している。
小さい頃から両親と出勤し、周囲の人々に愛されて育った少年を苦しませてはいけないと……。
「じゃぁ」
文偉はにっこり笑う。
「喬は大変だろうけどよろしくね?このお家は、孔明殿がいない時は喬が指示しないと動かなそうだもんね」
「そ、そうだね。特に、循はお兄ちゃん達が言ってたよ~‼って、働いてね?って言うと良いよ」
「えへへ……そうします。公たん兄上も文偉兄上も、お家の方に料理を届けておきますね?お母さんと統の料理は、世界で二番目に美味しいんですよ」
「あれ?一番目は?」
「お父さんとお母さんの料理です‼」
にっこり……。
13才になるのだが、愛らしい少年の笑顔に、二人は笑顔になると、
「じゃぁ、世界で二番目に美味しい料理の為に、頑張るよ‼」
「行ってきます」
幼常達を促し去っていった。
「じゃあ、士元と孔明のことは……一旦置いておいて、索と咲蘭殿の内々の婚約を、お酒はないけれど祝おうか」
子仲の言葉に、漢升と仲常は自分の隣で、並んで座っている婚約者を見る。
お互い実の子では無いものの、それでも親として、可愛い子供の門出を祝わねば……。
「ほ、本当に申し訳ございません……あの、あの士元さまが……それに孔明さままで……」
咲蘭は青ざめる。
二人の事を聞いたのである。
球琳には妹がいないこともあって、実の妹のように可愛がって貰っていた。
その夫である士元にも、紅瑩の弟の孔明にも可愛がって貰ったこともある。
それなのに……。
「おーい……じゃなかった、しっつれーいしまーす‼」
顔を覗かせたのは、まさに神出鬼没の青年。
「まぁ、均‼」
「あれぇ?もしかして、紅瑩姉さん?老けてないね。若くなってる?」
「貴方は逆に、兄上に似ちゃったわね」
「それ言わないでくれない?自分でも気にしてるんだ」
渋い顔の均にケラケラと笑う。
「どうしたの?何かお祝い?士元兄さんが死んだって喜ぶのは、殿と関雲長殿で十分だよ」
「そんなえげつない人たちに見える?」
「見えないよ。それよりあれ?索。可愛い彼女じゃないか~‼もしかしてお見合い?」
紅瑩に引っ張られながら均は、
「あ、そうそう、益徳殿、子仲殿、それに……あれ?参謀いないから参謀補佐官の循。宮殿に一応、決済した書簡を馬車一台置いております。それぞれ、兄の孔明と亡くなる前の士元どのの決済した書簡。戦場での模様を書き記したもので怪我をした者、亡くなった者、戦場で捕らえた張永年について、それと、士元参謀を殺した相手を命令した者が解りました」
「ん?誰だ⁉……解ってる気はするが……聞きたくねえ……気もする」
益徳の一言に、憲和は、
「あの関雲長を命令したんだ、あいつしかいねぇだろ」
「そうですね。劉玄徳様でした。で、理由が滑稽で、どこのお子さまかと笑ったのですが……」
「お子さま?」
「えぇ、公祐どの。最近、雲長殿が『孔明が来てから良いことがない‼弟である益徳は言うことを聞かず、文官どもも好き勝手‼兄者このままで良いのか‼このままでは、あの孔明に今までわしらが戦い抜いて来たものを奪われる‼それでなくとも、わしは妻を奪われ、失い、跡取りである興も連れ去られた‼』と言ってたみたいです」
「それこそ、アホの勝手な一人言じゃねえか‼自分じゃ育てもしねぇ、それに興は……父ちゃんって誰だ?」
憲和の言葉に興は、両親に抱きつく。
「僕の父上、母上‼それに、兄ちゃんとお姉ちゃん‼僕、お姉ちゃん嬉しいんだ‼兄ちゃんのこと、僕大好きだから‼お姉ちゃん、兄ちゃんをお願いします‼僕も頑張るから、仲良くしてね‼」
文字通り、9才から7年子育てをした索は、弟の成長に本気で涙ぐむ。
「良かった……やんちゃだけど、素直に育って……」
「どこの親父だよ。索兄さん」
循は突っ込むが、索は、
「循に似たらどうしようと本気で思った……。夜泣きはするし、益徳伯父上の屋敷で暴れまわって……もう、申し訳……」
「あらあら、索様。泣かないで下さいませ。子供はやんちゃするのは当然ですのよ」
「でも、私は……」
「本当に良く泣くのう……お前は」
父、漢升は呆れる。
「子育てよりも情けなくて……父上。私は育ったのは本当に寒村で……日々の生活にも苦しかったです。それに、田畑を耕してもすぐにそこは戦場となり、作っても意味はなく……逆に、戦場で亡くなった人を埋葬する代わりに、金目のものを貰う日々でした。日々の戦いに、日々の当たり前の……何が普通かなんて解りませんでした」
父親に渡された手巾で顔をぬぐう。
「ただ、育ててくれたじいちゃんが、俺の実の親父はとても素晴らしい人で、奥方共々逃げなければいけないので子供を頼むと言われたと、そう聞かされて……戦争も治まってきて、お墓をたてるのもなくなったし、田畑を耕してもきっと取り上げられる……それなら、じいちゃんも亡くなって、お墓をたてて……と、統と広と一緒に旅に出て……両親はと思っていたのに……あんな男とは思わなかった……。実の姉である関平殿には騙されて……。その上、母親と親父は、結婚していた訳じゃなくて……義兄弟を……夫を裏切って……生まれてくるんじゃなかったって、何度も恨みました」
声を殺し泣き続ける。
「その上滄珠を、勘違いとはいえ連れ去って、一杯一杯……酷いことを……それなのに、皆、赦してくれて……俺は……」
「と言うか、索、単純だから。それにさぁ、育ちが苦労してるのに、何で、自分ばかり責めるのさ?」
「き、均にいさん。だって、俺は……」
「そりゃ、連れ去った時は怒ったさ。でも、それから何年間頑張ったの?もういい加減赦しなさい。それと、ちゃんと両親はいるでしょ?両親を大事にする‼家族もできたでしょ?守るのが索の役目だよ」
「で、でも……士元参謀……」
にやっと笑う。
「大丈夫です。これからちょっとしてから折り返して、兄さん達に索の事を伝えておくよ。特に喜ぶよ~‼兄さん達!」
「で、しょうか?私は……」
「それとも、奥さんと子供達を見捨てる夫や親になる?」
均の問いかけに、即座に、
「いいえ‼私は、家族を愛する男になります‼今でも見える幻影よりも、現実を選びます‼私も興も、関雲長の息子ではありません‼黄漢升と蕾果の息子です‼」
「それで良いんだよ。索。良く長い間、幻影と戦い続けたね。もう、そんなもの捨てちゃって、恋人と、ご両親と興とで生きる道を進んで良いんだよ。頑張れ」
「はい!はい‼……私は、黄家の息子です‼」
「じゃぁ、黄家の嫁の私と一緒に頑張りましょうね?索様」
「……うん、ありがとう……咲蘭どの」
翌日旅立った均の懐には、孔明と金剛宛の家族のものや、紅瑩家族からのもの、そして、索と咲蘭の書簡が収まっており、受け取った皆は、
「わぁぁ‼えぇぇぇ‼索にお嫁さん‼」
「えぇぇぇ‼しかも、年が3つ下……つまり、喬と同じ年」
「えぇぇぇ?あの、鮑家の二娘が、そんなことを‼」
球琳の叫びに、一番血縁関係に疎い金剛が、
「鮑家の二娘さんって……?」
「鮑家は……あの家は代々堅実な商売をして来た、家の父と懇意の家だ。最初は行商の家で、二娘のお祖父様が店を開いた。でも、おばあ様も、嫁いでこられたお母様も、お父様も本当に働き者で、4人子供に恵まれて、上の二人が女。そして、次の跡取りの息子に、末っ子が三娘。上の二人はお母様に似たと信じきっている美貌の持ち主だともてはやされているが、はっきり言って可愛くなく、如何にして怠けようか、如何にしてお金持ちと結婚しようかとしか考えない娘で、長女はそこそこの商家の跡取りに見初められた。が、お金と言うものはもうけることも必要で、遊ぶだけでは意味がない。それなのに散財し身代を持ち崩し、お金を使うなと制止しても使い、その上夫が仕事でいない間に浮気をして離婚。その男の見る目もなかったのに、借金を実家に押し付けて自分はふらふらしているな。私は嫌いだ」
球琳の一言に、金剛は、
「えっと、お姉さんがその人で二番目さんは……」
「幼常の嫁だ」
「えっ?あの人、美人じゃないですよね?……あ、つい本当の事を言っちゃいました‼」
口を押さえる。
「構わない。その通りだから。で、季常の嫁と如何に自分が美しいか自慢しあって、お金を持ち出したらしい」
「えぇぇぇ?実家からですか?自分の?」
「いいや、私の実家……つまり夫の実家。ちなみに、季常は家から縁を切られている。幼常も、その季常に着いていって飛び出したまま。母は……元々、季常と幼常を甘やかしていた方だから……父が、いつも怒っていたのだけれど……」
俯く球琳を支えるように、士元が答える。
「義母は悪い人ではないんだが、言い出したら聞かない。季常と幼常を溺愛しているから、あいつらが嘘をついてもそれを信じ、球琳を折檻していた。球琳は違うと言っても、ますます悪化するような酷いやり口でな。それを季常達は見ていたから、余計図に乗るようになった。で、鮑家の二娘との結婚も渋々な。孔明の姉の紅瑩姉上が、弟である鮑家の次の当主の結婚も一緒にと勧めてくれて、向こうは本当に喜んでたらしいが……孔明、何かあったか?」
「……はぁぁ……バカだと思ったら本当のバカだった‼球琳はこんなに出来た子なのに‼幼常。季常の嫁の関平殿との浮気がばれて、馬車一台分の絹に、代々受け継がれてきた馬家の装飾を盗んだって……。その上、季常の嫁とその父親が豪遊して、合計軍の3年分のお金を使いきったって」
「何じゃぁ‼そりゃぁぁ‼」
士元は叫び、顔の痛みに呻く。
「アタタタ……顔が‼」
「大丈夫か?」
「それを言うなら、お前の方だ‼あー本当に、お前が泣きそうな顔になってたら……」
「仲良いねぇ?士元?」
「本当本当。球琳殿も、旦那さんがこんなに優しいとは、見直したんじゃない?」
孔明と均の軽口に、珍しく頬を赤くした士元が、
「五月蠅い‼俺の嫁だ‼大事にして悪いのか?」
「均‼し、信じられない言葉を聞いたよ‼士元が‼」
「本当だ‼ついに‼『俺の嫁』発言‼おめでとう‼ついに聞かせて頂いたよ~‼」
「五月蠅い‼黙れ‼こ、今度こそ絞めてやる‼」
ギャイギャイと騒ぐ3人に、球琳は、金剛と顔を見合わせ……、
「悩むのが馬鹿みたいになったよ」
「悩まない方がいいです。球琳姉さん。それより、索のお嫁さんになる方について聞かせて下さい‼」
と叔母甥で話始めたのだった。




