紅瑩はビックリして、そして嬉し涙を流しました。その上……。
「……あ、おかあしゃま、ねんね。桃花ちゃんはねんねしませんか~?」
コロコロと愛らしい声と、
「だぁうー。あうあう」
と、言葉と言うよりもモゴモゴと何かを訴えているような声に、紅瑩は目を覚ます。
「あ、おばちゃま。おめめ開けました。大丈夫でしゅか?喬おにいしゃまにお話をおう、うかい……お伺いしたのでしゅが、朝までおしゅごと、おちゅかれしゃまでしゅ‼」
目の前の女の子……。
「ま、まぁ……琉璃‼全く年を取っていないじゃないの……どうしましょう、私は老けちゃったのに……」
起き上がる。
そして、まじまじと見るが、よく見ると金の髪に瞳の色は同じ、全体的な顔立ちもそっくりだが、髪の毛は真っ直ぐで、琉璃のフワフワとしたネコ毛ではない。
しかし、琉璃の当時から別れる前までズット身にまとわり続けていた儚げ、哀しげ、怯え等と言ったものは全くなく、逆に好奇心と笑顔の似合う少女である。
「もしかして……貴方は滄珠?」
「あい‼おばしゃま、昔、一杯可愛がってくれたってきいてましゅ。しょうしゅでしゅ。あの、したたりゃずでごめんなしゃい。が、頑張って、なおしゅているのでしゅが……お言葉を……おしゅえてくれなくて……。あ、おとうしゃまとおかあしゃまではありゅましぇん‼」
必死に両親をかばう姪に、よしよしと頭を撫でる。
「解ってるわ。お父さんとお母さん、それにお兄ちゃんたちも優しいものね?」
「はいでしゅ‼おとうしゃま、だっこにたかいたかいしてくれましゅ‼おかあしゃまはにゅいものに可愛いこよもをしたててくりぇましゅ。おにいしゃまたちも、いっぱいいっぱい‼」
目をキラキラさせて告げる言葉に、あぁ、この子は何て良い子なんだろうと、伯母として自慢に思える。
「だうー‼」
反対側から衣をくいくいっと引っ張るのは、まだ這い這い前の上向きからうつ伏せにコローンと転がり始めた頃らしい幼児。
「まぁ、この子が……」
「桃花ちゃんでしゅ‼しょうしゅの可愛い妹でしゅ‼」
だっこをせがむ桃花を抱き上げると、ズッシリとしている。
太っているのではなく、骨格がしっかりしている。
顔を覗き込むと、姉と髪と瞳の色は同じだが、
「まぁ……亮にそっくり‼眉もきりっとしちゃって、どうしましょう‼女の子なのに、喬よりも凛々しいわ」
「あにょ、金剛おにいしゃまが『気にしているからいってはいけない』っていいましゅた」
「そうね。でも、滄珠は琉璃にそっくりだけど、その眼差しはお父さんにそっくりね。ビックリしちゃったわ」
「本当でしゅか?しょうしゅ、おとうしゃまとおかあしゃまに似ているって言われるのがうれしいでしゅ。しょうしゅはおとうしゃまとおかあしゃまの子供なのでしゅ」
えへへ……
両親のことが本当に自慢なのだろう。
それで、似ていると言われるのが、それがとても嬉しくて堪らないのだ。
「あら、滄珠ちゃん?おばさまを起こしては……お姉さま‼起こしてしまいましたか?」
子育てと炊事、洗濯掃除、その上、最近まで武将として指揮を続けた琉璃は、22才。
若くとも、7人いる子供たちのこと、現在進軍中の夫と長男が心配でもあるのだが……。
「あらあら……琉璃」
「はい、何でしょう?お姉さま。あ、ご挨拶を……」
「それは姉妹だもの良いのよ。それよりも……貴方、綺麗になったわねぇ……」
感嘆する。
弟に拾われた頃から、痩せ細り瞳が大きかったものの整った顔で、どんな風に成長するだろう……と妹の晶瑩と楽しみにしていた。
弟の孔明は嫁が可愛く、他の男に見せるか‼だったのだが、時々屋敷に招いて着せ替えごっこを楽しんだのは良い思い出である。
自分達も、そう贅沢はするつもりはない。
逆に長年の逃亡生活に、質素倹約が自分達のモットーでもある。
しかし、名家の嫁としてそれ相応の装いが求められ、質の良い品を選び購入することで、自分の目を養い、ニセ物を見極めること、そして、逆に売ってくれた商人とやり取りを続け、信用できると解ると馬家の許可を得たと言う、この地域で売っても良いと言う免状を出した。
そういうことを通じて行うことを、教えてくれたのが弟だったりするのが、実は自慢でもある。
で、次第に成長し、大きさの合わない衣や、年代に合わない装飾品などが勿体ない……自分達なら、気にせずお古を貰うのだが、そういうことも出来ず、その上、義妹の球琳は、女性から見ても誉め称えたくなる程の美少女であるのだが、
「姉上。戴けるのは本当に嬉しいのですが、この私にはこの可愛らしい衣は合いません。それに、装飾品も……あ、これは全部、とても良いものです。琉璃に差し上げては?琉璃はとても可愛いものが大好きだと、孔明兄上に伺っています。私も会ってみたいです。持って行きましょう」
と言い、妹と3人、そして月英と共に、琉璃を着せ替えごっこをしたことも懐かしい。
月英もあれこれと準備はしていたようだが、これは女同士……ちょっとした月英にとっては目に留まるものではなくても、元の素材である琉璃をもっともっと愛らしく、女の子らしく見せる為に飾りだけでなく、衣の色や形にも凝って見せる。
「おぉ~‼これは可愛い‼」
月英は感心し、球琳も微笑む。
「本当に天から舞い降りた仙女のようですね」
孔明のたっての希望で、一着着せるごとに見せにいくのだが、孔明と均のみならず、途中で来たらしい元直と士元までもが目をむく。
「うわぁぁ……可愛い‼……似合う‼」
「本当に似合うよ‼」
「こ、言葉が足りなくて申し訳ないが、よく似合っている。愛らしい」
「……言ったら孔明に殺される」
「に、にあいましぇんか?」
うるうる瞳で士元を見上げる琉璃に、
「ち、違う‼似合わないんじゃなくて、に、似合ってる、ぞ。うん」
オロオロとしていた士元が懐かしい。
「良いわぁ。本当によく似合っていてよ?初々しい若奥様って感じだわ……」
「も、もう、7人のお母さんですよ。お姉さま」
「そう思えない位だってことよ?」
「失礼しますわ……。そろそろお食事をと思ってお持ちしましたの」
そっと、扉を開け微笑むのは、年齢未詳の花のような美女。
その女性の名に心当たりがあり、慌てて身を起こそうとするのだが、
「お姉さま。お疲れでしょう?実は、あの日から2日眠ったままでしたの。それで、玉音お姉さまに来て頂いたのです」
「そうですわ。お休み下さいませ」
おっとりとした微笑みを浮かべる愛らしく、それでいて花が咲き誇ったかのような美しい女性。
「も、申し訳ございません。孫公祐様の奥方様、木蘭様でいらっしゃいますね。私は、諸葛紅瑩。孔明と均の姉であり、馬家の球琳、季常、幼常の兄に嫁しております。本当に弟妹がご迷惑をおかけしております」
「いえいえ、私は本当にこののんびりとした性格で、球琳様や玉音様、琉璃様には甘えてしまうのですわ。年上ですのに恥ずかしいです……それに、孔明様と均様には、とても良くして頂いて……」
紅瑩は思う。
この女性は全く表裏がなく、良妻賢母。
逆に優しさが仇となり苦しむ性格で、夫である公祐やこちらに来るきっかけになった孔明が、気にして気を回す。
しかし、一番とろくさそうでいて、一番頼りにならないようでいて、夫である公祐がいるから大丈夫とでんっと構えて、何かあった時には動ける女性。
つまり、夫が馬鹿ならば彼女は不幸になり、逆に優れた人物ならば、夫を立て支え叱咤はなくても『傍に居ますよ』と伝えられれば夫は奮起するだろう。
これ程の美貌は、夫と家族の為にと努力している証。
ただ咲き誇るのみではなく、夫と共にいる、家族の為に生きると決意した女性の顔である。
「ですけれど、木蘭様がいてこそ、ご主人は毎日お仕事に励まれるのではありませんか?お子さまも可愛いでしょうが、やはり木蘭様がいなければこのお屋敷は成り立ちませんわ……。ご主人は本当に素晴らしい奥さまをお迎えになられたこと」
「そうでしょうか?旦那様は本当に私には勿体ない夫ですの……旦那様の、子供たちの為にもっとと思ってしまうのです」
「まぁ、頑張ることは良いことですけど……年長者の私から見て、充分だと思いますわ」
微笑む紅瑩に、木蘭は嬉しくなる。
きりっとした、弟の均に似た雰囲気の大人の女性。
色々と武勇伝は聞いているが、本人に会うとその意味もどことなくわかる。
優しい人なのだ、この紅瑩も妹の晶瑩も……弟の孔明が、
「一番影響を受けたのは姉二人です」
と苦笑混じりに良く言っていた。
周囲を気遣い、周囲のために何かしようと努力をするのだが、自分達と生まれた場所、立場上によって生き方は変わる。
そしてたどり着いた先で縁があり嫁いだとしても、生き方は見つめる方向は変わらない。
幾ら名家の嫁として生きることになっても、本人は、
「それがどうした‼馬家の嫁でも、私は私よ‼」
と言いきるのだ。
普通、そうではない。
木蘭も今思えば、前の夫の傍では、自分らしくあれただろうか?
いや、そうはないはず……。
ざわざわと声が響き、
「すみません‼話し合いに来ました‼弟夫婦と弟夫婦が多大なるご迷惑を‼申し訳ございません‼それに妹夫婦がお世話になっております‼そして、妻の弟夫婦と弟夫婦も……」
「父上、名前覚えなよ。いい加減。えっと、ごめんなさい。伯父上。初めてお目にかかります。僕たちは馬季常、幼常兄弟、叔常叔母上の兄、馬仲常と息子の瑛に聡です」
「よろしくお願い致します。あの、父は頭は良いのですがとろくさく、こういう人間ですので、あの、破壊的思考能力と行動力の母はいませんでしょうか?」
何で可愛いげのない息子たちなんだろう……。
紅瑩は遠い目になる。
甥と姪達の可愛さを分けてくれ‼と思う……。
「あぁ、お母さんはこちらで休まれているよ。木蘭?大丈夫?」
「少しお待ち下さいませね。失礼致しますわ」
木蘭は簡単に紅瑩の身支度を整えると、
「どうぞ」
「では……」
と入ってくるのは、琉璃も数回しか会っていない義兄と、初めて見る甥に当たる少年たち。
「お久しぶりです、お義兄様。それに瑛くん、聡くん、始めまして。琉璃です。そして、子供たちの滄珠と桃花と申します」
琉璃は優雅に頭を下げる。
数回会っている仲常すら想像以上に成長した義妹に、お年頃の少年たちは頬を赤くする。
確か琉璃が覚えている限りでは、上の瑛は17、下の聡は13歳のはずである。
「それに、夫と長男はいないのだけれど、次男、三男、四男、五男がいます。後で紹介しますわね。それにしてもお兄様。大きくなられたのですね。書簡ではやり取りをしていましたが……」
二人の弟から黒さと策略を抜き取り、逆に多大なほどおっとりとしたボケの仲常は、
「そうなんだよ。私がこれでしょう?しっかりとした紅瑩に似て嬉しくて。それに顔立ちも紅瑩に似て凛々しいでしょう?勉強頑張ってくれるなら嬉しいんだけどね。でも、男の子だし、紅瑩と一緒に獣狩りにいったり、四五日行方不明で、どこに行ったのかなぁ~?と思ったら、江南に行ってきた~‼ていうのもすごいなぁと思うんだよね」
「親父、絶対、母さんの自慢しかしないもんな……」
「デレだしさ……」
兄弟の声に、
「貴方‼それに瑛、聡‼何でここに来ているの‼」
「ワァァン‼紅瑩‼何も言わずいなくなるなんて‼酷いじゃないか‼」
駆け寄った仲常が、何もない所で転ぶ。
「キャァァ‼又‼瑛‼聡‼お父さんを見てなさいと言ったでしょうが‼」
「大丈夫、大丈夫……え、わぁぁ‼手が変な方向に‼」
「又骨折?」
「治療して貰わないとね」
四者四様の言葉に、公祐すら顔色を変える。
ずれている……ずれすぎている家族‼
「何で来たのよ‼」
「紅瑩がいないとどこに何があるか解らないし、服も着替えられないし、生きていけないんだもん‼」
片腕ブラブラの状態で、妻にすがり付く。
「ワーン‼一人で行くって言ったら、皆危険だからって反対されて、この二人が着いてきたけど、瑛も聡もお父さんを馬鹿にして……これでも、紅瑩さえいてくれたら、大丈夫だもん‼」
「あのね?貴方。私にベッタリではダメでしょ?側室の人も迎えたし、私が貴方に着いていても何もないでしょ?」
「あんなのいらない‼紅瑩がいい‼追い出しちゃったもん‼紅瑩苛めたから出てけ‼って、ついでに、向こうの家が潰してって父上と兄上にお願いして来たもん‼」
「はぁ⁉ちょっと待って頂戴‼何をしたの‼」
紅瑩は夫の首を絞め、息子を見る。
「貴方たちもやったのね?言いなさい‼」
「いや、母さん。親父がとことんやってって言われたから、情報をあれこれとおじいちゃんに流しました‼」
「僕も父さんが滅びる寸前までやっていいよって言われたので、命令通り‼」
「しなくて良いのよ‼何考えてんの‼する方向が間違ってるでしょうが‼」
夫を揺さぶる。
「戻りなさい‼向こうに‼」
「紅瑩と一緒‼じゃないと戻りません宣言してきたもん‼」
「もん‼って、どこのお子さまよ‼」
ぜいぜいと息を切らせ、ついでにふらーっと意識が遠退いた。
「お、お姉さま‼大丈夫ですか?そう言えばお姉さま、身ごもってるって‼」
焦る琉璃に、
「やったぁ~‼今度こそ女の子‼」
「いや、親父……母さん、高齢出産だから……」
「その前に、何にもできない父さんが、父親ってあり得ないから‼」
と、突っ込んだのだった。




