益徳さんが、本気で恐れる猛者見参‼です。
幼常は飛び出したものの、よく考えて見ると、主も関雲長も出陣していない。
ついでに言えば、姉の球琳に押し付けようと思ったものの、姉もその夫の士元も孔明すら居ない。
どうしよう……。
必死で頭の中で計算するが、
「あら、逃げるつもり?幼常さん?」
その声に、本気で飛び上がる。
「紅瑩姉さん‼そ、そんなことはしたいけどしないよ‼」
「あら、したかったんじゃない」
「……って、姉さん、何してるの?」
「え?貴方の嫁にはきつく言い聞かせて、実家からお金を送らせることにしたのよ。で、この女の取り巻きは、家の者と一緒に家に帰らせて、お金を返して貰うことにしたわ。足りなかったら……どうなるかしら」
クスクス……
笑う紅瑩の凄みにぞぞっとする。
「で、何をしているの?早く劉玄徳と関雲長に会わせなさい‼」
「あの……それが、姉さん。お二人とも今出陣されているんだ。士元兄さんと孔明兄さんもだよ」
「あらあら……じゃぁ、その次に会わせなさい‼」
「は、はい……」
幼常は歩き出すがチラチラ見るのは、文長は足を掴まれ引きずられている様子と、関平はあられもない裸同然の姿で、手首を掴まれている。
紅瑩は怪力だと知ってはいたが、ここまで怪力とは思わなかった。
「あら、幼常さんも同じ格好をする?」
「い、いえ、あの、どうして二人を引きずっているんですか?」
「重いからに決まってるでしょ?この女もブクブク太って、何が胸があるよ。お腹にも贅肉が溜まってるじゃないの‼琉璃は、本当にほっそり痩せて可愛かったわぁ……今でも可愛い?」
「えっと、可愛い……?違うような……」
「家の可愛い琉璃が、こんな女みたいに不細工だと言うの‼」
ずるっと引き寄せ、ついでに目を覚まし、何かをしようとした関平の鳩尾に膝を食い込ませる。
どう見ても、紅瑩は関平を女扱いしていない。
と、
「あ、あれ?紅瑩伯母さん‼」
二人の少年と共に駆け寄ってくるのは、
「まぁ‼喬!それに統と、始めまして、ね?貴方が循でしょう?」
「伯母さん……あ、会いたかったです‼」
13才になった喬は、3人の中で一番小さく、余り体調がよくないらしい。
しかし、弟に瓜二つな所は、本当の親子でもないのに驚く程である。
「お久しぶりです‼紅瑩伯母さん‼短い間しかお会いしていないのに、私の事を覚えて頂いて……本当に嬉しいです‼」
「あらぁ、可愛い甥っ子を忘れる訳ないじゃない。昔は痩せていて、でもとびっきり綺麗な子だと思っていたけど、琉璃に似たの?美少年‼伯母さんは嬉しいわ‼そして、循でしょう?実はね?江東に何度か兄に会いに行ったのよ。その時に、江東の後継者の紹様とお母様にお会いできたの。お二人が口を揃えて『顔は母親に似てますが、日々根性が悪くなっています』『妹は本当に、おっとりしているのに、どうしてかしら……』ですって」
大爆笑する目の前の女性に、実の兄の姿が写る。
「あの、お兄ちゃんは悪い子じゃないですよ?」
「悪巧みはしますが」
喬は嬉しいが、統の一言は余計である、と、
「ウザいのよ!この間男が‼」
片方のあられもない女を顔面に投げつけ、ついでにと男性の急所を蹴りつけた。
うわぁ……
4人は言葉を失う。
しかしすぐに、
「伯母さん?このお二人どうしたんですか?」
「あぁ、そうなの。喬?今、ここで一番偉い人居ないかしら?文官でも参謀でも将軍でも……えぇい‼全員呼んで頂戴‼」
「何があったんですか?」
「家のこのバカ嫁が、恥ずかしいことに、昨晩この男を含めて6人の男とらんちき騒ぎ‼しかも、この末弟とも浮気しててそれがばれて、この馬鹿、実家の金を勝手に持ち出して、嫁に豪遊‼」
3人も思春期に入りかけているものの、幼常を見て、
「趣味悪い」
「それに、伯母さんの実家って幾らお金持ちとはいえ、人材育成に土地の開墾や町の活性に尽力しているから、本当にお金って大事だって父さんや球琳お姉さんが言ってたよね?」
「そう、だよね?お兄ちゃん。球琳お姉さん、定期的に実家の土地を回っているのって、本当に大変で、でもそのお陰で人々は働けるんだって……お兄ちゃん、スゴく尊敬してたのに……」
「実の弟や義妹がこれ?さいってい‼」
循の一言に、本気で落ち込む。
「でしょう?分かってくれる?」
紅瑩は訴える。
「私も、分担して町を回っているの。実は、今の当主の義兄上も、夫も余り体が丈夫じゃないの。それにね?義兄上は女の子ばかりで跡取りがいなくて、次の主が家の息子なの。年も統と変わらないから、子育てしつつと思ったらこれよ‼出仕して独立したと思ったら‼帰ってきたら夫は泣いてるし、殴り飛ばしてきたわよ‼季常を‼」
「はぁ?季常叔父さんを‼」
「そりゃ、謝りに来たから『歯ぁ食いしばれ‼』ってね。球琳と私が、まだ立ち遅れている村の為に使うつもりだったお金を、金銀財宝‼浮気に不倫に、らんちき騒ぎ‼冗談じゃないわ!」
紅瑩の言葉に、つい循は、
「あの、ちなみにお幾ら程……」
「え?聞きたい?この程度の軍なら、3年は楽に暮らせる額よ?」
「ぎゃぁぁ‼そ、そんな大金‼あったら、父さんも士元伯父さんも、大ケガしなくて済んだのに‼貧相な装備に訓練もままならない!その為に奔走してたのに‼」
嘆く循に、本気で涙ぐみ、
「そうだよ‼僕たち文官だって、意地悪でお金を出さないんじゃなくて、お金が足りないんだよ。でも、どこからかお金を出して地域の行政に、人々の生活にって必死なのに‼」
「ろくに禄を与えられなくて、だから父さんが自分の禄を削って、訓練の後の昼食を自分達の軍に振る舞っているのに‼」
統も怒り狂う。
「ねえ?亮と士元さんが居ないって言うのは聞いていたけど、怪我ってどういうこと?」
「あ、あの……」
喬は躊躇い、統が、
「循兄さん。私が伯母さんを益徳将軍の屋敷に案内します。兄さんは、この浮気性のおじさんと一緒に公祐伯父上方を」
「解った。じゃぁ伯母さん。私はもう一人の父の元に参ります。……叔父さん。自分のこととはいえ、さいってい‼行くよ」
顎で動かす様は、循の立場はかなり上らしい。
地位ではなく、その他の面で。
甥に連れられ去っていった幼常を見もせずに、二人の甥と楽しげに話ながら中々立派な門の前に立つ。
「あぁ、喬様、統様。ようこそ」
門を守っていた衛兵が声を掛ける。
そして、
「こ、この方は……」
「あ、僕たちの伯母、父の上の姉です。馬球琳お姉さんと、季常叔父さん、幼常叔父さんのお兄さんの奥さんです」
「緊急にお会いしたいと……」
「は、はい‼」
喬たちの父とは孔明。
そして、球琳は士元の妻であり、軍では有力な……と言うよりも敬意を持たれている存在である。
その姉であり、義理の姉と言うのは侮れない。
その上……ちらっと、紅瑩が引きずっている人間を見るが見ない振りをした。
軍の汚点である。
「あの、よろしいかしら?」
「は、はい‼奥様」
「この二人本当に重いのよ。悪いのだけれど、綱で手足と胴体を縛り付けてくれないかしら?後で引きずってきてくれると助かるわ」
「かしこまりました。仰せの通りに」
衛兵は、言われた通り数人の仲間と実行し、後で送り届けたのだった。
「遅くなってしまい申し訳ない……って、うわぁぁ‼本気で孔明の姉ちゃん、その1‼」
「お久しぶりですわ。益徳将軍。そして奥方にご子息でいらっしゃいますか?私は諸葛紅瑩……孔明の上の姉で、馬家に嫁いでおります。孔明と均の家族。球琳、季常、幼常がお世話になっております」
落ち着いた礼をする紅瑩に、美玲が、
「こちらこそ、孔明様や均様、球琳さん、玉音さんに琉璃さんにはとても親しくして頂いております。私は夏侯美玲と申します。この子が長男の苞、次男の紹と申します」
「まぁ、ご立派なお子様ですこと。本当に私の子は夫に似てしまって、全く武術に興味を示さなくて……羨ましいですわ」
「いえ、この二人は極端で、上の子は武術だけで、良く統君やお兄さんの金剛君に言われるのですわ。もっと努力しろと。逆に下の子は書簡に興味があると言って、孔明様のお屋敷の書簡を借りては熱心に読んでますの」
「お二人でよろしいではありませんか。それに美玲様がこの家を導く存在ですもの。本当にお愛想ではなく、羨ましい位です」
ため息をつく。
「どうなさいましたの?」
「実は……あ、他の方の前での方がいいかしら、当人たちも到着していませんし……」
「あ、伯母さん。あのね?言うのを忘れてたんだけど、お母さん、趙子龍辞めたんだよ‼」
喬は自慢気に告げる。
「え?辞めたって、じゃぁ、ここの層の薄い将軍は?」
「あのね?」
喬はこそこそと話始める。
それはそれは嬉しそうで、にこにこと笑っている。
「あら……まぁまぁ、あの広が?良いことじゃないの。伯母さんも大賛成だわ‼」
「本当?後でお家に帰って、お母さんと広と滄珠と桃花に会ってね?お母さんとっても喜ぶよ‼」
「そうそう、孔明と士元さんが大ケガをしたと言うのは……」
「あ、その事についてなんだが……気をもって聞いてくれ……これから、大事な話をするから。その後に使いが来るようになっている。偽りの使者だ。それで驚かないで貰いたい」
益徳が告げる。
その言葉を、静かに聞き入った紅瑩は、
「そこまで最低な君主に仕えるとは、亮は運が悪いわ……しかも士元さんは……球琳が泣いていないといいけれど……」
弟と、義妹夫婦を案じる。
すると、ざわざわと言う声と足音と共に、現れたのは文官4人衆と、若手の参謀義兄弟、そして漢升と索親子。
「あ、こ、孔明様の姉上‼む、昔は、本当に申し訳ありませんでした‼」
深々と頭を下げる長身の少年に、
「あら、索君ね?大きくなったわねぇ。時々、弟から便りが来るの。とても努力していて、黄漢升将軍のご養子になったとか。では、お父様のように頑張らなくてはダメね?」
「……あ、ありがとうございます‼」
「貴方のせいじゃないのよ。あれは最低の人間が起こした嫌がらせ。貴方は巻き込まれた被害者。よく頑張ったわね。それが貴方の良い所よ」
「ありがとうございます‼これからも父の息子として、頑張ります‼」
もう一度頭を下げた索は、ずるずるという重い音と共に引きずられてきた、手足を拘束された二人に気がつく。
「な、なな、何だぁ?こいつらは‼」
益徳の声に公祐は、
「何と言う恥ずかしい‼女人として、見るに耐えない姿ですね」
「それに、こやつ……文長ではないか‼」
漢升の言葉に、
「文長どのと言われる方でしたの?実は、私が季常の屋敷に出向いた所、この義妹である関平とこの男、他に5人の男がおりまして……この方、武官の方ですか?とても弱かったのですが?」
頬に手を当てて、首をかしげて見せる。
「実は私は特技と言うか、主に用いているのは強弓と戟に矛ですの。妹は接近戦の猛者ですので、よく二人で猪とか、猪とか、変なこういう輩とかを退治して再起不能か、もしくは猪でしたら弟にさばいて貰って、美味しく食べていたものですわ……あの頃はもうちょっとキレがあったのに、年でしょうか?この二人を引きずってきて、玄関で疲れてしまって、入り口の方にお願いしましたの」
『怪力』
『破壊兵器』
『人間を越えた何か』
と、ぐるぐると若手参謀の頭の中で回っていく。
「えっと、こいつは琉璃に懸想して、ぶったぎったばかりの馬鹿なんだ。関平に誘導されてたか……やっぱりな」
呟く益徳に、紅瑩は手を差し出す。
「申し訳ありません。実はこの馬鹿義妹が、家のお金を勝手に持ち出して豪遊しておりますの。5人の男にはお金を返すようにと念には念を押して家に返して差し上げたのですが、他にも何人もの男がお金に目が眩んで、この馬鹿義妹にすり寄っていたようです。見つけ出して返して頂けませんでしょうか?ついでに言わせて頂きますと、この馬鹿義弟もこれと浮気をしていたのがばれて、嫁に実家である家からお金を持ち出して、嫁にさんざん貢いでお説教させて頂きましたのよ。義妹の実家には既に事情を説明した書簡と借用書を送っておりますの」
「えっと、ここでお返しというのは道理が……」
子仲が、何とか訴えるが、
「いえ、本当は、季常にと思っておりましたら、季常はあるだけの財産と書簡を持って家に参りまして『現在の自分の全財産です。後は、働いたお金を送ります。申し訳ありません』と頭を下げましたのよ。幼常にも、よーく、これで言い聞かせましたので、季常と共に送るそうですわ」
拳を見せる。
「で、この文長と言う男と、義妹とは言え関平はこちらの武将でしょう?幼常に聞きましたけれど、父親がいないと言うことですから、代わりに立て替えて下さいな。こちらとしても緊急性を要する、橋が流れてしまった所を新しい橋を作る予定でしたの。他にも、作物の生育の悪い地域に最適な食物はないかと、孔明に相談してその苗を購入したり色々あるのですわ‼」
紅瑩の迫力に憲和も、
「え、えと、それはほ、本当に大事だな。で、幾らなんだ?」
と聞いた額に叫ぶ。
「どういうこった‼冗談じゃない‼この軍がぶっつぶれる‼に、二年分は優にあるぞ‼」
「そうなんですの。冗談ではなく本当なのですわ……本当に、橋が流れて隣の村との行き来ができず、山道を延々と遠回りして出ていくご老人もいますのよ。『奥様。手伝いますので、早く橋を……』と、懇願されるこちら側の気持ちは……本当に助けてあげたくて……それなのに……」
「……っ‼……」
索は、幼常や縛られている二人を睨む。
元々育ったのは寒村で、苦労が多かった。
その苦労が、こう言う人間が楽をしたり豪遊したりするせいだと思い出したのである。
索は、
「あ、あの‼」
「索君?関わりのない貴方から戴けないわ。私はこの二人の父親や主から頂戴したいの。貴方は真面目に働くいい子。そんな子から奪うなんて、それこそこの馬鹿たちと同じになってしまうわ。ですから、分割で結構ですの。この関平、文長、関雲長、主君から、それこそ遠慮なく取り立てたいのですわ。誠実で真面目に働かれている皆様からは、頂戴致しません。如何でしょうか?」
その言葉に、周囲をちらっと見た益徳とその他の面々は頭を下げた。
「どうぞよろしくお願い致します‼特に髭からは存分に‼」
「それに、この恥ずかしい姿の関平どのや」
「間男の文長どのは、こちらが徹底的に搾り取ります」
「殿のも、やっておきますんで‼」
「ですので、時間はかかりますが、よろしくお願い致します‼」
その声に、紅瑩は、
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
と、微笑んだ。
すると、
「失礼いたします‼急ぎですので、ご容赦下さいませ‼」
の声と共に現れた使者が、益徳の前に膝まづく。
「どうした?」
「さ、参謀が‼士元参謀が戦死なさいました‼」
幼常が硬直する。
「後方部隊を率いておられましたが、矢を射られ……医師の手当ての甲斐もなく……」
「う、嘘だ‼士元兄さんが死ぬなんて‼」
「本当です。後から付いていった金剛士官が、参謀の死を看取られました」
「そ、そんな‼そんな訳……」
幼常の叫び声が響いたのだった。




