子龍さんは、この二人で軍が壊滅した意味を知るのでした。
次第に元気になり、体を動かすこととそして、梅花に強弓の扱い方を教えたり、食事を作ったりと孔明は動き回る。
「それは……何ですかな?」
孔明が近くの川から水をくみ湯を沸かすと、何かを茹で始めた。
その様子に、子龍は気になり問いかける。
良い匂いがしてきたのである。
「あ、そうです。子龍どのは益州……様々な土地を転々とされていたと思いますが、益州はどのような料理が多いのでしょう?聞いたことはありませんか?ご存じでしたら味覚について、お伺いできますか?」
「あぁ、料理か……一言で言って、辛い」
「辛いと言うと、辛子……?」
「いや、複雑な辛さだ。ここに携帯食があるが、一つ召し上がられるか?」
不可解な返答と、出された携帯食に、
「み、未知の味……初体験」
一応毒や様々な味に慣れてきたつもりだったが、この目の前の物体は……初めて見る。
そして受け取った孔明は口に入れ、
「うわぁぁぁ‼」
珍しく動揺し、口を押さえ涙目になった。
「どうしたの?兄さん」
「か、辛い‼」
「辛いって、兄さん。そんなに悲鳴をあげなくても……」
と口にした均も、みるみる顔色を変え、
「な、何?この強い辛子の辛味だけじゃなく、他にもビリビリした別の辛さがあるよ‼うわ、うわっ!来る‼」
「あぁ、それは花椒の味です。益州は霧の国……こちらのように良く晴れると言うことはまれで『成都では、日が射すと驚いて狗が吠える』と言われているのですよ。年に数日ですな」
「……で、では食糧は⁉」
「こちらの近くの地域で豊富に。南には異民族がいる森林地帯です。そちらは暑く、その地域の者と物々交換もしています。中心部でもある程度はとれるのです。貴殿方のご存じの麦は然程とれませんがこういった辛子等も」
均は、手の中の携帯食を見て、
「この辛味……耐えられるかな?」
「と言うか……ちょっと貸して」
孔明は、乾燥したそれを削り器に入れると、現在で言う醤のような物と、酢で混ぜる。
また別の味をつけた皿をおき、そして、茹でていた物を出すと、
「はい、均も子龍どのも、食べてみて下さい。前に頂いた張仲景老師の書簡にあった菜」
「薬じゃないの?」
と言いつつ辛味のない方のたれにつけ、口にすると、
「うっはぁ~‼モチモチ、で、中の肉がじゅわぁぁ‼薬の味はなくて……うわっ!うわぁぁ‼」
パクパク食べる均。
子龍も最初は均と同じ味で、もう一口は辛味のある方で食べる。
「これは……食べなれませんが、だが、外の皮に中の肉の味が包まれていて、本当に美味しい‼」
「あー良かった‼同じ国でも味が違うのは解っていましたが、それでも先程の味はビックリしました。でも、慣れるにしても、すぐにこれを食べろと言うのもと思っていて……思い出したんです。子龍どのが言われるのなら、こちら側も、花椒等になれていくようにしないといけませんからね。色々、お互いのよさを出せるようにしたいものです」
「それに、兄さんと子龍どのの部隊は本当に良く統制がとれているし、動くものだから、良く兄さんと兄さんの奥さんの琉璃が、賄料理を作るんだよね。それだけじゃなくて、良く皆の事を見ていて、調子が良くないとか、その場で叱らずに後で呼んで聞くんだ。家族の事とかも心配して、良く見に行ったりもしてるから、もう、申し訳ない……って言ってた」
「え?それって普通じゃない?配下の事も、その家族も守るのが普通」
その言葉に目を剥く子龍。
「えと、ちなみに、軍は……」
「子龍将軍は、一応、関雲長将軍、張益徳将軍の次。黄漢升将軍と同等です」
子龍はこめかみをグリグリする。
「確か、それではかなりの規模の……」
「新谷から江夏に逃げる時の規模にしては少ないですし、女性や子供、お身体の不自由な人を連れて逃げるのに比べたら‼大丈夫です‼」
「いや……そこで、自信満々に言い切られても……」
「あ、前の子龍将軍は女性でしたので、野郎共近づくなって思ってましたが」
「そういう所だけ嫉妬深い亭主で、後は何でもこいなので」
均は示す。
「と言いながら、均は均で浮気はしないけど、子供たちに親扱いされてない‼」
「あ、小さい時から『お前たちのお父さんは、兄さんだからね‼』って育てたから。玉音……あ、私の妻も『お前は父親失格だ‼』って言われちゃったんだ‼」
アハハ‼
大笑いする弟の頭を叩き、
「本当に……玉音どのには申し訳なくて、離婚しても良いよと言ったのですが、首をすくめて『もう、最初から解ってましたので……諦めました』って言われて、もう、泣けて泣けて……」
「今更ここで泣かないでよ?金剛あきれてるよ?」
「お前の事だよ‼均!」
「父さん、叔父さん……いつものやめない?将軍困ってるし」
「あ、そうそう。金剛、あーんして」
親馬鹿を自認し周囲にも隠そうとしない父に、口を開けると中に入ってきた物。
口をモゴモゴして、しばらくしてごっくんとする。
「……」
「どう?美味しくなかった?」
「……美味しい‼えぇぇ‼あれ、凄いね!外のモチモチも、歯で噛んだらじゅわぁぁって肉汁がでて‼それにつけてるタレも、ちょっと知らない辛さだけど、合うよ‼父さんが作ったの?」
休憩中も令明と稽古をしていた金剛は、お腹がすいていたのもあるが、それよりも、
「わぁぁ‼こんな料理があるなんて凄いね‼子龍将軍の地域のですか?」
「あ、いや、その辛味の元は私の知っている益州の花椒と言う物で、益州は辛味の混ざった料理が多いと伝えて……」
「分けて下さったのをタレに混ぜてね。こっちは、張仲景老師の書簡にあった菜。麦の粉を練って、広げて、細かく刻んだ肉と野菜を混ぜたものを入れて、お湯でね……」
「へぇー‼凄いね‼じゃぁ、中身を色々変えることもできるね、父さん」
「……あぁ、そうだね‼金剛は賢いね。今度、又作ってみようかな。今日はあるだけ茹でて、皆で食べようか」
「あ、中にさぁ……」
ハイハイ‼
手をあげる均。
「何?」
「ん?獣の肉って、結構臭いじゃない?臭いを消す為に何かを入れたら?」
「そうだね……老師の書簡を確認してみるのと、兵糧を見てみようか」
「何なら、私がこの辺りを探して、薬になるものを探しても良いよ」
「ちょっと待って‼」
孔明は出ていこうとする弟を呼び止める。
「均……解ってはいると思うけれど、ここには怪我人も子供たちもいる」
「うん。それで?」
「……毒は、絶対にダメ‼解ってるよね?」
弟をじっと見つめる。
「解ってるよね?……その顔は、絶対に何か入れようと思ってた顔だ‼」
「何の事かなぁ?ねぇ?金剛も一緒に行くんだし、そんな心配しなくても」
話をそらそうとする弟に、
「金剛は、料理の準備のお手伝いです‼一人で行くように‼帰ってきたら中身を確認‼」
「えぇぇー‼折角この地域にあるって言う毒を幾つか拝借しようと……」
「それは良いけど使う相手を考えなさい。私は良いけど、金剛や兵士の皆さん、子龍将軍はダメ‼士元は良いけど、球琳と子供たちはダメ‼」
「はーい‼季常と幼常、関親子と殿は大丈夫っと……あぁ楽しみ‼」
「なるたけ多目に採ってきて。私も毒味するし」
「解ってるよ。根っこも採ってくるし安心して‼」
と去っていく弟を見送り、
「じゃぁ、金剛。皆にも食べて貰えるように、肉をさばこうか?」
「うん。解った‼」
離れていく親子を見送り……子龍にとっての正常値と、彼らのまともの違いを思い知らされた気がしたのだった。