索ちゃんは自分よりもアホを知ってしまったのでした。
《閑話休題》
孔明達が旅の間、元の趙子竜を名乗っていた琉璃が将軍として率いて、息子の広と張益徳の息子の苞に、礼儀作法に兵士への接し方等を教えていた。
しかしつじつま合わせと共に、幼い娘を抱き抱え指揮をする上に、夫の孔明と共に自分達の怪我を心配したり、家族の具合や訓練の後に賄い料理まで準備してくれる、華奢で優しく愛らしい上司にほだされたと言うよりも敬愛の情を抱いていた兵士たちは、これ以上はこの女性を戦場に立たせたくないと思っていた為、益徳の話にあっさりと納得した。
しかし、職を辞した後の一時的な後任に、兵士の士気は一気に下落した。
あの、魏文長だったからである。
監視役は、糜子仲の娘婿の蒋琬、字は公えん(王炎)がいる。
文長は皆嫌いだが、もう一人のおっとりとした青年は真顔で、
「一時的な参謀です。私は孔明参謀程何でもやります、どんとこい‼は言えませんので、何かあれば、お手伝いをさせて戴く程度になります。申し訳ありません。ですが、一応義父の子仲がおりますので、重要なことがあれば全て上に送ります。その後で、参謀が将軍と共に御帰還の折りには、引き継ぎ致しますのでよろしくお願い致します」
と、兵士たちにはホッとする一言を伝えてくれた。
しかし、文長は、
「は?帰還だと?将軍はいるではないか」
心配だったらしく、離れた場所で娘を抱き、様子を見に来ていた琉璃を示す。
一応そこには心配をして漢升が、息子の索を護衛として着けた。
鎧を脱いだ琉璃は初々しい若奥様であり、話している内容は、軍の中の様子や指揮の合図等の実践を話して聞かせているのだが、離れていたら、ただ護衛の少年と日常会話をしているとしか見えない。
キョトンと公えんは振り返り、
「あの方は、孔明参謀の奥方の黄夫人どのですよ?何をおっしゃるのやら」
「何だと?あの女は、趙子龍将軍‼殿にそう伺っている‼」
「違います。黄夫人どのです。隣にいるのが漢升将軍の令息、索士官ですね……何をするんですか‼」
掴みかかられ、抗議の声をあげる。
「何をするんだ‼参謀に‼」
「五月蠅い‼黙れガキ共が‼」
駆け寄った二人の少年を本気で投げ飛ばし、広は背中を壁に叩きつけられたものの、続いて頭からぶつかりそうになった苞を庇い、そのまま二人は意識を失う。
「広ちゃん‼苞ちゃん‼」
遠くから見ていた琉璃は、乱暴を働く文長の行為と、吹き飛び動かない息子達に悲鳴をあげる。
飛び出していこうとする琉璃に、索が、
「待って‼姉さん‼行っちゃ駄目だよ‼……ではなく、お願いします‼軍での私闘は禁じられています‼文長将軍は二度目‼今すぐ益徳将軍に、そして父……漢升将軍と子仲様、費文偉どのを‼お願いできますでしょうか?まずはあちらには軍の士官の私が参ります‼」
と止める。
特に入っていって怪我も困るが、もっと困るのは父を始めとして、荊州残留組のほとんどが琉璃を溺愛し、敬愛している人間で、
「琉璃にあいつらは近づけるな‼」
と、コンコンと言い聞かされているのである。
「は、はい、行ってきますね?あ、あの、二人と公えん殿だけでなく、索ちゃんも気を付けて‼」
言いながら、娘……桃花と見上げる琉璃に、
「はい。ありがとうございます。では、お願いいたします」
言いながら走っていく。
「何をされている‼私闘は禁じられています‼それに、無防備な参謀どのに乱暴ですか?何を考えているのですか‼」
大男に襟首を絞められ、宙に浮いていた公えんは気を失っている。
索は、男の腕を乱暴に引き剥がし、周囲を見る。
「私は、益徳将軍と漢升将軍の命令で、参謀と将軍が一時的に離れた部隊を心配されておられた参謀の奥方に案内をしています‼その目の前での狼藉‼緊急に私が代理として指示をする‼公えん参謀と二人を、医師に‼そしてこの者は、将軍ではない‼任務違反を繰り返す、軍の中でも役立たず‼捕らえよ‼動け‼皆は竜の部隊‼参謀と将軍がいないからと、空を飛べぬとは言わせぬ‼」
その一言に、兵士たちは動きつつこそこそと、
「おぉ‼流石は漢升将軍の令息‼」
「ご養子とお伺いしたが、それでもご立派な物言い‼漢升将軍も、本当に可愛がられていると聞いているぞ。確か、元々は益徳将軍の元で士官を望んで、懸命に稽古に励んでおられたとか」
「それに、我らが竜軍師のお子様とも幼馴染みで、お二人も可愛がられていたとか……」
「それは素晴らしい‼……あの男よりも、若くとも代理の将軍はあの方であれば良いのに……」
という声や、
「そう言えば、あの半人前参謀兄弟と関平将軍の率いる部隊は全く信用できないと、季常参謀、幼常参謀、将軍ではなく、我らの参謀のご令息の統士官が指揮をされているらしい」
「ちょっと待て、士官は今は12のはずだが?」
「本当だ。俺の知人があの部隊で、本当に異動をと願っていたらしいが、2年前に出仕された士官が『あれこれ意見を変える参謀に皆のまとまりを乱す将軍では、もし戦場に立っては自滅の道しかない‼皆の者‼生きる為に、竜の部隊のように皆の心を一つにし、この部隊を吹きだまりの軍ではなく、もっと強く周囲に自慢できる部隊にしようではないか‼』と、元々は口数が少ない士官の一言で、一気にやる気になって、あれだけの軍になったんだろう?」
「……あの方は確か16だと伺っているが……」
索を見て兵士は思う。
「あの問題将軍よりも、あの士官の方が位は低いかもしれないが、絶対にまし‼」
だと。
「またガキが‼」
文長は捕まえようとした兵士から逃れ、索に駆け寄る。
「邪魔だぁぁ‼」
「五月蠅い‼……命令違反‼処分よし‼」
索は大振りな動きの男が拳を降り下ろしたのを片手で受け、その後逆の手を拳にして、鳩尾に叩き込む。
息を詰める男に、次は足を振り上げ横から首に蹴りを食らわせる。
「処分完了。皆。この男を捕まえてくれないか。よろしく頼む」
周囲を見回すと、周囲の目が何か違うような気がした。
索は首を傾げる。
昔はあの事件から後は、かなり周囲に神経を張り詰めていた。
孔明や琉璃……その子供たちに、申し訳なく日々悔み続けた。
しかし、両親に引き取られる時に、自分は前を向いていきる事と、一時的に家に戻っている滄珠を、本当に家族の元に返して見せると誓った。
その為に、今まで以上に努力もしている。
大丈夫だろうか?
不思議がる成長期の少年は、先程は少々混乱していたが手際よく動き始めた部隊に、
「流石は孔明に……参謀と子龍将軍の部隊。父上が一度見てみるが良いと言われていただけはある。凄い結束に迅速な動き……前はこちらにいて、父上の強弓部隊に移って来られた方も言っていたけれど、ここまでとは思わなかった。素晴らしいなぁ……憧れる」
と呟く。
一応、養父の漢升の息子として出仕は出来たのだが、実は年下の金剛や統のように士官として出仕は出来なかった。
見習いとして数年はと言われたのだ……実の父親とも呼びたくない関雲長に……武将として一番上としての命令。
その言葉に益徳が怒鳴り込みに行ったが、
「殿の命令だ。私は知らぬ。それを伝えただけ」
と嘯き、益徳が本気で悔しがった。
「あの、髭と髯を切ってやりてぇ‼」
「あの……益徳将軍。ありがとうございます」
父と共に益徳の元に出向いた索は、父親がわりとして育ててくれた、もう一人の義父に頭を下げた。
実際、益徳は金剛達が出仕する頃から、必死に索が出仕できるように手回しをしてきたのだ。
それを阻むのが主君であり、義兄の劉玄徳と関雲長。
特に関雲長は、自分の犯した不義……劉玄徳の亡き正妻、甘夫人との間の息子である索を表に出せば、不義が周囲に知られてしまうと恐れているらしい。
それは益徳にすれば、
「自業自得で自分が悪い‼索に罪はねぇ‼」
なのだが、かなりごねたらしい。
それを聞いた索は、嬉しくなった。
だから正直に、
「本当に、益徳将軍には感謝しています。弟と家に転がり込んだような者を、息子のように可愛がって下さった上に、勉強に剣の稽古。野生児同然の私に、様々なことを教えて下さったのは将軍と孔明参謀を始めとする皆さんです。私は、実際士官しても、上官になる関雲長に従わないかと思います。自分の心と父、将軍方の向かおうとする道を共に進みたいと思っております。ですので、位を貰えないのは……母が残念がるかと思いますが、自分の心ではホッとしています」
「だが、お前の地位は曖昧で……」
「いえ、曖昧だからこそ、逆に動けるのではないかと思うのです。私は、関雲長や関平といった人々には従いませんから、皆さん……上官の急務の際の補佐としてお支え致します。父も、それで良いと」
義父を見る。
うんうんと、息子を見つめる漢升は親馬鹿全快である。
「息子の考えを尊重して戴けまいか?益徳どの」
「……解った。頑張れ。代わりに、後でかなりの重荷が来ると思うが、いい経験だ」
と言われたのだった。
が、父を始めとする面々が集まり、
「広‼」
布で頭に体、つまり全身を巻かれて眠っている弟に、循と喬、統は愕然となる。
特に小さい頃からがき大将の弟とずっと一緒の統は、大人しいと言うよりも、顔をしかめ苦しそうな弟に驚く。
「ご、ごめんなさい、兄ちゃん達……」
本人も手当ての最中だが、辛そうな小さい声が響く。
「苞‼大丈夫?」
「俺は、打身と擦り傷……ごめんなさい‼広は、俺の前に投げ飛ばされて、あの壁に叩きつけられたんだ」
布に巻かれた手を動かし壁を示す。
「その後、俺が殴られて意識がないまま投げつけられて、同じように壁に叩きつけられそうになった俺をかばってくれたんだ」
「あの統士官、循参謀、喬文官……実は、苞士官は意識がないまま投げられて、頭からあの壁に叩きつけられそうになっていたのです」
広の様子を見ていた兵士が声をかける。
「それを見て、とっさに自分でと……広士官は数ヵ所骨が折れています。二度の衝撃で頭も打たれているようで……」
「ごめんなさい……俺が……」
「苞は悪くないでしょ‼」
循は告げる。
「悪いのはあの男だよ‼」
「そうだよ‼苞も大丈夫?骨が折れていたりとか……」
「エヘヘ‼平気……アダダダー!いたぁぁ‼」
「士官、暴れませんように。一応かばわれたとはいえ、打ち身に顔が腫れてますよ‼しばらく痛みますよ」
注意を受けるが、
「それより、広が……俺の方が兄ちゃんなのに、情けない……‼」
「……うー、うー、痛い……でも、お母さんお腹すいた‼」
目を開けた弟の図太さに3人……特に統は、呆れるのだった。
「心配して、損した」
「あれ?兄ちゃん。俺のこと心配してくれたの?」
「当たり前だ。私の弟だし」
「へぇ。兄ちゃんから、喬兄ちゃんのこと以外で大事なもの聞いた~‼」
という軽口を言う集団から離れた所で、益徳が叫ぶ。
「はぁ?その荒唐無稽な話は‼」
「投降する際に、約束を交わしたのだ‼あの女は無理矢理、諸葛孔明と結婚させられた自分の娘で、降ればあの女を俺の女にしていいと‼殿が言われたんだ‼だから俺の女だ‼」
索は、自分は愚かで幼かったとはいえ過ちを犯したが、自分なりに努力をしていくことを決めた。
それなりに努力をしてきた……。
もし、あの時、努力すると決めなければ、この目の前の男や関雲長のようになったのだろうか?
この、
「こい‼今すぐ、俺のものに‼」
とわめく、暑苦しく、養ってくれた義母と言うよりも姉のような益徳の嫁の美玲によると、
「馬鹿はモテないし、自分勝手よ?うちの亭主も昔は馬鹿だったけど素直で、優しいから良いのだけれど」
とのろけ混じりに夫のことをデレたが、これは、益徳のように修正できる馬鹿ではなく、正真正銘、関雲長と程度が近い馬鹿である‼
索が琉璃の前に立ち、男の腕を掴み投げる。
「馬鹿には馬鹿の調教をしろと、母上には言われたのですが……父上……漢升将軍、益徳将軍、私は只今、運動不足です。この愚かな桃色脳の暑苦しい馬鹿をお借りしてもよろしいでしょうか?統士官」
「はい、あ、私も運動不足です‼お母さん……母上、お兄ちゃんがおろおろしてます。広もついでによろしくお願い致します」
「では」
と、二人で走り去る姿に、
「流石は自慢のわしの息子‼しかし、関雲長将軍は跡取りがあれで、わしの息子を妬んで、正式な士官をさせてくれぬ……」
くっと顔をおおう。
「益徳将軍に育てて貰い、あのように賢く、血の繋がりのないわしや嫁にも尽くし、士官見習いとして努力しておるのに、関雲長将軍は余り言いたくはないが、あの跡取りに将軍の位を与え、片やわしの息子は……本人は構わぬと笑っておるが……」
「そのようなことが?」
公えんは声をあげ、義父の子仲を見る。
重々しく、子仲は頷き、
「彼は16才だが、士官見習いだよ」
「そんな‼あのような才能を逸材を、そんな風に扱える程、層は厚くありません‼」
「そうなんだよ。でも……」
「義父上と、今はいない将軍の代理の益徳将軍、そして参謀代理の私と文偉で、何とか出来ませんか?」
「もしできるならこの者の将軍位を奪い、黄索どのに。仮にと言う形で士官見習いなのです。仮に、将軍見習いでもよろしいのでは?」
文偉の言葉に周囲は頷き、益徳が、
「索……黄索を、この場の全会一致で、士官見習いから将軍見習いとして異動を命ずる事にしよう。この部隊を、将軍の代わりにまとめあげて貰う。これは命令である」
後で正式の任命証を受け取った索は固まったのだった。




