均ちゃんは、いつも通りの孔明さんに呆れつつ、諦めています。
静まり返った崖から、声が降る。
「投降致す‼故に、武器は振るわぬ‼矢を止めて欲しい‼」
反対側を壊滅させた均は、器用に降りてきており、叫ぶ。
「兄‼孔明を囮に……」
「それはありえん‼私は張任‼この名をもってして嘘偽りは告げぬ‼」
言い返そうとした均の後ろで、令明が、
「貴方が益州の猛将、張将軍か?私は涼州の者、龐令明と申す‼投降しようにも、こちらが上ればよいか?」
「いや‼少々待たれよ‼この先に獣道があり、投降した者、降りるゆえ‼諸葛孔明どのは意識を失われた‼抱えて参る‼囮ではなく、逃げる為の捕虜でもない‼信じて欲しい‼」
「解った‼貴方の誠実さ実直さは知り尽くしております‼参謀をよろしくお願いいたす‼」
その言葉に、
「敵を⁉信じてどうするの‼」
「均どの?貴方はどうも、金剛の父親に似た所があるのだな」
「うげー‼あのおっさんと一緒はやめてくれない?」
本気で嫌そうな顔になる均に、令明は、
「涼州にいた頃から、張任将軍、厳顔将軍、呉懿将軍は有名な名将だ。特に張任将軍は強く、厳顔将軍は力のみではなく策略に長けていると伺った。呉懿将軍は妹が益州の劉子玉刺史の遠縁に嫁いでいて有力者でもある」
「では、敵の敵は味方?」
「敵ではないと思うがな」
苦笑する。
破壊力は凄まじいが、どういう訳か普段は影が薄いというのに、兄孔明の傍には必ず彼がいる。
空気のように、それでいて孔明がどういう動きをするか、判断をして動く。
孔明の影であり、奥方の琉璃は表向きの半身、もう一つの半身は彼を言うのだろう。
心配そうな様子の均に、
「じゃぁ‼俺、食料調達行ってくる‼」
と広が笑いながら走っていく。
「わぁぁい‼ひっさしぶりに肉~‼肉肉肉~‼」
の声に、金剛ががっくりと、
「ご、ごめんなさい、叔父さんたち……ちゃんと‼父さんは食べさせてくれるんだけど‼循が好き嫌い激しくて‼喬は少食で‼統はちゃんと食べるんだけど、広は、食べても食べても食べても食べても『腹へった~‼兄ちゃん、ご飯‼』に、父さんと母さんが自分の分の食を減そうと……」
「それはやめて~‼これ以上兄様痩せたら餓死する‼琉璃も赤ん坊がいるんだから‼」
均は叫ぶ。
「うん。で、喬は怪我したらいけないから、時々、4人で狩りに行って保存させておくんだ。でも統は『これとこれとこれで、お兄ちゃんと私と、お父さんとお母さん、滄珠と桃花の分は狩ったから、先に帰ります‼』って、ズルズルとデカイ獲物を持って帰ってます。統は、俺たちの中で一番何でもできるから……」
「いや、あれは、何でもできるじゃない……必要外、全く無視だよ‼」
「均どのと同じだ」
令明は、きっぱり言い捨てる。
「えぇぇー?私?あー、そうだねぇ」
素直に認める。
「兄様と琉璃と、二人の子供たちが元気なら、いっちばん‼その次が家~‼」
「それがおかしいんだろうが⁉」
「令明叔父さん。均叔父さんには通用しないから」
と宥めていると、
「うおりゃぁぁー‼俺が勝つ‼」
と、言う声に、
ギャァァァ‼
ウワァァァ‼
という悲鳴が響き渡り、
「とりゃぁぁ~‼飯~‼」
という声と共に、黒と白の奇っ怪な生き物がズルズルと姿を見せる。
「な、な、何だぁぁ‼あれは‼」
動揺する兵士の前で立ち止まった獣の下から顔をだすのは、広。
「兄ちゃん‼殺してないけど、捕まえたぞ‼えっへん‼」
「ちょっと待て‼そ、それは‼」
後ろから、ミューミュー言いながら小型版が姿を見せる。
「うお!お前、母ちゃんだったのか?それじゃ、食べちゃ駄目だよな。でも、これ何?」
「わぁぁぁ‼」
背後から孔明の体を支えつつ現れた、いかにも暦年の武将という風格の男が、
「お、大熊猫‼こ、この獣は矢を食べる‼この矢を食べに来たに違いない‼」
「はぁ?おっちゃん?何いってんの?この大熊猫?そこのたけのこ食ってたよ。それに、他のものも。で、ウリャァって、竹で殴ったもん」
「な、殴ったぁぁ~‼」
「そうだよ。殺す前に、兄ちゃんか均叔父さんに聞こうと思って‼にーちゃん‼こいつ、殺さなくていいよなー?赤ん坊いるし‼」
オーイと手を振る弟に、
「おいっ!広‼野生の猛獣に対峙している時は……」
言いかけた金剛の目の前で、パチッと目を開けた白黒の巨大な獣は、大きな口を開けて吠えた。
「うるさいよ‼そーれ‼」
投げ飛ばし、その直前金剛は小さい子供の方を回収する。
「あっぶねぇぇ‼それにしても……うわぁぁ……可愛いなぁ。喬が滅茶苦茶喜びそうだぞ?」
「おい、野生の獣を安易に飼うことはやめておけ」
令明の一言に、金剛は、
「はい、叔父さん。でも、この獣は?」
「私も噂でしか聞いていないが、大熊猫だ。昔の『爾雅』という書巻に載っている。先程竹を食べると広は言い、将軍は矢を食べると言っていたが、義母上によるとこれは、竹を食べる→矢の原料の竹を食べる→矢を食べるとなって、金属を食べると言われているらしい。それと、こちらでは大熊猫だが、この奥地の現地人では白熊と呼ばれているらしい」
博識の令明に、均は感心する。
「すごいな‼令明どの。そこまで‼」
「いや。だが、広?その母親は、その傷はお前がつけたのか?」
示された白い部分の毛から血が流れているのを示す。
「違うよ‼最初っからで……あぁ、だからいきなり襲ってきたのか。本気だしてごめんな‼」
広は、気絶している母親の手当てを始めた。
そして、金剛が子供を母親の元にそっと連れていくと、目を開けた。
金剛はじっと見返して、
「白熊?俺たちは、お前をこれ以上苛めないよ。だから、大人しくしてくれないか?怪我を治そう、な?」
「おい、白熊母ちゃん‼怪我のこと考えなくて悪かった‼手当てするから、もうちょっと我慢しろよ‼」
「はい。白熊。子供を守ろうとしたんだな。優しい母さんだ。大丈夫安心しろ」
よしよしと手負いの猛獣を手な付ける兄弟に、張任は唖然とする。
「こ、ここ?」
「あ、兄様をありがとうございます。張任将軍‼」
近づいていった均は優雅に頭を下げる。
「私は、諸葛孔明の弟の均と申します。あの二人が、兄の息子の金剛と広です。そして、軍を指揮する龐令明将軍です」
「反対側の崖を壊滅させたのは……」
「私です」
微笑む裏に凄みを察し、張任は、
「では、均どの……お願いがある」
均に孔明の体を預け、拝礼をする。
「私は、劉玄徳に降伏はせぬ‼降伏したのは、諸葛孔明どのに‼お願い致す‼私を、諸葛孔明どのの配下にして戴けまいか?」
「ちょっと待て‼そ、それは‼家の兄、お金とかありませんが‼」
「そのようなものは必要ない‼お願い致す‼私を、諸葛孔明の‼」
狼狽える均に令明は、
「張任将軍は、分かっておられる‼その意味を。応えてあげて欲しい‼」
「でも、安易に口にすることはできません‼それに、張任将軍は優秀で有名な武将‼そんな存在が兄の傍にいると解ると、士元兄さんの二の舞になります‼それだけは!」
「ねえねえ、均叔父さん」
傷を癒した広が、母親大熊猫とじゃれながら、手をあげる。
「こうしたらどう?」
「こうしたらって?」
「この戦場で、張任将軍は戦死したことにして、代わりに、別の存在になっちゃうんだ‼」
「なっちゃうんだ‼って、張任将軍はこんな人だよ?簡単には別人にはなれないし、一兵卒になりきれる訳はないでしょ‼」
均の訴えに、広はキョトンと、
「将軍は将軍で良いんだよ。名前を取り替えちゃえば‼張任将軍は戦死。そして、先に出ていった諸葛孔明を追いかけて、諸葛孔明付きの将軍『趙子竜』が現れた‼そしてそのまま、漢中に向かえば良いんだ。ほら、数は変わんないよ?」
「でも、荊州にいる……」
「『趙子竜』は戦場に向かった。残ったのは俺たちの母さんの琉璃だよ?母さんは子育てと、家のことに忙しいもん。駄目かな?」
兄を見上げる。
「母さん戦場にたつの、俺、本当はとっても嫌だった‼あんなに綺麗な母さんを、血で染めたくない‼だから必死に、俺も頑張ってるのに‼どうしようもなくて……」
「広……」
顔が歪む広。
「何で?じいちゃんは母さんが幸せになって欲しいって一杯可愛がったって、なのにじいちゃんが死んじゃったら、あんなにあんなに……辛い思いしていなきゃなんないの?じいちゃんは悪くない‼父ちゃんも母さんも、兄ちゃんたちも叔父さんたちも悪くない‼悪いのは殿だろ‼なら俺は、武器をとるんだ‼今は母さん泣くけど、絶対に、母さんの為に生き抜いて笑えるように‼だから……」
「……張任将軍……」
兄を抱いたまま、均はがっしりとした体躯の男を見上げる。
「貴方は戦乱の中、戦死しました。そして『貴方は』暴走する参謀を止めるべく、私や令明将軍、広と共にこの地に赴いた『趙子竜』将軍です。将軍。兄は見ての通り、他人に甘く自分のことは全く考えないアホです。このアホ兄を殴ってでも、気絶させてでも、暴走するのを止めることも貴方の仕事です。お願いできますか?」
「……はっ!この『趙子竜』。命は捨てませぬが、その命を懸けて生涯尽くしましょう‼」
「よろしくお願い致します」
この日、張任は戦死したのだった。




