日は強く陽(よう)、月は優しい陰(いん)を指します。
「はーい、皆」
子供たちを集めた公祐は、ニコニコと爆弾を投下する。
「今度、妹か弟が生まれます!!」
「はぁ!?父上!!上の息子と娘が結婚すると言う話をしているのに、どうするんですか!?」
叫んだ循は失言を発する。
「もしかして、母上以外の妾でもいるんですか!?」
翌日、父にぼこぼこにされた循が、出仕し、周囲は手を合わせた。
公祐を怒らせた事の真の意味を理解しろ……手は出さない。
「兄上!!どうしたんですか?」
キョトン?
ただ一人声をかけ、首をかしげる喬に、
「え~と……何でもないよ?」
「でも、でも、兄上……」
心配そうに見上げる小柄な弟が、どういう訳か、義母の琉璃が夫の孔明に、
『甘えていいのかな?忙しくないかな?構ってほしいな?』
とついて回る様子にそっくりである。
孔明は孔明で妻がトコトコ追いかけてくるのが嬉しいのだが、すぐに振り返って、
「琉璃?一緒にいこうか?」
の声に、夫にしがみつく。
「だ……参謀!!」
「あれ?旦那様でいいよ?ここは私がもぎ取った琉璃のお部屋でもあるからね?一緒に、菓子でも食べようね?」
と、それはそれは両親以上のアマアマ、ベタベタなのだが……。
「兄上?」
「あ、あぁ、大丈夫だよ。父に手合わせお願いしたから……アタタッ!!」
「やっぱり駄目だよ。お兄ちゃん。玉音叔母さんの所に行こう?ね?」
医師の少ない軍や、街の中で、数少ない医師が玉音と夫で、孔明の弟の均、そして孔明と琉璃である。
孔明の子供たちで手先が器用なのは循で統なのだが、統ははっきり言って、両親と大好きな喬以外はほぼ無視と言うか無表情、言葉数も少ない。
その代わり、循も負けた!!と言いたくなるほどの美少年で、その上学問を徹底的に父に叩き込まれ、母に裁縫、馬の手入れに、武具の手入れ、剣舞を習い、洗練された美貌の若武者と呼ばれている。
その若武者の表情が変わるのが両親と、一つ上の兄喬の前であるから女官たちはきゃぁきゃぁと声をあげる。
喬は、統や循のように美貌ではないが、年齢よりも幼い可愛らしい少年である。
血は繋がっていないが、その可愛らしさは、義母の琉璃に似ている。
顔は、皆が、
「あぁ、孔明どのが普通に育ったら、こんなに可愛かったんですね~。良いことです」
と父は言い、後見人の子仲は、
「本当に、こんなに素直で可愛い子はいないね。厳しい私がびしばし教育して悪いかなぁと思っていたんだけど……」
「いや、お前、喬のこと溺愛してるから。【『自分の息子みたいですよ。それより、息子たちより賢い!!』『どうしてこんなに可愛く育たなかったんでしょう。私のせいでしょうか?』って美梅と嘆きましたよ。『こんなに可愛い子が欲しかった』って。まぁ、うちの子は、そこそこ可愛いですが……】って、お前、親馬鹿もいい加減にしないと、アホぼこぼこだぞ」
父の悪友である憲和の一言に、珍しく子仲が、
「お前の奥方溺愛には敵わないよ」
「はぁ!?憲和叔父上、結婚できたんですか!?」
スルッと出た一言に、父と子仲は大爆笑し、憲和は、
「悪かったな」
渋い顔になる。
「可愛い人ですよ?琉璃と仲良しです。よくお話をしていますよ」
「母さんが?」
「木蘭もとても気が合うのですよ?おや?この間、コロコロ笑っていた女性が月花殿ですよ」
循は、二人の母と一緒に話していた、少々ポッチャリしているが、キラキラした笑顔の女性。
美人ではないが、可愛い……。
「うわぁ!?叔父上の奥さんですか!?見えない!!母さんほどじゃないけれど、若い!!笑顔が似合う人ですよね?あの人が叔父上の……あり得ない!!」
「悪かったなぁ……」
今度こそ怒りそうになったので、逃げ出したのだった。
「あ、そうだ。うちの父上が……」
「あ、玉蘭に聞きました!!兄上と僕たちの妹や弟ですね!!兄上に似たらりりしいし、公祐叔父さんに似ると優しいし、わぁ!!嬉しいです、ね?」
「父上があのお年だし、成人まで見られるか……」
ため息をつくと、背後から、
「ほぉ……お前は、父を年寄りだと?」
「わぁぁ!?父上!!ビックリした!!と、ととと、年じゃないですか!!」
「私は、いくらでも長生きしますよ!!えぇ!!今度生まれる子が息子でありますように……と祈ります!!ついでにその子の又子供が生まれるまで生きて見せましょう!!」
ふふふ……
迫力は半端ではない父の声に、喬は、
「叔父さん!!男の子?良いなぁ!!叔父さんに似たら可愛いですよね。僕もお兄ちゃんって呼ばれたいです!!」
その声に、公祐はにこっと笑い、
「喬のような優しい暖かい、いい子になってほしいですね」
「僕、そんなにいい子じゃないですよ?だって、一杯……戦場で……」
項垂れる。
両親と共に策略を用い、少しでも死者を減らしたいと思いつつ、戦い続けてきた少年に、とっさに循は、
「喬は、私の自慢の弟だよ!!優しくて可愛くて、自慢の弟!!だから、そんな顔しちゃダメ!!」
「お兄ちゃん……」
ふにゃ……
歪む顔の目尻に溜まった涙をぬぐう。
「喬は、私の大好きな弟だよ!!いい?父さんも、父上や叔父さんたちも言っていたでしょ?戦いは愚か者が侵す最低最悪の罪悪だって。父さんたちも必死に食い止めようとしていたのに、動くのは馬鹿で愚かな大人だって。喬は、父さんや母さんが巻き込まれて、一緒にいるためにいたんだよ!!悪くない!!」
「お兄ちゃん……」
「絶対に、私は誓うよ!!僕は絶対に、父さんたちと負けない!!人々の命を大切にして、守り抜く!!だから喬は、人々のために、少しでいい。食料を得られるように、考えて。利益になれば、人々が潤う、それは商人や上の位の人が独占するものじゃなく、皆で分け与える事なんだ。だから、お願い。子仲叔父さんと頑張って!!良いね?」
喬は兄を見上げてぱぁぁっと明るくなった。
「うん!!お兄ちゃん!!僕頑張る!!だけどお兄ちゃんも無理しちゃダメだよ?喧嘩もダメ。仲良くしてね?」
「う、うん……そうするよ」
父にしごかれた事をどうしても言えず、頷く。
「じゃぁ、お兄ちゃん。僕、どうしても解らないところを、子仲さまに聞きに行ってくるね?お兄ちゃんも、士元叔父さん……えっと参謀に聞きにいくんでしょう?その前に、必ず行ってきてね?」
「うん、ありがとう。行ってくるよ」
パタパタと走りだし、途中で転びそうになるのを、
「わぁぁ!!気を付けて!!喬」
しゃがみこんだ喬は、立ち上がりにっこりと手を振り、
「ありがとう!!お兄ちゃん!!」
と立ち去っていた。
「う~ん……私も、喬みたいに優しくなれたらなぁ……」
「おや?うちの子は皆いい子ですが?」
「私はいい子じゃないですよ」
ぷぅっと頬を膨らませた息子に、頭を撫でた公祐は、
「おやおや、小さい頃みたいですね。可愛い可愛い」
「ですから、父上!!」
見上げようとした父の目線が変わらないことに、驚く。
「あれ?」
「どうしましたか?」
「父上……背が縮むはずがないですよね?あれ?じゃぁ」
父を見つめる。
「私、伸びたんですか?あれ?」
「成長期ですからね。でも孔明どのまでは伸びないで下さいね?こうやって……」
公祐は頭を撫でる。
「頭を撫でられませんからね?孔明どのまで伸びたら、背伸びですよ?困りますね」
「えぇぇ!?父上、金剛兄上はともかく、統に抜かれそうなんですよ?もうちょっと高くなりたいですよ。広にも抜かれたら困ります!!」
「喬は、どうなんです?」
父の言葉に、
「喬は、伸びても気になりません。それに、喬の調子が余り良くないんです。さっきのよろけたのは、つまずいた訳じゃなくて……」
「……!!」
「昔はあんなに快活だったのに……あの青い顔が心配です……父上。父上の出会った頃の喬と、今の喬はどうですか?」
息子の声に思い出す。
もっと凜とした目で『負けるもんか』と、季常や関平、雲長に食って掛かっていた。
しかし……。
「おい、喬?」
二人の先で、上司である母、琉璃こと子竜の元から帰っていた金剛が、声をかける。
「あ、金剛お兄ちゃん……えっと……」
ヨロヨロッとよろめき、倒れかかったのを金剛が、受け止め、
「おい!!おい!!喬?喬!!誰か!!誰か!!玉音叔母上を!!」
「兄上!!」
「金剛!?」
二人は駆け寄ると、金剛は喬の体を抱き上げ、
「叔父上!!喬の荷物を!!循は、先に行って叔母上に!!早く!!」
「解りました!!」
「行ってきます!!喬をよろしく!!兄さん!!」
循は走っていったのだった。