四神は青龍(せいりゅう)、朱雀(すざく)、白虎(びゃっこ)、玄武(げんぶ)です。
話を聞いて飛び込んできたのだが、ゼイゼイと荒い息を吐く息子の姿に蒼白になった孔明と琉璃は駆け寄る。
「喬!!」
「喬ちゃん!!」
両親の呼び掛けに、うっすらと目を開けた喬は真っ赤な顔で、
「お父さん、お母さん……仕事、ですよ?大事な仕事をしないのは駄目ですよ?」
「仕事よりも喬の方が大事です!!」
きっぱりはっきり言い切った孔明は、頭を撫でる。
「ゴメンね?お父さんがちゃんと……」
「だい、じょうぶ……」
「お兄ちゃん!!」
最年少の10才で出仕、1年経って滄珠の護衛として、日々『味方である上司』とは名ばかりの季常と関平を牽制し、関平に毒舌と、季常からは弱い敵をどれだけ気迫で追い払うかを教えて貰っている(当然嫌味。因みに言ったのは循)統が、顔色を変えて、滄珠を背負って駆けつける。
半泣きで一つ上の兄の枕元に近づき、
「お、お兄ちゃん!!」
「あ、統に、滄珠?」
統に下ろして貰った滄珠は、童顔の兄に近づこうと背伸びをしたのだが、すぐに気がついた孔明が牀の上に乗せると、喬にかけていた衣に潜り込み、
「喬にーちゃ?だいじょぶ?だーじょぶ?」
「滄珠、風邪うつるよ……ダメダメだよ?」
弱々しい声に、統も潜り込み、
「だから、統も……」
「僕にうつして良いです!!僕頑丈だから、平気です!!」
「平気じゃないでしょ?お兄ちゃんが大事な統と滄珠に……うつしちゃったら、ごほごほっ」
咳き込む喬の背を、統と孔明が優しく撫でる。
「大丈夫、大丈夫。喬は沢山考えないで良いんだよ?」
「父さん!!喬がって、大丈夫ですか!!」
駆け込んだのは金剛で、
「喬?大丈夫か?」
「お、お兄ちゃん……ゴメンね?漢升さまにご迷惑を……」
「と言うか……」
金剛は、
「将軍は、『すぐに行け!!行かないと特訓!!日が落ちるまで一人特訓を与えてやろう!!どっちがいい?』って、慌てて飛んできた」
「ふん!!弟を大事に出来んで、味方を大事に出来るか!!阿呆!!」
と怒号が響く。
黄漢升は、息子として引き取った索を連れ、姿を見せる。
「うぅぅ……頭、痛い……」
半泣きの喬によしよしと頭を撫でる統。
「あぁ、悪かったのぉ……喬よ。それに姫様もおいでたのか。そうじゃそうじゃ」
「はい、父上。孔明お兄さん。これを。母が作ったものです。それと何か、母に聞いたのですが、熱が高いときには、首や脇の下を冷やすといいそうです」
索は差し出す。
それは、漢升の奥方である蕾果が作った地方料理らしい。
「これは、刺激が少ないので、喬にも食べられると母が言っておりました。温めて、少しずつ食べさせてあげると良いそうです」
「ありがとう。蕾果様は料理上手だから、美味しそうだね。漢升さまも、ありがとうございます」
「いやいや。ばあさん……嫁も、喜んでおったよ」
漢升は微笑む。
息子を失ってから夫婦のみで寂しかったらしく、特に、夫人の蕾果は、二人のやんちゃ息子にお説教に繕いに忙しいと言うよりも楽しんでいるらしい。
特に背の伸びた索の衣を仕立てなければ!!と嬉しそうに新しい絹を幾つも出しては、染めているのだと言う。
因みに、下の息子の興が可愛くないのではなく、出仕をする長男……跡取り息子に、恥ずかしい姿をさせられないと言う、親心である。
興は興で、孔明の息子の広や、益徳の息子の苞と紹と家や、益徳の家で遊び回っている。
4人の中で一番小さい紹は、やんちゃな兄よりも大人しいが、キレると恐ろしいらしい。
まぁ、やんちゃ坊主が4人もいると、衣は新しいものを着せるのは躊躇う事は否めない。
その為、蕾果は興に、
「兄の索は、父上と職務の為に出仕するのです。黄家の跡取りとして、公の場に向かうのですから、あの衣です。お前も、出仕するようになったら、母がちゃんと衣を仕立てましょう。良いですか?興。父上も母も、索とお前に差をつけている訳ではないのです。お前は今の仕事は遊ぶ事と勉強です。ちゃんと勉強をして、父上に認めてもらったら、仕立てましょう。良いですね?」
「はい!!母上!!お……僕、頑張ります!!」
索ほど過去に囚われていない……実の父や異母姉が誰かは知っていても、益徳の家で実の子同然に育てられた興は、素直でそこそこやんちゃである。
昔から衣を裂いては、兄に必死に繕って貰ったのだが、兄はさほど器用ではなく見かねた金剛や、循に統、琉璃に孔明が、繕ってくれた。
金剛と統は、本当に繕う程度だが、循はとても器用に糸を通した針で繕うと言うよりも、母が感心するほどの『刺繍』をしてくれた。
「これは何?循お兄ちゃん」
箱に丁寧に納めていく循は、にっこりと、
「竜だよ」
「竜って、ち、父上言ったけど、ていい?に着く人が纏うんだって……」
「帝位に就かれる方は、5本の爪を持つ竜の刺繍で覆った衣を纏うんだ。この竜は4本の爪。それに青い竜だから、東の竜。青龍だよ。今の王朝の色が青。だからだよ。私より、漢升様や父上、父さんに聞いてみて?丁寧に教えてくれるよ」
素直に父や母に見せに行った所、兄の索までも感心する。
「これは……素晴らしい!!」
「興?これはどなたが刺繍されたの?」
「琉璃姉さん?孔明兄さん?」
「ううん。循お兄ちゃん!!」
想像もしなかった言葉に、漢升ですら呆気に取られる。
「循!?あの循か?」
「うん!!青い竜。王朝は青。4本の爪、東。だって。僕、良く解らなかったから、父上や循お兄ちゃんのお父さん達に聞くといいって。父上、どういう意味ですか?」
「……そうじゃのぉ……」
漢升は、髭をさわりつつ、地図を開く。
そして示す。
「良いか?興も索も覚えておくがいい。これは、昔の思想……考え方で陰陽と言う考え方がある。五行と言う思想も一緒になって、陰陽五行説となる」
「えと……父上。陰と陽の事はある程度解りますが、五行と言うのは……」
「一つは方角じゃ。東西南北に中央。これに、東が春、南が夏、西が秋、北が冬となる」
「中央は?」
真剣な眼差しで父親に問いかける……昔の苦しげな表情よりも、子供らしく、そして成長しようと努力している。
「節分じゃな。色は、東が青、南が赤……紅、西が白、北が黒、中央が黄色じゃ。それぞれ治める聖獣がおって、東が青龍、南が朱雀、西が白虎、北が玄武、中央が黄龍と言う。他にも、東が木、南が火、西が金、北が水、中央が土。これが、良いか?木が火を生み……薪を集め火をつけると燃え上がる。これじゃ。そして、火が燃えると最後に灰になり土に埋める。次に、土を掘ると金が出て来る。それを加工して金のものとなり、それについた雫が落ちて水となる。最後にその水が木を成長させる。これが五行相生説、これは陽の関係じゃ。逆に木が土の栄養を奪い、力を弱らせ、土は水の力を弱らせ、洪水などをせき止める。それか、知っておるか?父は何度か行ったことがあるが、北の河を。井戸の水は綺麗に透き通っとるが、あの河は、濁っとる。それがこれじゃ。そして、水は火を消す。火事になったら、水をくんでかけることじゃ。火は、金を溶かし、精製し、刃物などになる。最後に金は斧などになり木を伐ってしまう。五行相剋説。これが陰の関係になる。他にも色々あるが、興。循が、お前にこの刺繍をしたのは、東に青に春は、まだ幼い。もっと努力しろ、頑張れと言う意味じゃ。竜は象徴であるだけで、青は若い、若年と言う意味もある。いいか?お前はわしの息子。もっとお前は強くなろう。そうすれば、お前も、父を越える武将になるであろう!!」
父親の言葉に目を輝かせて、
「じゃぁ、父上!!僕、父上みたいに強くなって、孔明兄さんと琉璃お姉さんのお家を、兄ちゃんと元の仲良しのお家にしてあげたいです!!良いですか?」
「なっ!?興!!」
索は、弟の言葉に絶句する。
しかし、興は、
「兄ちゃんは、昔は解らなくて、一杯間違えたんだって、士元おじさんや益徳おじさんに聞いたけど、本当に悪いのは、関雲長のおっちゃんで関平って言うおばちゃんだって。それに、馬季常、幼常って言うおっちゃん達!!兄ちゃんを騙したんだって!!」
「えっと、一応……琉璃姉さんと、関平おばちゃんは一つ違い……らしい、けど……」
「琉璃お姉さんは優しくて可愛くて美人だもん!!母上とおんなじ位優しいもん!!」
口下手な兄と違い、口達者である。
「だからね?父上!!僕も頑張っていい?一杯頑張るから、泣いたりしないから、一杯教えてね!!母上!!僕、泣かないからね!!」
「でかした!!さすがはワシらの息子!!その意気じゃ!!やるがよい!!」
漢升の一言に、考え込んでいた索は、
「父上、朱雀と言うのは、何でしょう?それに玄武は……?竜は、それに虎は解るのですが……」
「おぉ。よう気づいた!!朱雀と言うのは、鳳凰の一種とも、鳳凰の別名とも言われておる。鳳凰と言うのも、鳳が雄、凰が雌ともいい、鳳は『おおとり』とも読む。鵬も同じ意味じゃ。それと、士元どのが呼ばれておる『鳳雛』は、『成長すれば翼を広げて羽ばたく雛』と言う意味じゃ。玄武は亀の体に尻尾が蛇の姿をしておる。玄武の『玄』は『黒』と言う意味で、『武』は『戈』を『止める』と書く」
父のおおらかな文字を見た二人は目を丸くし、索は、恐る恐る、
「ち、父上……殿の字の……」
「……はっきり言って、わしはあの男は気に入らん!!と言うか、噂に聞いておったわ」
吐き捨てる。
「わしはあの男が気に入らんから、来たんじゃ」
「は?普通逆じゃ……」
「江東に遠縁のじじいがおっての。そやつから、頼まれたんじゃ。まぁ、その時にはすでに噂でもしっとったが、孔明殿や姫様の事がわしらの住んどった所にも知られておってな。孔明殿を陥れたと言うからどんなもんかとおもっとったら、あの程度とはの」
嘲笑う。
「索、興よ?良いか?本当は、『戈を止める』。平穏をもたらす者こそ真の主!!それをできんもんに、頭を下げるな!!わしらの主は、別におる!!」
「姫様……滄珠様ですか?」
「見とればわかる!!」
父の言葉に、頷いた二人だった。
因みに、循の刺繍は蕾果が大層気に入り、循や、循の実母の木蘭、器用な孔明夫婦に教わり、息子達に夫の衣にも刺繍を施したのだった。




