第59ページ アタミ伯爵家にて
今回はシュウ視点ではありません。
シュウが地下水道に入った頃。
アタミ伯爵家応接室。
「こんなことになってしまい申し訳ありません」
「気にするなとは言えんが、過ぎたことを責めてもどうしようもない。今は、お主の部隊とシュウ君が匣を取り戻してくれることを祈ろう」
「はい…」
この場にいるのは、フェルディナン前王と、アタミ伯爵、シオンだけだ。
前王の護衛騎士は隣室にて待機。
伯爵夫人も護衛を着けて別室にいる。
「それで、匣の警備状況はどうだったんじゃ?」
「宝物庫の更に奥、アダマンタイト製の金庫の中に入れていました。開けるには、符丁と私の魔力波長が必要なはずなのですが…」
どうやって盗まれたのかはわからない、ということか。
「ですが匣を開くには鍵が必要です。あれだけではどうにもできないと思うのですが…」
「…鍵はこの場にある」
「は?それはどういう…」
フェルディナン前王は難しい顔で考え込んだ。
鍵の情報は代々国王のみに口伝される。
現在それを知っているのは、前王である自分と、現国王である息子だけのはずだった。
だが、不安が拭いきれない。
そもそも、匣の所在も国王と伯爵家、創造教会教皇しか知らないはずなのだ。
創造教会は創造神カイデルベルンを崇める教会で、マジェスタ王国では最も信仰されている。
教皇はマジェスタ王国から遥か北に位置するフユリバス神山頂上部、創世神殿に在中している。
どこからも漏れたとは思えない。
一体どうやって匣の所在を突き止めたのか。
心配は他にもある。
匣の中にある物は、それだけでは意味がない。
もう一つ必要な物がある。
それは創世神殿最奥に安置されているのだ。
盗まれたという報告はないし、あれが盗まれるような事態など起きるはずがないと断言出来る程の厳重な守りがある。
匣と鍵、それに創世神殿最奥に安置されているある物。
この全てが揃わなければ魔神復活はならないはず。
今回の犯人が魔族か、邪神教かは知らないが匣だけでは何もできないはずなのだ。
だがここで一つの懸念が出てくる。
封印については当時の国王と教皇、それに初代アタミ伯爵が協議した結果、情報を一箇所に集めておくのは危険だとして、それぞれが一つずつ管理している。
それ故、封印の全てが伝わっているわけではない。
今回何故か知られていた匣の所在といい、自分たちの知らないことがある可能性は拭いきれない。
何せ軽く千年は前の出来事なのだ。
考えてもわからないことだが、考えずにはいられない。
シュウが犯人を捕らえてきたら解決するだろうか?
そんなことを考えていると、部屋の外から騒がしい物音が聞こえてきた。
「なんじゃ?」
「なんでしょう?」
二人が疑問に思っていると、控えめなノックの音がする。
「入れ」
「失礼します」
入ってきたのは、伯爵家執事長のディラン。
長年この屋敷に勤める、アタミ伯の右腕的人物。
「旦那様、また侵入者でございます」
「何っ!?」
「ですが…」
「ですがなんじゃ?」
「なんとも呆気なく捕まりまして…」
「何?」
「どうやら町のゴロツキのようです」
「ふむ…会いに行こう」
「ご案内します」
部屋から出て、ゴロツキを捕まえているという屋敷の中庭へと出る。
そこにはどこかで見たような顔があった。
「げ、前国王!」
「うん?お主ら確か…」
それはいつかの夜、シュウとシオンに瞬殺されたゴロツキたちだった。
「じゃがお主らは衛兵に引き渡したはずじゃが?」
「へっ!俺様たちがあんな檻に素直に入っておくわけねぇだろ!」
「逃げ出せたのか?」
それはなんとも驚きの話だった。
小物かと思っていたが、実はそれほどでもなかったということなのか。
「あの黒マントには助けられましたね、兄貴!」
「バカ!言うんじゃねぇよ!」
(なるほど、別のやつに助けてもらったのじゃな?ん?黒マントじゃと?)
「伯爵、確か屋敷に侵入したのも」
「はい。黒いローブを着ていたそうです」
このタイミング。
偶然とはあまりに考えにくい。
「お主ら、その黒マントのことについて何か知っていることはないかの?」
「ああ?知らねぇよ!知ってても教えるか!」
そう言うとは思っていた。
だからと言って強引に聞き出している時間もない。
「そもそもお主ら何故ここに来たのじゃ?」
「決まってんだろ!領主の館の宝を盗むためだよ!」
「ここには無限の富が眠っているという噂っす!」
「…あるのかの?」
「ありませんよ…」
アタミ伯が疲れたように言う。
まぁそうだろう。
仮にアタミ伯が税を横領していたところで無限の富あるわけない。
さっき宝物庫を見せてもらったが、そこにあるのも魔道具がほとんどで金目のものはあまりなかった。
「よし、お主らが黒マントのことについて話したら釈放してやろう!」
「ちょっと陛下!」
(まぁよかろうてこんな小物)
(そうですけど…)
この小物を見逃すことにより後から出るであろうリスクと、今黒マントの情報を得ることによるメリット。
どちらが上かなど考えるまでもなかった。
「ほんとか?」
「ああ、もちろんじゃて」
「…あいつは聞こえないと思ってたんだろうが、俺は<聞き耳>ってスキルを持ってる。だから聞こえちまったんだ。あいつは確かにこう言った。『仕掛けは終わった、教主の元へ戻らなければ。この町を血で染め上げるのだ』」
「…」
聞いていた全員が沈黙した。
それはゴロツキの手下も同じだ。
どうやら聞いていなかったようで顔が青ざめている者や、白くなってしまっている者もいる。
「ア、アニキ…どういうことだよっ!」
「はっバァカ!こんなのハッタリに決まってんだろうが!」
「ほ、ほんとかよ?」
「あの黒マントの奴の目…俺らのことを何とも思ってなかった…あれは人を見る目じゃなかったぞ!」
「バ、バカ!びびるんじゃねぇ!」
ゴロツキ達が狼狽え始めるが、前王とアタミ伯爵は鎮痛な面持ちながら情報をしっかりと受け止めていた。
「これが本当ならアキホの町が大変なことになるの」
「至急、避難勧告を致します。間に合うかはわかりませんが、しないよりはいいでしょう」
「頼む」
「はい。おいっ!」
アタミ伯爵が兵のひとりに呼びかけ指示を出す。
その間前王の中では頭の中である考えが浮かんでいた。
それは本来の匣の鍵のこと。
この町を血で染めるというのはもしかしたら…
「ぐわっ」「がっ」「きゃっ」「なっ!?」
「なんだ!?」
「襲撃!?」
突然のことだった。
ゴロツキ達を囲んでいた兵達が次々と倒れていく。
何が起こっているのかわからない。
「陛下!お下がりください!」
シオンと護衛の騎士達が自分を囲み警戒する。
シオンでさえ、どういう状況かわからないようだ。
「ぐっ」「あっ」「っ!?」「ぎゃ」
その間のもどんどん兵達が削られていく。
慌てて屋敷に走る者や、アタミ伯を守ろうとする者など様々だが、この場にいる誰もが敵にとって相手になっていないことは明らかだった。
おそらく敵はこういった暗殺に慣れている複数人。
加えて、陽が暮れている。
現在は光の魔道具により中庭を照らしてはいるが、辺り一面を見通せるわけではない。
シオンの表情も険しくなっている。
シオンは頭はあれだが、城でもそれなりに上位の力を持つ騎士だ。
前王の護衛を任されていることからもそれは確かなはずだった。
そのシオンが相手の姿さえ視認できていない。
相当な強者であろう。
(この状況で襲ってくるのは…鍵を取りにきたのか…?)
やがてアタミ伯を守るように立つ二人とアタミ伯。
前王を囲んでシオンと騎士4名。
そして縛られているゴロツキ6人しか動く者はいなくなった。
「前マジェスタ国王フェルディナン・エタンセル・マジェスタ・フォン・アッシュフォード。神の名においてお前を処刑する」
闇の中から声がする。
30代程度の男と思われるその声は、確かに自分を処刑すると言った。
鍵が狙いではないのか?
「狙いは私か。ならば、他の者は手をかけなくてもよかろう?」
「邪魔する者は排除する」
「お主達はどこのものじゃ?」
「答える義務はない!」
男が吠えると同時に何かが襲いかかってきた。
私には見えなかったが、護衛の騎士達には違ったようで、剣と剣が交差している。
「ほう?少しはやるようだ」
「くっ、ふざけおって…!」
シオンとつばぜり合いしている男がリーダーのようだ。
他とは圧倒的に格が違う。
私は戦闘は専門ではないから詳しくはわからないが、それくらいはわかる。
剣と剣が打ち合い、襲撃者の外套が翻る。
白銀の鎧が見え、そこには紋章が刻まれていた。
それは、太陽を背にした十字架。
「お主ら…神聖教国の者か」
神聖教国パレステン。
アルクラフト三大国に数えられる宗教国家。
現在はどこの国とも交易がなく、実際は瓦解寸前のはずの国。
亜人獣人差別が根強く、いい噂など聞いたことがない。
太陽神アポロシスを唯一絶対とし、それ以外の神を認めていない。
だがそれはここ最近の話で、過去にはそこまでひどくはなかった。
アポロシンを絶対神としてはいたが、それは最上神という意味で、多神教を否定する意味合いではなかったはずなのだ。
それが変わったのは100年ほど前、何があったのかは不明だが、いきなり世界に対し宣戦布告を行った。
同じ三大国である我がマジェスタや軍事国家であるデレーゼン帝国には手を出さなかったが周辺の小国が次々と支配下におかれた。
再三警告を発してはいたが、無視され武力的解決に踏み出そうという話も出ているが、マジェスタ王国では危険視しつつも具体的な解決に乗り出そうとはしなかった。
その一番の問題は、距離だ。
単純にマジェスタからパレステンまでは徒歩だと半年以上もかかる距離がある。
マジェスタは豊かな国だが、半年以上の行軍、それからの武力鎮圧、どれほどの年月がかかるかわからないその作戦に国庫を割く余裕はなかった。
それが何故、自分の命を狙ってくるのか。
しかも自分は既に引退した身、殺した所で益が出るとも思えない。
「何故私を狙う?」
「それが神のご意思だからだ」
パレステン教国の人間は総じて話が通じない。
それはこういうことだ。
「さっさと死ね、異教徒め!!」
「そうはさせるものかっ!」
「ひぃっ!な、なんなんだよっ!勝手にやってくれ!」
「あ、待つのじゃ!」
逃亡を図るゴロツキ達。
静止の声をかけるも、走って行ってしまう。
だが、走っていた者たちが、少し行ったところで急に力を失ったかのように倒れた。
「お、おい!?」
倒れた仲間に呼びかける者も、その場に倒れていく。
兄貴と呼ばれていた人物だけが立っていた。
その様子に、襲撃者たちも不審そうな顔をしている。
どうやらあれはこいつらの仕業ではないようだ。
「探したぞ」
闇の中から、更に闇色のローブを羽織ったひとりの男が出てきた。
「あ、あんた…!」
「言え。あれをどこにやった」
男は兄貴に近づくと、短剣をその喉元に押し付ける。
「ひっひぃ!?」
「さっさと吐け。あれは貴様ごときが持っていていい物ではない」
「あ、あんなもんはもう売ったよ!大した金にもならなかったがな!」
「売っただと?どこにだ」
「う、裏町の質屋だ!」
「…余計な真似を」
「がっ」
男の剣が兄貴の首を切り裂く。
ゴロツキは、その人生を何とも呆気なく終えた。
「む?何やら取り込み中のようだな。私はこれで…いや待て。お前、前国王か?」
「……」
「これはいい!大切な物を落として困っていた所だ。だが、お前がいれば関係ないな。貰うぞ、お前の血。匣の鍵たる王家の血を!!」
その言葉にアタミ伯爵がはっとする。
男は地を蹴り、フェルディナンに短剣を向け突進してくる。
シオンも、護衛の騎士も教国の襲撃者と剣を打ち合っている為に動けない。
襲撃者たちは、この状況をどう思っているのか、護衛を牽制するだけで動こうとしない。
ここまでか。
フェルナディンは、自らの命の終わりを覚悟して目を閉じた。
ガキンッ
「…何者だ」
鉄の打ち合わさる音が聞こえた。
そして、男の誰何する声。
「困るねぇ、俺はこの人に金借りてんだ。恩人殺されるわけにゃいかねぇ」
目を開けると、金の短髪の男が奇妙な格好で男の短剣を剣で受け止め、笑っていた。




