第50ページ 老人との出会い
「いらっしゃーい!」
「今日は安いよっ!」
「おっそこのお兄さん!ちょっと寄っていかねぇか!?」
「いらっしゃいいらっしゃい!」
「毎度ー!!」
屋台は、人が多く賑わっていた。
匂いに釣られて走り出しそうになるアステールをなんとか抑えて歩く。
まさかこんなことで、異世界人特有の怪力を使うことになるとは思わなかった。
「ちょっ待て、アステール!買ってやるから!落ち着け!」
「クルルゥ!」
さっきからずっとこの調子だ。
「に、兄ちゃん…すごいの連れてるな」
「あ、ああ。俺の従魔なんだが…なんていうか食べることが好きでな」
顔を出す屋台の店主も苦笑いだ。
アステールの見た目は美しく、ヒッポグリフだとはわかるが一般人に警戒されることはない。
だが、さすがに屋台にぬっと顔を突き出すアステールには驚かれる。
正直俺も驚いている。
こいつこんな性格だったか?
王者の風格はどこいった!?
「ほら、アステール」
「クルル!」
屋台で食べ歩きをしながら俺たちは進む。
だが、見かける食事屋台全てにアステールが首を突っ込むので遅々として進まない。
だが、買ってやった串肉を食べながら幸せそうなアステールを見ていると、まぁいいかと思う。
やっとの思いで屋台の列を抜けたときには、日が沈み始めていた。
けっこうな長さはあったが、それでも信じられない速度だ。
お陰でかなりの散財もしてしまったので次からは我慢というものを覚えさせなければと決意する。
「ほぉ!ブラックヒッポグリフとは…珍しいものを見たのぉ」
後ろからかけられた声に振り向くと、銀髪で見事な白髭の老人がいた。
その目はアステールに注がれており、驚いているのがわかる。
「爺さん、わかるのか?」
「ほっほ!私はこう見えていいとこの出での。昔に一度だけ野生のブラックヒッポグリフを見たことがあるのじゃよ」
…いいとこの出なら野生のブラックヒッポグリフなんて見る機会ないんじゃいないか?
安全地帯にいるような奴らではないと思うんだが…
「お主の従魔かの?」
「ああ、俺の相棒だ。アステールという」
「クル」
ペコリとアステールが頭を下げる。
なんだか子どもっぽくなっている気がする。
いや、まだ子どもなんだがな。
「そうかそうか。いい子じゃのぉ。よく躾られておる」
「いや、アステールが賢いだけさ。俺はまだ何もしてないよ」
これからだ。
特に食事な。
「お主もなかなか面白いようじゃがのぉ?」
「ん?」
「このあと何か予定はあるかのぉ?お主の話を聞きたくなったわ」
「特にはないが…」
「よし!ならば酒場にでも行くかのぉ」
そう言うと身を翻して歩き出してしまう。
慌てて着いていくと、ほっほっと笑っていた。
変な爺さんだな。
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「ほぉ天剣と、か」
「天剣?」
俺はアステールとの出会いのことを話した。
魔族のことなど話す訳にはいかないのでそこは秘匿し、深淵の森に依頼で騎士と行ったこと、その騎士が七星剣の一人ベンであること。
「天剣とはベンジャミンの異名じゃよ。天より与えられた希少な能力を使う剣士。天賦の才を持つ者。まぁこんなところじゃろうな」
天剣か。
今度会ったときに言ってみよう。
「ん?爺さんベンと知り合いなのか?」
「ほっほっ。言ったであろう、私はいいとこの出なのじゃよ」
公爵家の子息を呼び捨てって…
思った以上にいいとこの出じゃないのか?
ヤバいな。
これは関わってはいけないパターンだったか?
何のフラグが立った?
ステータスを視るか?
いや、今ならまだ引き返せるぞ。
よし、ここら辺で帰るか。
「なぁ爺さん俺はそろそろ「陛下!!」……」
ああ…手遅れか…
「陛下!こんな所にいらしたのですか!」
「なんじゃシオン、騒々しいのぉ。お忍びなんじゃから大きな声を出すな」
「陛下がお供も付けずに消えるからでしょう!!」
ああ…俺の休暇…
「ん?陛下、そいつはどこの誰ですか?」
「おお、紹介しよう。冒険者のシュウ君じゃ」
「そうですか。シュウ殿、この度はうちの陛下がご迷惑をおかけしませんでしたか?……どうかいたしましたか?」
「おや、シュウ君が遠い目をしておる」
なぜこの男は陛下陛下と連呼しているんだ。
お忍びではないのか。
バレたらヤバいやつではないのか。
「おーいシュウくん」
「…なぁ爺さん。俺は何も聞かなかったということにしないか?」
「いや、私はそれでもいいんじゃがのぉ…?」
「シュウ殿!こちらにおわすお方を誰とお思いですか!マジェスタ王国前国王フェルディナン・エタンセル・マジェスタ・フォン・アッシュフォード陛下であらせますよ!」
「名前が長い」
「なっ!?」
「ほっほっ」
笑っていやがる…
ハァ…前国王だと?
これはまた面倒になりそうな気がする。
「だいたいシオンとやら、お忍びなんだろう?そんな簡単に身分を言っちゃダメだろう」
「はっ!」
こいつはバカなのかな?
「シオンは頭の方はアレじゃが腕はいいのじゃよ。私の護衛をしておるくらいじゃからの」
前国王が耳打ちしてくる。
頭の方はアレと言われているぞおい。
「それではシュウ君。時間切れのようじゃから私はこのへんで。縁があればまた会おうぞい」
「面倒くさいことにならないよう祈っておくよ」
「ほっほっ!」
笑いながら去っていく前国王。
シオンはそれをバツが悪そうに見ながら俺に一礼し出て行く。
あれだけストレートに言ったのにも関わらず俺を嫌う素振りは見せなかった。
いいやつではあるのだろう。
そうでなければあの爺さんの護衛に任命はされないだろうしな。
前国王の目を思い出す。
スキルなのだろうか。
なんだか人の奥底まで見透かす様な目をしていた。
悪い人では決してない。
一緒に酒を飲み、話すのは楽しかった。
聞き上手でもあったし。
だが、いかんせん地位がありすぎる。
いくら王位を退いていようとも、身分の差はどうにも埋め難い。
こんな酒場に来るくらいだ。
平民庶民に何の偏見もないのだろう。
しかし、そう本人がそうでも周りはそうは思わない。
個人的には友人になれると思うが、無理だろうな。
あの人はこの街に何の目的で来たのだろうか。
共も連れずに出歩くくらいだから覆面捜査みたいな感じなのかもな。
何もないのならそれでいい。
しかし、縁は繋がってしまった。
いずれまた会うことになるだろう。
面倒事の渦中でなければいいとは思うが、おそらくその望みは叶うまい。
ここにきてようやく、自分が巻き込まれ体質だということを自覚した。
嫌な予感もしている。
思うんだが、俺の場合嫌な予感がしてくるのはだいたい回避不可になったときじゃないか?
意味がまったくない。
さらばだ俺の休暇よ。
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「おい、聞いたか?前国王だってよ」
「へい、兄貴。いいカモがいやしたね」
「まったくだ。なんでこの町にいるかは知らねぇがたんまり金を持ってるよな」
老人が酒場から出ていくのを見ながら、男たちは話す。
この男、実は「聞き耳」というスキルを所持しており、人よりも耳がいい。
ただそれだけの能力なのだが。
そして男たちは、町のただのゴロツキだった。
自分たちがこれからすることで何が起きるか、その後のことなど何も考えていない小物だった。
だが、小物故に、後先考えずに突き進む。
小さな小さな石が、歯車を狂わせるように。




