第51ページ 温泉
燃えるように美しい山々。
あちらの世界でよく聞く言葉だが、実際に見るのは初めてだ。
それも、異世界で見ることになるとは。
翌日になり、俺は当初の予定通り、温泉へ来ていた。
この町に温泉はいくつかあり、庶民用から貴族用の大きなものまで様々。
中にはスーパー銭湯のように多種多様な湯を持つものや、温泉のプールまである。
アタミ伯爵の温泉事業にかける情熱が伝わってくるようだ。
その中でも一際大きな温泉。
「天上の湯」という名前の温泉宿に俺は来ていた。
ここの湯は、この町の中でも最上級らしく貴族御用達。
通常平民は入ることができない。
にもかかわらず、何故俺がここにいるかと言うと。
「いやーいい湯じゃのぉ、シュウ君」
「そうですね…」
隣にいるこの人のおかげというか、せいというか。
---
コンコン
「誰だ?」
「宿の者でございます。シュウ様にお客様がいらしておりますが」
アステールの関係で少し高めの宿に泊まっていた俺は、朝食を摂り終えくつろいでいた。
「客?」
誰だろうと思いながらも、下で待っていると言う宿屋の者に礼を言い、降りる。
嫌な予感はしていた。
だが、まさかそんなわけはないと思っていたんだが…
「シュウ君!温泉に行こうぞ!」
笑いながらかけられた声に、こけそうになってしまったのは俺の責任ではない。
---
「なんじゃシュウ君!元気がないのぉ」
「何故私がここにいるのかを考えておりまして」
ほんとなんでここにいるのだろうか?
この人にそんな気に入られる要素があったとは思えないのだが。
「余所余所しいのぉ。私とシュウ君の仲じゃろうに」
どんな仲だ。
「昨日のように砕けた感じでいいんじゃよ?」
「さすがにそう言うわけには参りませんよ、陛下」
ラッセン辺境伯は、なんというかあまり貴族という感じがしない人だった。
それに本人からの許可もあったということで敬意を持ってタメ口をしていたのだ。
だが、前国王なんて肩書きを持つ人に本人の許可があるからとタメ口なんて使ってみろ、周りから何を言われるかわかったもんじゃない。
「ここには私たちしかおらん。二人きりの時はあの口調にしてくれんか?この立場になると皆敬語で肩が凝ってしまってのぉ」
それはそうだろうな。
「いえ、ですから陛下「命令じゃ」……承知しました…」
「わかればよいのじゃ」
ほっほっ、と笑う老人。
これはお供の人は苦労しているんだろうな。
突然に俺の泊まっている宿をシオンと尋ねてきた前国王は、有無を言わさず自分が泊まっているというこの温泉宿に自分を引っ張ってきた。
アステールも連れてこいというから何かと思えば、強引に俺もここに泊まるようにしてくれやがった。
別に構わないんだが、すれ違う貴族の視線が煩わしい。
シオンは、何かやることがあるとかで今は別行動中。
俺たちは、天上の湯が誇る最高の温泉である露天風呂にいる。
そこからはアキホの外も見え、連なる山々が紅葉をたたえている。
なんというか心安らぐ光景だ。
そういえばこの町は、どこか日本風な感じが漂っている。
これも初代アタミ伯爵の手によるものらしいから、彼の御仁が異世界人、それも俺と同郷であるというのはほぼ間違いないだろう。
「それで爺さん。俺に何か用があったんじゃないのか?」
「ほぉ何故そう思った?」
「別に。それ以外に考えられないだけだ」
わざわざ俺が泊まっている宿を調べさせ、強引にここに連れてきた。
用がなければそんなことはしないだろう。
誰が考えてもわかることだ。
「何、大したことではない。お主に話を聞こうと思っての」
「話?昨日話しただろう?」
「話してないこともあるじゃろう?」
こちらを見てニヤリとしながら言ってくる。
そうか、魔族の件か。
確かに昨日は素性の知れない相手に話していい話ではなかったからそこら辺は伏せていた。
しかし、何故わかったのかね。
俺は素直に深淵の森で会った魔族のことを包み隠さず話す。
話している間、前国王は初めて見る真剣な顔で、何やら思案しながら聞いていた。
「そうか…魔王のため…のぉ」
「どうかしたのか?」
「…戦争になるやもしれんのぉ」
そう呟いた前国王の顔は、とても悲しそうで、一気に小さくなってしまった様な気がした。
自分の国の民が戦うことを、心から悲しんでいる。
「お主はどうするつもりじゃ?」
「別にどうも。俺の敵になるなら…斬るだけだ」
爺さんの顔が真剣だったので、俺も真剣に答える。
この答えは薄情なものだ。
自分の敵にならないのなら放っておくということなのだから。
前国王としての立場から言わせてもらえば、是が非でも戦力となって欲しいところだろう。
だが、生憎と俺にそんなつもりはない。
ガイアに攻めてきた魔物の軍勢は、放置しておけば確実に俺に被害をもたらしていた。
深淵の森で会った魔族は、俺の美学に反する敵だった。
だから、斬った。
しかし、別の街にいたときにガイアへと助けに行ったかと聞かれればどうか。
今なら行くかもしれない。
あの街を見捨てるには、知り合いができすぎた。
けれど、もし俺が最初にいたのがあの街でなかったとしたら。
俺はわざわざ行ったりしないだろう。
深淵の森でも、あの魔族が俺の琴線に触れていなければ、殺すまでしていたどうかはわからない。
適当に退けるくらいだったのではないか。
現に、襲ってきた盗賊に対しては、命までは奪っていない。
それが不要だったからだ。
必要があれば殺す。
必要がなければ殺さない。
俺の考えは至ってシンプル。
俺の自由を邪魔するのなら斬って進むだけだ。
人族と魔族の争いにしても、正直どうでもいい。
俺に被害があったわけではない。
始まりを知るわけでもないし、知っていたとしてもやってやり返してなのだから、既にどちらも悪い。
俺の考えで言わせてもらえば喧嘩両成敗で痛み分けくらいにしてやればいいと思う。
めんどくさいから絶対に俺はしないが。
「そうか…」
俺の返答を聞いてどう思ったのか、前国王は真剣な表情のまま、何かを考え始めてしまった。
俺は紅葉を眺めながら、とりあえず今はこの温泉を楽しむことにした。




