閑話 帰宅(ベン視点)
王への報告を終えたあと、久しぶりに我が家へと帰ってきていた。
トマスとは家の前で別れた。
あいつの家はお隣さんでいつもはうちに住んでいるのだが、今日はもうゆっくりと家で休むように伝えた。
サラも自分の住処である裏庭の大木に行った。
あの大木はこの家がここに居を構える前からあったそうだ。
いい風が吹くのだという。
試に登ってみたが確かに気持ちがよかった。
あの近くには小さい池があり、涼しい風が吹いていた。
「帰ったのか」
「父さん、只今戻りました」
「うむ」
これから報告に向かおうと思っていた相手が廊下の先から現れた。
俺の父、この国に二家しかない公爵家、シュレルン家当主ジェイコブ・ヴァイスハイト・フォン・シュレルン。
厳格という言葉が最も似合う人、を目指している人。
感情を抑える努力をしているがまったく抑えきれていない。
今だって俺が無事に帰ってきたことが嬉しいのかにやけそうになるのを必死に堪えている。
いい加減ばれているのだからオープンにしてしまえばいいのに。
それでも、心から尊敬できる父親だ。
何故か近しい人には感情を抑えられないようだけど会議の時とか貫禄がやばい。
父は顔が強面で、目も鋭いから迫力を出されると普通に怖い。
軍属ではないのに兵の中には父を怖がっている人がいるくらいだ。
一度だけ本気で怒られたときはそれはもう怖かった。
思わず泣きそうになったほどだ。
まぁ俺が悪かったのだけれど。
「お帰りなさいませ、ベンジャミン様」
「ただいま、ジェームズ」
ジェームズ・ビヤンネートル。
トマスの父であり、父さんの秘書も務めるうちの執事長。
この国で最も優秀なのではないかと影で言われている程の人物。
実際、彼は文官としても武官としても引く手数多だったそうだ。
しかしそれらを全て断り父さんの秘書となった。
その時の詳しいことは俺も知らない。
それでもジェームズが父さんのことを尊敬して付き従っているのはわかったし、父さんもジェームズを信頼しているから俺はそれでいいと思っている。
「母さんは?」
「いつも通りだ」
またお茶会か。
母さんの名前はレーケル・フォン・シュレルン。
王国中の貴族夫人と繋がりがあるんじゃないかというくらい毎日のようにお茶会に行っている。
本人は仕方なくだと言っているが、それを信じる人はいないだろう。
護衛も付けずにうろつくから付き人のローラが困っている。
まぁあの人に護衛なんていらないだろうけど。
うちの家系は母さんの方が力が強い。
理由はそのまま父さんが母さんに勝てないからだ。
父さんは魔法師で、それなりの才能があるのだが、母さんはそれ以上の拳闘家である。
俺も母さんに格闘術だけでは勝てない。
父さんには魔法だけでも勝てるけどね。
だから、父さんは母さんに何も言えない。
まぁ特に言うつもりもないみたいだけど。
何かあれば母さんもちゃんと動くから大丈夫なんだろう。
「それで?辺境はどうだった?」
「ああ、面白い人に会ったよ」
そう言うと父さんの眉がピクッと動く。
俺がこんなこと言うのは珍しいから興味深そうにしている。
「食事を摂りながら話そうか」
「そうだね、兄さんは?」
「あやつは今仕事で出ておるよ。当分戻らんだろう」
「そっか」
入れ違いになったのかな?
少し残念だけど仕方ない。
俺たちは食堂へと入る。
この家は少し広すぎるのが問題だと常々思っている。
夕食の準備はもうできているそうだ。
俺と父さんが席に着いたタイミングで運ばれてくる。
ジェームズは立ったままだ。
座ればいいと思うけれどもうずっとこうなので言っても仕方ない。
父さんも始めは言っていたらしいけど聞かないから諦めたらしい。
「では、聞かせてくれるか?」
「はい」
俺は話した。
今回の仕事であったことを。
魔族について話した時、父さんは少し仕事の顔になっていた。
なんというか空気がピリッとする。
シュウの話をしているときは泣きそうな顔をしていた。
なんだが、やっと息子に友達ができたのか、とか思っていそうだ。失礼な。
ジェームズもそんな優しい顔をするんじゃない!
友達くらいいるぞ!?え、いるよね!?
「そうか。シュウ君はお前が前世に生きていた世界から来たのか…」
うっかりシュウが異世界人だということまで話してしまった。
まぁこの人たちは言いふらすような人じゃないし、どう説明していいかもわからなかったからいいだろう。
だいたいシュウ自体、そんなに隠す気もなかったようだ。
あれはこれから苦労するだろう。
面白そうだから言わないけれど。
「今度うちに招待しなさい。話を聞きたい」
「ええ、もちろん」
と言ってもあいつが来るかはわからないけど。
俺もそうだったけど日本で育ったら貴族への偏見はあると思うなぁ。
この国はそこらへんがいい意味で裏切っているけど、実際他の国には典型的なお貴族様もいるし。
「おっと、もうこんな時間か。すまんな、疲れているのに」
「いえ、構いませんよ。久しぶりにお父さんと話せてよかったです」
この言葉に強面の顔が歪みそうになる。
その必死に隠している状態が一番変だと思うのだけど、もしかしてまだ気づかれていないと思っているのだろうか?
ジェームズはそんな父さんを見て笑いそうだ。
「それでは、今日は失礼します」
「うむ。ご苦労だった。ゆっくり休め」
「ありがとうございます」
退出を申し出て自分の部屋へと行く。
ベッドと本棚、机とクローゼットがあるだけの簡素な部屋だ。
だいたいの物は空間魔法で作った異次元空間にいれておけるので仕方ないのだ。
「はぁ、疲れた!」
王族も使っているというふかふかのベッドにダイブする。
トマスやメイドたちから行儀が悪いと言われるのだが、やめられない。
「あーそういえばニコラスさんに連絡取らなきゃ…」
ニコラスさんと連絡を取ること自体は簡単だ。
彼自身が作った通信用マジックアイテムがある。
それを俺も一つ貰っている。
買えば相当な値になるだろうけれど、同じ異世界出身ということで譲ってくれた。
今まで使ったことはないけれど。
だって、これニコラスさんにしか通じないし。
正確に言えばニコラスさんが作ったコレを持っている人には繋げることができるのだが、他に誰が持っているのか知らない。
そういえば、あの時気にもしなかったけれど黒白の王は迷宮の最下層にいながら声を届けてきてたな。
あれは何かの魔法だろうか?
使えたらいいな。
空間魔法に似たような魔法がないか調べてみるか。
空間魔法の使い手は世界全体を見ても少ない。
俺に空間魔法を教えてくれた師匠はもう死んだ。
師匠は王国でも指折りの魔法師だった。
その後は師匠の遺してくれた魔道書や、師匠の師匠だった時魔法使いのティタ婆様に教えてもらったりした。
ティタ婆様は元宮廷魔導師長で、今は引退して魔法師の教育に力を入れている。
引退した今でもその発言力はすごい。
王国に仕える魔法師のほとんどが彼女の教え子なのだからそれも仕方ないけれど。
明日は、ティタ婆様に会いに行こう。
忙しい人だから会えるかはわからないけれど黒白の王に会ったと言ったらどんな顔するかな?
そういえば今日は会えなかったからアンナにも会いにいかないとな。
やることはたくさんだ。
魔族の襲撃も激化するとみていいだろう。
もしかしたら戦争に発展するかもしれない。
その準備もしておかないと。
シュウの顔を思い出す。
昼はああ言ったけど、すぐには会えないだろう。
というか、すぐに会う状況にはならないで欲しいな。
あいつがいると面倒事に巻き込まれそうな気がする。
でも…せっかくできた友達だ。
何かあれば助けてやろう。
まぁだいたいのことなら一人で解決できてしまうだろうけどね。
さ、もう寝よう。
明日も忙しくなりそうなのだから。




