第5話 世界の秘密
街に戻った俺たちはとりあえず宿に泊まることにした。最後の銅貨を受付に差し出し、一番安い部屋を借りた。
これで所持金はゼロ。明日の飯代すらない。
異世界に来てから、金の心配ばかりしている気がする。
「ケンイチ、オレ腹いっぱい! 寝る!」
アリアの姿をしたスーは、食事を終えた途端にベッドへ飛び込んだ。
「おい、まだ寝るなよ。これから明日のことを相談するんだからな」
「んー……あとでな……」
「絶対起きないやつだろ、それ!! おい!」
返事はなかった。
スーは布団を抱きしめ、気持ちよさそうに寝息を立て始めた。銀髪の美少女がベッドの上で大の字になって爆睡している。見た目だけなら女神そのものなのに、中身は食い気と眠気に忠実なカススライムだ。
「……まあ、いいか」
起こしても話が進むとは限らない。俺は諦めて、部屋に備え付けられた洗い場へ向かった。
蛇口をひねると、水が勢いよく飛び出してきた。
「うおっ!?」
顔面に水を浴び、慌てて蛇口を閉める。今度は慎重にひねると、ちょうどいい量の水が流れ始めた。
ふと、壁に埋め込まれた小さな石が目に入った。淡く光るそれに触れてみると、蛇口から温かいお湯が出てきた。
「へえ……お湯まで出るのかよ……便利だな」
何回も言うがこの世界には魔法やロボットがある。俺のいた世界ほど技術が進んでいるわけではないが、魔法を利用することで便利な生活を実現しているらしい。
(そういえば、なんでこの世界には魔法があるんだ?)
異世界だからとか言うテンプレの回答は今回は無しにして。
魔法のことが気になった俺は、スマホを取り出してアリアにビデオ通話をかけた。
数秒後、画面に銀髪の女神が映し出された。
『あの! ケンイチさん! 聞きたいことがあります!』
「なんだよ、いきなり」
『私の姿をしたスライムと、いったい何をしていたんですか!?』
「飯を食ってただけだよ!」
「本当ですか?」
アリアは疑うように目を細め、画面越しに俺の顔をじっと見つめてきた。
「本当だって!!」
「ならいいのですが……」
「まあいいや。それより聞きたいことがあるんだ」
俺はため息をつき、アリアに尋ねた。
「なんですか?」
「なんでこの世界って魔法が使えるんだ? さっき洗い場で魔法石を見つけたんだけど、あれでお湯まで出ること知ってさ、それでちょっと魔法のこと気になっちゃって。」
「なるほど、魔法の話ですか。では、少し、昔の話をしましょう」
アリアはふざけるのをやめ、真面目な表情になった。
「今からずっと昔、この世界にはダークドラゴンという恐ろしい魔物が現れました」
「ダークドラゴンか……名前だけは知ってるけど、詳しくは知らないな。」
「えっと、この世界を滅ぼしかけた存在です」
アリアの説明によると、ダークドラゴンが現れたとき、その巨大な翼は嵐を呼び、吐き出す炎は街を焼き尽くしたという。
人々は必死に抵抗した。軍隊が立ち向かい、腕利きの戦士や英雄たちも戦った。それでも、ダークドラゴンの圧倒的な力の前では歯が立たなかった。
街は次々と破壊され、国々は滅びていった。昨日まで当たり前にあった暮らしが失われ、生き残った人々も、いつ襲われるかわからない恐怖の中で逃げ続けたのだという。
「……は?」
家が壊れるとか、街の一部が燃えるとか、そういう話じゃない。人が暮らしていた街そのものが、跡形もなく消えたのか。
「そうしている間にも、街はどんどん壊されていったそうです。」
「……そいつ一匹に?」
「はい、最終的には、人類の約九割が命を落としました」
「九割って……ほとんど全滅じゃねえか」
「はい。文明も大きく後退し、長い時間をかけて築き上げた知識や技術の多くが失われました。今の世界がケンイチさんのいた世界より少し遅れているのも、その影響が大きいのです」
それで、いつしか人々はダークドラゴンのことを『終焉の黒龍』と呼ぶようになったんです」
「終焉の黒龍……」
「はい。ダークドラゴンが現れてから、数え切れないほどの街や国が滅びました。まるで世界の終わりが訪れたかのようだったことから、そう呼ばれるようになったそうです」
魔法があって、ロボットまで動いている世界だ。俺は勝手に、便利で発展した場所なのだと思っていた。
しかし、その裏には人類が滅びかけた歴史があったらしい。
「生き残った人々は、世界を救ってほしいと神に祈りました。その願いに応えたのが、私の前任の女神です。彼女は人々に魔法を授けました」
「魔法って、女神からもらった力だったのか」
「はい。人々は魔法を使い、力を合わせてダークドラゴンに挑みました。しかし、倒すことはできませんでした。多くの犠牲を払いながら、どうにか封印するのが精いっぱいだったのです」
「倒せなかったのか……」
「ええ。そして、魔法はその後に生まれた子供たちにも受け継がれていきました。そのため、この世界の人々は生まれつき体の中にマナを持っているのです」
「マナ?」
「魔法を使うためのエネルギーですね。持っている量や得意な魔法は人によって違います。魔法を使うと、体内のマナを消費する仕組みです」
「なるほど。だから魔法使いが普通にいるわけか」
「そういうことです。魔法の力は、今では生活のさまざまな場所で役立っています。魔法石を機械に組み込めば、マナを動力として利用できますからね」
「それでロボットも動かせるのか」
「はい。冷蔵庫やシャワーのような設備にも使われています。失われた技術をすべて取り戻せたわけではありませんが、魔法のおかげで人々は少しずつ生活を立て直してきたのです」
なるほど。俺が見てきた便利な機械は、魔法を利用して動いていたのか。
「じゃあ、俺も魔法を使えるのか?」
「いいえ。ケンイチさんにはマナがありません。この世界の人間ではありませんから、生まれつきマナを持っていないのです」
「異世界から連れてきたんだから、そこはどうにかしてくれよ! 魔法くらい使えるようにしてくれてもいいだろ!」
「ええー、面倒ですし……」
「お前さぁ!!!」
俺はスマホを握りしめた。
能力なし。スキルなし。魔法も使えない。
これでアリアからダークドラゴンを倒せと言われているのである……いや無理だろ。
「じゃあ、俺が魔法を使えるようになる方法はないのか?」
「まったくないわけではありません。魔法石を体に埋め込めば、魔法を扱えるようになる可能性はありますよ」
「おおっ! それなら――」
「ただし、体が魔法石の力に耐えられなければ、体が壊れて死ぬこともあります」
「やめだ、やめ!! 無理!! そんな危ない方法、誰がやるか!」
希望を持たせてから落とすな。俺は強くなりたいが、死にたいわけではない。
アリアは小さく笑ったあと、再び真剣な表情に戻った。
「ダークドラゴンが復活したことは、前にもお話ししましたよね? 討伐、よろしくお願いしますね! ケンイチさん!」
「無理言うんじゃねえ!! 絶対やらねえからな!!」
世界の危機だと言われても、俺にはどうしようもない。まずは明日の食事代を稼ぐことが先決だ。
隣のベッドを見ると、スーは相変わらず爆睡していた。世界が滅びかけた話をしているというのに、布団を抱きしめて幸せそうに眠っている。
「お前、少しくらい危機感持てよ……」
当然、返事はなかった。
「あっ、そうだ! ケンイチさん、一つ面白い話がありますよ!」
「今の話のあとに、よくそんな元気出せるな……」
「宝箱の仕組みです!」
「ダンジョンに置いてある、あの宝箱か?」
『はい! あれは、冒険者を強くするためにギルドと武器屋が協力して作った仕組みなんです』
アリアの話によると、武器屋が武器や防具を宝箱に入れ、ギルドがその代金を支払う。冒険者たちはダンジョンを攻略し、宝箱から装備や道具を手に入れるのだという。
「つまり、ダンジョンを攻略すれば装備が手に入って、冒険者が強くなれるってことか?」
「その通りです! 武器屋は商品を売ることができ、ギルドは冒険者を育てられる。冒険者は強い装備を手に入れて、さらに危険なダンジョンに挑めるようになります」
「でもそれだと、武器屋はタダで武器を渡してることにならないか?」
「もちろん、武器屋が損をするわけではありませんよ。宝箱に入れる武器や防具は、ギルドが武器屋から買い取っているんです」
「なるほど……ただの宝箱かと思ってたけど、ちゃんと考えられてるんだな……」
「もちろんです。ダンジョンの危険度に合わせて、中身も調整されています。初心者向けなら回復薬や扱いやすい装備、危険な場所なら強力な武器や貴重な魔法石などですね」
「なるほど……」
なるほど……冒険者が強くなれば、倒せる魔物が増える。武器屋や宿屋も潤い、街全体が発展していく。
そして、強い冒険者が増えれば、いつかダークドラゴンに対抗できる人材も増えるかもしれない、か。
「……まあとりあえず、まずはゴブリンを倒せるくらい強くならないとな」
「その意気です! ケンイチさんも、きっと強くなれますよ!」
「具体的にどうやって強くなるかも教えてくれるか?」
「………」
アリアが黙り込む。
「もういい!! とりあえず今日は寝る!」
「……おやすみなさい、ケンイチさん」
俺は通話を切り、ベッドに横になった。
ダークドラゴンが復活しているなんて、正直考えたくもない。世界を救えと言われても、俺にはそんな力はない、今はこの話は忘れておこう。
「とりあえず修行しないとな……頭も体も鍛えないと……」
隣では、スーがまだ気持ちよさそうに眠っていた。
「お前も明日は少し働けよ……」
もちろん、返事はない。
俺はため息をつき、明日のことを考えながら目を閉じた。




