第一章 ミステイク 〜 第一話 最後のログイン〜
「……やっぱり、誰もいないな」
俺は静まり返ったギルドホールを見渡した。
天井から吊り下げられた巨大なシャンデリア。壁を飾る歴代イベントの報酬。奥にはギルドマスター専用の玉座。
どれも十年近く見慣れてきた光景だった。
ここは俺が長年遊んできたMMORPG《Eternal Dominion Online》のギルドハウス。そして今日、このゲームはサービスを終了する。
「十年か……」
大学生の頃に始め、就職してからも時間を見つけてはログインした。
トッププレイヤーだったわけではない。ランキング上位に名前が載ったこともほとんどないし、所属していたギルド《ミステイク》も大手とは程遠かった。
それでも、このゲームが好きだった。
特に気に入っていたのが、自分で作ったNPCたちだ。
広間の中央には五人のNPCが並んでいる。
先頭に立つのはサキュバスのマイン。
紫がかった長い髪に小さな角。整った顔立ちに黒を基調とした衣装。五人の中で最も多くのリソースを注ぎ込んだ、自慢のNPCだ。
その隣には堕天使のサラ。黒い翼を背負い、常に冷静な表情を浮かべている。
三人目はマーメイドのエル。人魚なのに陸上では浮遊魔法を使って宙に浮かんでいる。
四人目は雪女の夏。
「……夏」
俺は改めて名前を確認した。
雪女なのに夏。
今考えても酷い名前だと思う。
最後は麒麟のマジカ。
イベントガチャの無料券で偶然引いたキャラクターだった。かなり後から加入させたNPCなので五人の中では新参だが、攻撃力だけならトップクラスだ。
「こいつらとも今日でお別れか」
もちろん返事はない。
NPCなのだから。
俺は少し寂しさを覚えながら、ギルドマスター用の椅子に腰を下ろした。
サービス終了まで、あと三分。
最後に何をするか考えたが、特に思いつかなかった。
結局、いつものように自分のキャラクター画面を開く。
画面に表示されたのは銀髪のエルフだった。
本来の種族はシェイプシフター。
様々な姿へ変身できる特殊種族だが、俺は普段からこのエルフの姿を使っていた。
能力値はかなり極端だ。
速度と魔力。
この二つに重点的に振り、それ以外は必要最低限。
理由は単純だった。
狩りの効率が良かったからだ。
魔物を見つける。走る。追わせる。さらに走る。
十分な数が集まったところで、範囲魔法を叩き込む。
俺は昔からこの方法でひたすら狩りをしていた。
対人戦では弱点も多い。
耐久力の高いボスとの一対一にも向いていない。
ランキング上位の連中からすれば、俺などいくらでも倒しようのあるキャラクターだった。
それでも、雑魚狩りの効率だけなら悪くなかった。
「まあ、楽しかったからいいか」
残り十秒。
俺はもう一度、五人のNPCを見る。
マイン。
サラ。
エル。
夏。
マジカ。
「じゃあな」
九。
「今までありがとな」
八。
七。
六。
「……ミステイクも最後か」
俺はギルド名を見て笑った。
本当は《ミスティック》にするつもりだった。
入力を間違えた。
気づいたときには確定していて、変更するのも面倒だった。
だから、そのまま十年近く使った。
五。
四。
三。
二。
一。
――ゼロ。
視界が一瞬、暗くなった。
「……?」
俺は瞬きをする。
目の前には、さっきと同じギルドホールがあった。
「終わってない?」
サービス終了時刻は過ぎている。
なのにログアウトされない。
メニューを開こうとする。
何も出ない。
「おいおい。最後の最後でバグか?」
そのときだった。
「創造主様」
声がした。
聞き覚えはある。
だが、聞いたことのない声だった。
ゆっくり顔を上げる。
マインが俺を見ていた。
「……マイン?」
「はい」
彼女は柔らかく微笑んだ。
その表情は、俺が設定したどのモーションにも存在しない。
「お呼びでしょうか」
「……」
俺は言葉を失った。
マインの後ろで、残る四人もこちらを見ている。
視線が動く。
呼吸している。
エルの髪が揺れる。
サラの黒翼が小さく動く。
夏が瞬きをする。
マジカが緊張したように背筋を伸ばす。
生きている。
そうとしか思えなかった。
そして次の瞬間。
五人が一斉に跪いた。
「お帰りなさいませ、我らが創造主様」
「……ちょっと待て」
俺は玉座から立ち上がった。
立ち上がってから、もう一つの異常に気づいた。
身体がある。
キーボードもない。
モニターもない。
俺自身が、ギルドホールの中に立っている。
恐る恐る自分の手を見る。
細く白い指。
装備していた指輪。
そして肩から流れ落ちる銀色の髪。
「……マジかよ」
サービス終了日の最後の最後。
俺が一番恐れていたのは、感傷的になって泣いてしまうことだった。
まさか自分自身がゲームの中に入ってしまうことになるとは、一度も考えたことがなかった。




