蛇絡編み
サンドイッチを食べ終えると、牛舎の方から牛達の声が聞こえてきた。
朝の搾乳と、特に栄養がある牧草の朝ごはんを食べ終えた牛達の放牧が始まったのだ。
モー、モモ、モウ! などと鳴き声を出しながらどの子も嬉しそうに、しっぽをパタパタ振りながら自由に歩きまわっている。
そして、この後自分なりに今日はここだ、と思う場所を見つけて草を食べたり、はたまた他の牛にちょっかいをかけたり、反撃されたり、眠くなるとゴロンと横になってそのままぐうぐうとイビキをかいて寝たりして日中の時間を過ごすのである。
彼らから生きていく糧をある意味強制的に貰っている人間の一人である私が、こんなことを思うのはおこがましいかもしれないが、実に幸せそうだ。
特に今日はうちの牛達が大好きな、湿気の無いカラッとしたさわやかな日和だから、大好きなお日様の光をめいっぱいに浴びて、気持ち良さそうな顔でよだれを垂らしながら爆睡する牛達が放牧場のあっちでもこっちでも、見られることだろう。
「あ、牛達がやって来た。
今日はこんなにお天気が良いから、これからヤギ達や、ニワトリ達や、アヒル達がみんなご機嫌良くやって来て、生き物大天国って感じになりそう」
「ははは。なんだか動物達みんなで歌って踊ってそうな天国だね。
みんな仲良くやってくれれば良いよね」
エリオットは面白そうにそう言うと、二人分の空になったバスケットを自分の大きな斜めがけカバンに入れた。
「それが、バンダーによるとこの前、あの、グレてる雄鶏のハテが、寝てる牛達のお尻を次々とつついて逃げてったんだって。
しかも、牛達のお尻をつついた後バンダーの方を見て、コケーーッって叫んでたんだって。
ハテのやつ何考えてるんだろう」
「えー! なんて無謀なニワトリなんだ。
もしかしてバンダーを好敵手と思ってて自分の強さを見せたかったんじゃない?
そういえば、よくハテはバンダーの様子を観察している気がする。
あ、リシュリー、髪が広がってきてるよ。
とかして、結い直しても良い?」
「うん、ありがとう。
自分で一つにまとめてもいつもすぐこうなっちゃう。嫌になっちゃうよ」
「リシュリーの髪は細くて柔らかくて、ふわふわしてるからね。
編み込んだ髪型にしてないと髪の毛の広がりからは一生逃れられないだろうね」
そう言ってエリオットはいたずらっぽい目をして笑うと、斜めがけバッグから櫛と麻で編んだ髪結紐とクチナワの花の花油を取り出した。
エリオットのこのバッグには一体どれだけの物が入っているのだろう。
「えー、じゃあ何としてでも自分で編み込みを習得しないとダメじゃない。
あーあ、でも、後ろの方なんて出来そうにないから、一生髪の毛広がり問題からは解放されないのかあ」
「僕がいつでもリシュリーの髪を編むから、何も問題無いよ」
とろけるような甘い香りの花油を自らの手の平に付け、温めて伸ばして、エリオットが私の髪に優しく丁寧に撫でつけてゆく。
柔らかいが最近少しずつ角ばり始めた手が、頭の一番上から首の後ろを通り、肩まで下りていく。
次に指を髪に絡めながら、櫛のようにして何度も何度も通らせていく。
花油で潤う指が頬や首にさらりと触れてこそばゆい。
クチナワの花の香りが、蜜のように、甘い毒のように、強く、私達を包んでいった。
エリオットの温かい手にこうされていると、頭の奥がぼんやりしてくるような気持ちの良い感覚と、あのゾワゾワとした感覚とが共存して不思議な気持ちになる。
そうして髪を整えると、堅木の櫛を使い器用に髪を編み込んでいく。
エリオットはいつの間にか様々な編み込みの種類と髪型の作り方を習得していた。
手先が器用だと色々なことが出来て、とてもすごいといつも思う。
「はい、出来上がり。
今日はいつもより丈夫な編み方で編み込んでみた。
髪型はシンプルに編み込みおさげにしたよ」
「わあ、ありがとう。
これなら髪が広がることは無いし、長い間ほどけなさそうだね」
「うん。ずっとほどけないよ」
その時、エリオットの瞳の中に見たことの無い色彩が見えた気がして、少し近くまで顔を寄せてしまった。
失敗だった。
調子が良いと思って安心していた。
自分でも気が付かないうちに、また、あれは近付いて来ていたのだ。
「…!!!
大変だ、リシュリー、瞳の色が薄くなってる。
もう白銀色に近くなってる。
早く屋根裏部屋に行こう。
大丈夫、いつも言ってるけど、僕のことは心配しなくていいから。急ごう」