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リシュリー・アルコは約束が出来ない  作者: 入海詩魚
第一章 一番熟れた甘い果実
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多実多蜜蔓

「見て、エリオット、今日のイハの海、とってもきれいだよ。

 お日様の光であんなに光ってる」


 雲一つない大きな青空からお日様の光がこれでもかと降り注ぎ、いつもはあまり見ることが出来ないイハの海本来のエメラルドグリーンが東いっぱいに、輝きながら広がっていた。


「本当だ。こんなにきれいなイハの海は久しぶりだね」


「ここ数日ずっと海霧が出てたもんね。

 こんなに見晴らしが良いのも久しぶり」


「そうだね。

 もしかしたら、イェリンガラク公国の天突菩提樹が見えたりして」


「見えるかなあ。でも、見えたら良いね。

 あ、でもそしたらブランコ三号がホームシックになるかも」


「あははは、リシュリーってばまた面白いこと言う。

 でも、なるかもね、天突菩提樹はイェリンガラク公国の木全ての母親だっていうことらしいから」

 

 ブランコ三号は、アルコ牧場にある一番新しい新入りブランコだ。ちなみに古参、ブランコ一号は母屋を出てすぐの所にあり、中堅、ブランコ二号は牛舎の右横の干し草置き場の横にある。

 全て父さんと、大工仕事が大好きなフェルマー兄さんが作ってくれた自家製手作りブランコ達だ。


 ブランコ一号とブランコ二号は比較的廉価なハーヤの木で作られたが、ブランコ三号は丈夫でしっかりとしていて、更に虫に喰われにくいが、その代わりにとても高価なアウルセの木で作られた。


 様々な良質な樹木を育てて木材貿易を行い繁栄している、隣国のイェリンガラク公国からヴァーシアフ大公がレナトゥス大神殿に巡礼で立ち寄られた際に、そこでアルコ牧場のミルクをお飲みになって持病の痛風が治った(あくまでヴァーシアフ大公談)ため、お礼に、ということで下賜して下さったのだ。

 つまりタダで手に入れたのである。


 アウルセの木は清々しい良い香りがすることでも有名で、ブランコ三号で遊ぶとその香りが自分に移るのでその日は一日中良い気分になる。

 アルコ牧場でも一番見晴らしの良い場所にあるので、ブランコ三号は私や、エリオットや、兄弟みんなの人気者だった。


「はい、これがリシュリーの分」


 二人でブランコ三号に腰かけると、エリオットがバスケットを渡してくれる。

 お礼を言って開けると、こんがりカリッと焼けた黒麦のパンにトロリとした半熟卵焼きが挟まれたとてつもなく美味しそうなサンドイッチがいらっしゃった。


「わあ、今日もありがとう。

 美味しそうなのはいつもながらだけど、今日の美味しそうさ加減はまた格別だね。甘い卵焼きだし」


「あはは。光栄です。

 あ、バターも持ってきたから使いたかったら言ってね。僕が切るから。

 よし、もうバター塗っちゃおうっと」


 そう言うとエリオットは自分のバスケットの中に入れていたバターを、木製のバターナイフで切り、自分のサンドイッチに塗っていく。


 エリオットは鍛治職人の血か、手先がとても器用で、このバターナイフもエリオットが作ったものである。

 他にも生活に必要な刃物や、果ては鎌やクワなどの牧場仕事で使う農具など、身の回りの刃がついているものほぼ全てを硬い木材を使って作り上げてしまった。


 しかし、自分だけで使うだけなら良いが、私にも普通の刃物ではなく木製の方を使うようにするように、さりげなく促してきたのが少し嫌だった。

 しかし、それを無視していたら、私が何かを切らなくてはならないときは、エリオットがほぼ全てやっているようにいつの間にか、なっていた。

 そのため、マリポサ草の刈り取りなど自分にとって大切な仕事をするために、安全なものを気をつけて使うから、とエリオットを説得したんだったっけ。

 あの時はもの凄くめんどくさかった。


 エリオットにはこういう、異様に心配性の一面があるのだった。


 サンドイッチを頬張る。サクッと音がする。パン自体に少し塩が振られている。これだけでも十分おいしい。その後から卵焼きのフワットロッとした食感が。ちょっと甘めに味付けられていて、しかもパンの塩気がその甘さを更に引き立てる。しかも、卵はバターで焼かれていて、香ばしいバターの香りが鼻から抜ける。しかも、半熟。最高である。


「わあ、すっっごく美味しい。

 卵焼き口の中でとろけた!」


「嬉しいな。トマおばさんに半熟玉子焼きの作り方の極意を教わったかいがあった。

 また作るからね。

 食べたくなったらいつでも言って」


 エリオットがとても嬉しそうに微笑む。

 完璧な配置の、完璧な形の目や鼻や口。

 血色の良いばら色の頬や唇。

 白くはあるが健康的に程よく焼けたきめの細かい肌の色。

 海からの東風を受けてなびく、うるわしい、蜂蜜のような金色の髪。

 エリオットは生命力に溢れた、ある意味艶かしい色彩に溢れていた。

 まるで豊穣の女神様のようだと思った。



 「あ、ドラペトリア蔓だ。この前取ったのにな」


 ふと足元を見ると、ドラペトリア蔓が生えてきていた。

 ドラペトリア蔓は、冬に厚みのある花びらを何重にも重ならせながら大きく広げる、とても美しい大きな赤い花が咲く。

 その後、多量の蜜をあふれ滴らせる甘い実をたわわにつける。

 しかし、自分だけでは直立することが出来ず他の植物に巻き絡みつき、巻きつかれた植物は日光不足になり弱っていく。

 死んでしまうことも多い。

 前に見つけたドラペトリア蔓に巻きつかれていた植物は、窒息しそうなほどギュウギュウに絡みつかれ、見ていてかわいそうだった。

 そのあとドラペトリア蔓を取り除いたが、結局自分の生きる力を取り戻せずに死んでしまった。


 そのため、ドラペトリア蔓を見たら申し訳ないが取り除くようにしていた。


 「ごめんね、でもブランコ三号があなたに絡みつかれて腐っちゃったら嫌だから、悪いけれど」



 そう言ってドラペトリア蔓を抜き、捨てる姿を、エリオットが表情が抜け落ちた顔で、全てをのみ込み永遠に逃がさないような昏い瞳で見ていたことを、私はその時知ることは出来なかった。

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