なぜだか苦手な幼馴染みのエリオット
「よし、これくらいあれば足りるかな」
「うん、そうだね。今日もありがとうエリオット」
「どういたしまして、リシュリー。
さあ、朝ごはんにしよっか。
今日は霧が出てないから、ブランコ三号のところで海を見ながら食べるのはどう?」
「うん、そうしよう」
私が刈り終えたマリポサ草を入れた背負いカゴを背負おうとすると、すかさずエリオットがそれを取り、自分の前に抱えるように持った。
エリオットの背中にはエリオットのカゴがもう背負われているのに。
「調子が良いからって無理しちゃだめだ。
力を使う仕事は全部僕がやるから」
エリオットが真剣な顔でそう言う。
こうして私を心配してくれるのはいつものことだ。
そして、それを見て胸の奥底からザワザワとした感覚が押し上がってくるのもいつものこと。
こんなに、私のことを気遣ってくれているのに。
幼馴染みのエリオット・フェレールは、アルコの丘の一番上にあるアルコ牧場から丘をちょっとくだった所にある、鍛冶屋フェレールの四男だ。
鍛冶屋フェレールは神殿に剣や聖具を納める、神殿御用達の由緒正しく格式の高い鍛冶屋なのだが、エリオットはなぜか刃物に対して相当の恐怖心を生まれながらに持っており、特にナイフには触ることも出来ない。
出来れば見たくもないらしい。
この鍛冶屋にとっては致命的な刃物恐怖症と、上にお兄さんが三人居るということもあって、エリオットのお父さんはエリオットに鍛冶職人になって欲しいとは全く思っていないようだった。
そんなエリオットと私が初めて出会ったのはお互いが七歳の時だった。
その時の私は今よりも更に虚弱で、しかも今では大好きなお日様の光を浴びると、生きているので精一杯というくらいに疲れてしまうという風だった。
そのため、母屋の一番奥の日の当たらない部屋で本を読んだり、勉強したり、オカリナを吹いたりして一日の大部分を一人で過ごしていた。
そこに、動物が好きだから牧場仕事を手伝わせて欲しいと、見習い半分遊び半分に牧場に出入りしていたらしいエリオットがどういうわけだか母屋に忍び込み、その探検心ゆえか、ヘンテコな増築のせいで家全体が入り組んだ不思議な構造になっているためになかなか辿り着けないはずの私の部屋を見つけ出して、私達は初めて出会ったのだった。
初めて私を見てエリオットは、私が監禁でもされているとでも思い衝撃を受けたのか、切れ長で大きい両目から、それより更に大きな涙をポロポロと流していた。
そして、この白い髪と、その時は更に白かった肌を何かの病気だと思ったのか、駆け寄ってきて私の背中をさすり、
「大丈夫? 大丈夫?」
と心配そうな、悲しそうな顔をして、しきりにそう聞いてきたのを覚えている。
その後エリオットを探しにやってきた母さんからの説明のおかげで監禁疑惑等の誤解は解け、お互いの名前を教え合ってから握手をして、私達は友達になった。
その日からエリオットは一日も欠かさず、毎日私の部屋にやって来て私と遊ぶようになった。
父さんと母さんは、私は家族以外の人間とは交流出来ずに生涯過ごすことになると思っていたようで、私に友達が出来たことをとても喜んでいたし、私も初めて兄弟以外の遊び相手が出来て、純粋にとてもとても嬉しかった。
だけど、ふとした瞬間、一日の始まりに一番最初にエリオットの姿を見たときや、エリオットの瞳の中に映った自分を見たとき、夕方エリオットが帰って行った後に自分一人だけになったときなどに、なぜだか他では感じたことのない、言葉で表現しようの無い、なんとも言えないザワザワ、ゾワゾワとした感覚になるのだ。
この感覚を頑張って出来るだけ具体的に表現してみると、人間の心の深奥に普通であれば一生開けずに済むはずの大きな扉があったとして、その扉の向こうには大きな川がある。
そして私の場合、その川は血のように赤い川で、荒れ狂う濁流で向こう側から扉を押し開けようとしている。
そのときに扉がなんとか開かずにふんばって耐えているような感覚という感じだろうか。
その感覚はエリオットと初めて出会った日から今日までずっと続いている。
未だに先程のように朝突然声をかけられるとビクビクしたような感じになってしまう。
それくらいこの感覚には、いつまで経っても慣れることが出来ない。
そういうわけで私はエリオットを苦手に感じてしまうことがある。
というより、あんなに優しいエリオットをこんな風に思ってしまうことが辛くて、でも自分でもなぜこんな感覚になってしまうのかどうしても分からなくて、その辛さから目を向けるために、エリオットを苦手だということにしたいだけなのかもしれない。
でも、決して嫌いということではない。
変わったところはあるが、エリオットほど優しい人間は他にいないだろうと思う。
エリオットは信頼に値する、善良な人間だ。
最近では、これまで約九年間一緒に過ごしてきた時間や、培ってきた友情や、そしてエリオットに対してのある大きすぎる恩によって、得体の知れない感覚への恐怖よりも人間としての親愛の情が上回り始めているのを感じていた。
……でも。
いや、気のせいだ。
あの感覚とは別に、エリオットに優しく親切にされると、されればされるほど、どこか遠くに行きたくなって、大好きなはずのこの場所に二度と戻ってきたく無いような、全てから逃げたいような絶望的な気持ちになるのは。