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いつかのクライマー  作者: 大田区トロフィーモフ
42/48

エール

 メインアリーナは決勝のルートセットがあるので、決勝進出者は追い出されて、アイソレーションルームや外で昼飯を食べることに。

「みんなよく食べるねー。今食べてるお昼ご飯の量で、決勝の順位が決まるかも……?」

 今は競技中じゃないので、堀田先輩もアイソレーションルームにいた。

 そして、暇潰しに俺らを脅していた。

「でも、数百グラム程度ですよ?」

「数百グラムの重りをおなかに仕込んで登るって考えたら、バカにできないよー?」

「確かに……。いざとなったら、燃料投棄しようかな」

「ね、燃料投棄って、その、は、排せつのこと?」

「……加藤さん、下品。僕は食事中なんだけど」

「な、なんで私が……」

 俺らはコンビニで買った弁当や菓子パンだったけど、三島さんはいつもの小さな弁当箱を持ってきていた。

「今日は弁当、いくつ持ってきたの?」

「……さすがに一箱。お母さんが勝負弁当だって」

 三島さんはそう言うと、弁当の中身を見せてくれた。

 へー、見るからに手が込んでいて、母の子への愛情深さが伝わるような弁当だ。

 もしかしたら、あのことを知っているからこそ、弁当にも力が入っているのかもしれない。

 何事にも負けるなって。

 ただ三島さんのお母さん、夏場の弁当でかつ丼はまずいと思います……。

 さて、競技は午後一時に再開する予定だったんだけど、まだルートセットが終わらず、三十分くらい遅れるそうなので、息抜きにアイソレーションルームから出て行く選手もいた。

「少し、散歩してくる」

 三島さんは、加藤先輩の持ってきた漫画を読んでいた俺たちに、一声かけて出て行った。

 そうだ、確か決勝戦は一年生女子、一年生男子、男子リードの順で行われるから、またしても俺は、三島さんの登りを見ることができないはずだ。

 せめて今のうちに、何かしら応援の言葉をかけておきたいな。

「俺もちょっと出るわ」

「燃料投棄か?」

「違う! あ、始まりそうになったら呼んでくれ」

 そう言い残して三島さんを探しに行くと、体育館の入口を出たところで追いついた。

「あの、三島さん!」

「何?」

「いや、競技順の都合で三島さんの登りを見られないから、応援の言葉を贈ろうと」

 次の決勝の結果によって、一緒に登れなくなるかもしれないんだ。簡潔かつ天才的で、心のこもった応援の言葉を、ここでかけておかなくては。

「あのさ、俺のことクライミングに誘ってくれて、ありがとう」

「……私への応援じゃないし」

「へ? あっ、ミスった! 頼む、もう一回チャンスちょうだい!」

 三島さんは心底呆れたような顔をしていた。

 初めて出会って、ヘンタイ呼ばわりされたときの、懐かしいあの顔だ。

「ダメ。……そもそも、私のほうがアンタに感謝しないと、今日まで支えてきてもらったんだし。結果はどうなるかわからないけど、……ありがとう」

「は、何? 聞こえないんだけど?」

 もちろん、照れ隠しで聞こえないふりをしたんだけど、まさかスネに蹴りをお見舞いされるとは思わなかったね。

「……うぐ、大丈夫、三島さんの成長は俺がいつも見ていたんだ。絶対、おじいさんの納得するような結果を出せるよ。そして、これからも一緒に登ろう」

 今度は三島さんが照れ隠しなのか、ぐるりと反転、髪をなびかせて背を向けてしまった。

「いつも私のことを応援してくれるけど、アンタには何か夢とかないの? その、応援してあげてもいいけど……」

「何もないよ、空っぽ」

 言下に俺は言い切った、今まで認めなかった、自分自身のことを。

 三島さんと過ごして思い知らされたんだ。

 俺は夢も目標もない、「いつか」って言葉に逃げて何もしない、単なる冷めた若者だって。

 ……三島さんのデレだけは受け取っておくよ。

 うつむいている俺に気づくと、三島さんは振り返って俺の肩に手をかけてきた。

「この間はアンタに勇気づけられたから、今度は私の番。……別に焦って探す必要はないと思うけど、もしも今の自分に嫌気が差すなら、とりあえず目についたものによじ登ってみてもいいんじゃない? 先のことなんて、そこから見えた景色の良し悪しで決めればいい」

「とりあえず、……よじ登る?」

「うん。少なくとも、私はクライミングを始めてみたら、大切なものを見つけた」

 大切なもの?

 三島さんは《不可能への挑戦》をきっかけにクライミングを始めて、何を見つけたんだろう、俺にも見つかるだろうか?

「俺もいつか……いや、必ず、見つけられるかな?」

「うん、見つかる。……でも、今は私の挑戦を見ていて。《不可能への挑戦》は、《可能性》を創り出すことでもあるから。私が空っぽなアンタに、可能性を見せてあげる」

 三島さんは不敵な笑みを浮かべると、一人アイソレーションルームへと帰って行った。

 へへ、俺が応援するはずだったのに、なぜだか励まされちゃてるじゃないか、情けない。

 凛とした三島さんの後姿を見ていると、その《可能性》を今日にも見せてくれそうな気がした。

 競技の順番からして、三島さんの登りすら見られないはずなのに。……


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