予選 その1
大会の会場は隣町にある総合体育館で、垂壁に加えて可動壁と言って、傾斜を自在に変えられる、なんとも中二病心をそそる壁が二面あるそうだ。
なんかもう、生まれて初めて大会と名のついたものに出るから、緊張してきた……。
俺は緊張すると黙るタイプだから、寡黙な三島さんが横でよかったけど、加藤先輩はだれかれ問わずしゃべるタイプなのか、オタトークを早川に吹っかけてイラつかせていた。
電車から降りて体育館を目指して歩いていると、緊張は五臓六腑を吐きだすレベルに。
「平常心、平常心! 私は平常心!」
「いいなー、堀田先輩だけが平常心を保っているようですね」
「うん! 私は出場しないもん!」
そうだね、じゃあなんで平常心と唱えていたのかな?
と、入口のところで受付している出場者が見えてきた。俺も平常心、平常心、平常心……。
「OHAYO☆」
……うぜえ。平常心崩壊したわ!
朝から元気な二階堂さんは、なぜか山岳部の顧問の、よっちゃん先生の肩に手をかけて入口に立っていた。
「あ、よっちゃん先生、今日はよろしくお願いします。横の男を排除しましょうか?」
「気にしないで、私たち夫婦だから」
「YOME☆」
「はあ!?」
堀田先輩はこのプチサプライズに驚かないというか、そもそも知っていたようで、
「あれー、知らなかったんだ? クライミングジムの名前のよしこは、二階堂さんの奥さんの名前から取ったんだよ?」
そうなんだ! 死ぬほどどうでもいい!
二階堂さんは派手なのに、こんな地味なモナリザみたいな山岳部の顧問と結婚していたとは……。
案外、この業界は結構狭いらしいな。
「う、受付済ませたから、入るよ。せせ、川内君のゼッケン」
「ああ、どうも……」
このプチサプライズのせいで俺の平常心は瓦解したまま、ゼッケンを受け取って選手の控室であるアイソレーションルーム、というか単なるサブアリーナに向かった。
例によって壁を見られないように、館内はブルーシートで厳重に目隠しされていた。
つい、「扉があるじゃないか」だなんて、ツッコんだら負けだぜ?
で、アイソレーションルームに向かう途中、三島さんが話しかけてきた。
「アンタの夢、叶ったね」
「え?」
三島さんは掲示板に貼ってあった、このクライミング大会のポスターに目を向けていた。
「《高校クライミング競技・県大会》だって。県大会、出場おめでとう」
なん……、だと……?
「ハハ、やったな川内。夢って叶うんだな!」
ちょ、クライミングって地区大会ないのか!? いきなり県大会だったなんて……。てか、みんな笑ってるし! さてはこいつら、知ってやがったな!
「ふふ、今度はもっともーっと、大きな目標を描かないとね?」
やめろ、堀田先輩、俺の目を覗き込もうとするな!
『クライミングで県大会出場を目指します!』とか言った手前、恥ずかしくて死んでしまう!
ああ、もう最悪だ。
こんな日に黒歴史を作るとは……。
「……でも、アンタはまだいいよ。私の挑戦は、自分の意志ではどうにもできないし」
と、俺の横で三島さんがポツリとこぼした。
そうだな、大会は男女別だからな。
男子に筋力で勝つだなんて不可能に挑戦しようにも、最初から振り分けられちゃ、どうしようもない。
アイソレーションルームに着くと、堀田先輩は振り返った。
選手じゃないから、ここでお別れなんだ。
「じゃ! 私は中に入れないから、登るときに応援してあげるね。ルートセッターは二階堂さんだから、登れない可能性大だけど、落ち込まないでねー」
「不穏すぎる! もっと、ポジティブな応援が欲しいんですけど!」
さて、堀田先輩の逆効果なエールを背にアイソレーションルームに入ると、すでに多くの選手が集まっていた。
彼らは友人のシャツにゼッケンをつけてやったり、ゲームをしていたり、ボルダー壁でアップをしたりして、思い思いに競技が始まるのを待っている。
なんか、全員強いクライマーに見えちゃうなあ。
全体的にごついやつらばっかりだし、前腕太いし。
女子の選手は少なくて、いかにも山岳部員といった……その、何というか、体の太ましい方々だった。
「いよいよ僕らの、公式なデビュー戦だな。川内には負けない気がする」
早川は闘志を燃やしているのかいないのか、はたまた余裕なのか、着替えながら俺にそう告げた。
女子二人はトイレに着替えに行っていた。体育館なのに更衣室がないっていうね。
「まあ、お前のほうがレッドポイント上だからな」
「おいおい、……小学生のころから相変わらずだな、お前は。クライミングを始めて、少しは夢中になるかと思ったけど。もっとこう、闘争的になれよな」
そういえば、昔から俺は冷めていたかもしれない。
いつかは何かに打ち込む、いつかは何か目標を持つ、いつかはいつかは……って、いつも先延ばしにして、ついに高校生になっちまった。
俺個人の目標なんて、何も……。
ええい、感傷的になっても仕方がない、とりあえず、今は登ることだけに集中しよう。
そして、三島さんがこの大会で結果を残せるように応援しよう!
競技は同時進行らしいから、見ることはできないらしいけどね!
俺らは受付時間ギリギリで入場したので、アップの時間はそれほど取れず、すぐにオブザベーションに向かうことになった。
競技はすべてオンサイト方式。
一年生男女のトップロープ(女子は垂壁)、それと男子リードの三種で、予選と決勝がそれぞれ行われる。
女子リードは二、三年生がいないから、今年はやらないらしい。
加藤先輩は、競技歴が一年に満たないので、一年生と一緒に登るそうだ。
「……でも、それってチートじゃないですか?」
「チチ、チートじゃない! ……たぶん。あ、許可ももらったから!」
予選のオブザベーションは全員一緒に行うので、加藤先輩たちともしゃべることができた。
女子の出場者は、三島さんと加藤先輩を合わせて六人と、少人数だとわかったからか、二人はそれほど緊張していないようだ。
俺と早川はガクブルだったけど。
「それでは、選手のみなさん。入場してください! 壁を見ないように……」
スタッフの誘導でメインアリーナに入場し、八十人近い選手たちが壁を背にして並び終わると、タイムキーパーの号令で一斉に振り向いて、六分間のオブザベーションが始まった。




