反抗
足元には夕陽を受けて、黒々と伸びた俺自身の影があった。
陰鬱で、熱を持っていない、ただ《自分》だけが肥大した影。……
腹立ちまぎれに影を蹴っ飛ばすと、小さな石ころが塀に当たって足元に転がって来た。
そのちっぽけな石ころを眺めていると、俺はホールドを思い出した。
それから壁を、クライミングを、三島さんのことを!
……よし、誰が自分を《冷めた若者》だなんて認めるものか、俺は抗ってやるぞ。
いくら無関心だった俺でも、目と鼻の先に三島さんの家があるじゃないか、三島さんがその中で苦しんでいるんじゃないか、不可能への挑戦者の心が折れているんじゃないか!
まったく、三島さんの挑戦が頓挫したのはこれで何回目だ?
ポスターが高い壁に貼られていて読めなかったり、おじいさんに反対されたり、高所恐怖症で壁にへばりついたり。
今度は天の岩屋戸に引きこもりやがった!
それでも、何とかここまで来たんだ。
《ヘンタイ》だなんて、かわいい脅しはもういらない。
俺は自分の意志で、三島さんと一緒にクライミングを続けたいと思っている。
足元の小石を、ダビデ像気取りで手に取ると、俺は三島さんの家に体を向けた。
何をするのかというと、よくドラマであるけど、恋人をその両親にバレないで連れ出すために、部屋の窓に小石をぶつけたりするだろ?
あれをやるんだ、憧れだったんだよね。
ただ、石に気づいて出て来るかわからないし、説得のセリフも考えてない。説得なんてやりたくもないけどね。
三島さんと会えればそれでいい。
その後のことは、今は考えない。
さて、そんなふうに勇んだ俺だったけど、高い塀に加えて木々が邪魔して家が見えない。
そもそも、小石が届く距離に建物があるのかも怪しい……。
なので、近くの未舗装の駐車場から大き目の石をいくつか仕入れてきた。
盲目射撃だから、窓にコツンと軽く当てるのは無理だし、ガラスが割れるかもしれない。
確か、三島さんは二階に住んでいるそうだから、屋根に当たることを願って高く投げてみるか。
もし、誤ってガラスを割っても、……金持ってるだろうし、なんてことないよね!
で、当てずっぽうに家の建っているかもしれない方へ、しばらく石を投げてみたんだけど、瓦に当たる音どころか、何の物音もしない。
強いて言えば、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
そんなことは気にせずに投石を続けていると、パトカー二台が三島邸を目指して、赤色灯のグロテスクな光とサイレンをばら撒きながら突進してきた。
さては誰か、俺のことを通報しやがったな! 正しい対応だけどね!
このままだと三島さんを引っ張り出すどころか、俺が刑務所に引っ張られてしまうので、ローファーをパカパカと間抜けに打ち鳴らしながら走って、路地に駆け込もうと勢いよく角を曲がったんだけど、
「うぎゃっ!」
俺は逃げることに夢中で、曲がった先に立っていた、何かに気づかずに正面衝突した。
……いてて、尻打った。
ぶつかった俺が跳ね飛ばされたから、きっと電柱か何かにぶつかったんだろう。おでこや体を調べたけど、どこもケガしていない。
と、頭の上から、
「ヘンタイ」
「えっ……?」
道にだらしなく尻餅ついた俺を見下ろして立っていたのは、気の抜けたTシャツに短パン、サンダル突っかけスタイルの三島さんだった。
一体何が起きているのかわからなかったけど、ヘンタイと呼ばれたなら、すぐに紳士は立ってしまう(変な意味じゃないよ)ものなのだ。これ、真理。
「……三島さん?」
「なんとなく、久しぶりに散歩でもしようと出たら、……たまたまアンタにぶつかった」
確かに、近所をうろつくためだけの定番スタイルをしている。
人にぶつかっても動じないのも、三島さんくらいしかいないしね。
「お、俺もなぜか家の前を通りかかって、……たまたま三島さんにぶつかった」
数秒間見つめ合った後、俺らはこらえきれず噴き出した。
たまたま! もう会えなくなるかとも思ったのに、運命の気まぐれだろうか?
入学式の日のときのような構図で、再会を果たすとは!
三島さんは照れているのか、横を向いていた。
……いや、違う。見ていたのは赤色灯の光のようだ。
しまった、パトカーの存在を忘れていた。
「あの、三島さん。(俺のせいで)パトカーは必然的に来ちゃったみたいだから、一緒に川沿いを散歩でもしない?」
「ん」




