みつあみ
イスを傾けると、後頭部がちょうど窓枠に当たる。首筋が寒くなり、慶太は溜まらずマフラーに埋もれた。その間も、視界の隅にはずっと黒い塊を映していた。それが何なのか、注意深く意識を向けないと判断できないくらい端の方だ。いつもほんの一瞬だけそれに集中する。
彼女とは小学生の頃から何度か同じクラスになっているけれど、会話をしたことはほとんどない。少なくともまともだと思われる会話を。中学へ上がった今でも、彼女の真っ黒のみつあみの太さは、あの頃から少しも変わらない。
まなじりが下がった伏せがちな目と睫毛と瞳も、いまだに残らず真っ黒だ。冬服のセーラーも手伝って、視界の隅では黒いおぼろげな塊になる。それが、慶太の知る彼女——満子の総てだった。
今も教室の自分の席で、毛糸を編んでいる。夏でも、冬でも、関係無く一年中その作業をしている。慶太には、彼女が何を編んでいるかはわからない。それらが学校で完成したところは見たことが無い。
「おい」
肘を叩かれて、慶太は我に返った。ンとアの間くらいの返事をする。前に座っていた二人の友人が、にやにやと笑いながらこちらを見ている。慶太は、なんだよ、とぶっきらぼうに呟いた。
「なに見つめてんだよ」
途端に慶太は血の気が引く様な感じを味わった。思わず表情を険しくして、はあ? と友人を睨みつけた。そんな反応が返ってくると思っていなかったらしく、二人はたじろいだ。
「いや瑛実見てんのかと思って」
「ごめんって。そんな怒んなよ」
慶太は呆けて、ああ、ああー瑛実、と言いながら笑ってしまった。三日前、瑛実に告白されたのだ。慶太がいつもと変わらない様子だとわかると、友人たちは息をつき、途端に笑みを含んだ表情で、どうすんの? と聞いた。
「別にどうもしねえよ」
「うわイケメン発言ムカつくわ。決まってるじゃないオッケえよ! っていえよ」
「なんでカマ口調なんだよ」
しなを作る友人に、慶太は笑った。瑛実は学年で指折り数えられるほどに可愛い。アイライナーで縁どられた目はいつでもぱっちり見開かれており、毎日違う髪型をしてくる。
「まあ適当に返事するわ。つーかトイレいってくる」
友人が、俺もいく、と立ち上がった。俺も俺も、とついてこようとする二人に、お前ら女かよ、と慶太は鼻で笑った。ポケットに手を突っ込んで廊下を歩きはじめると友人が、次なんだっけ、と呟いた。息が白く濁る。慶太は呻き声をあげながら、数学、と答えた。
「うわまじかあ。だりぃ」
「おまえ何でもだるいじゃん」
「あー面白いことないかなあ」
「それダメなヤツの発言じゃねえ?」
もう一人が、おい、とにやけた声で肩を叩かれる。慶太がおざなりに返事をすると、彼は前方に視線を向ける。満子が歩いてきている。背骨の真ん中辺りが、冷たくて毛羽立っていく。
「みつあみまじ太すぎじゃねえ?」
「すげえ固そう。うわ触りたくねえ」
二人に続けて、つかどっちが下の毛的な? と慶太は笑った。満子との距離がどんどん近づいてくる。二人が含み笑いをしている。慶太は喉の奥が仕えたみたいだった。満子とすれ違う瞬間、一人がぼそっと呟いた。
「極太」
隣で友人が笑っている。慶太は一緒になって笑いながら、視界の端に消えて行く満子の姿を懸命に捕えた。表情は見えない。すぐそこはもうトイレで、入り口を通り過ぎる瞬間に、慶太はふと教室に目を向けて、思わず息を飲んだ。満子がこちらを見ていた。教室の手前の廊下で立ち止まっている。瞳の大きい緩く下がった目は、伏せられているときよりも一層黒く見える。切り揃えられた前髪は、陽の光を集めてつやりとしている。
「慶太なにしてんの?」
トイレの中から声をかけられる。慶太はまだこちらを見つめている満子から目を反らした。友人に曖昧な笑顔で、ああ、と返事をする。満子をみていると慶太の体はいつも鉛のように重くなる。正面から彼女に見つめ返されたのは、今日がはじめてだった。体が鉛を呑んだように重くて、熱い。
〆
〆
10年前の作品なので、けっこう文章や物語がとっ散らかってますが、あえてほぼ触らず。
この頃にしか書けなかったとも感じます。




