1 婚約者が愛している人 ①
フランダ大陸の南に位置する、ヒイトイ王国の三大公爵家のひとつ、イトメニア公爵家には五人の子供がいる。
愛人や後妻の子ではなく、全て正妻との間に生まれた子供だ。
一人目と二人目は娘。三人目と四人目が息子。そして五人目が、現在、18歳になったばかりの娘――ティファリーだった。
公爵夫妻は五人の子供全てに変わらぬ愛情を注いでいた。しかし、あまりにも可愛がりすぎたことで、長女と次女だけはわがままな娘に育ってしまう。
一番上の姉――ノーリーはティファリーと十歳以上離れている。姉として妹を守ろうという意識が芽生えてもおかしくはなかったが、彼女は違った。
幼い頃から、相手が誰であろうと、自分を優先してもらえなければ気が済まないタイプだった。
二番目の姉――ダシェルは、ノーリーよりも嫉妬深かった。
まだ赤ちゃんだったティファリーを、皆が構うことが気に入らず、目の敵にしたのだ。
ダシェルは、とても気が強い性格だが、ノーリーが苦手で、彼女には逆らわなかった。共通の敵を作ることで結束しつつも、裏では自分が一番可愛いのだと思うことで満足していた。
ダシェルが結婚をして家を出ていった二年前までは、二人は陰でティファリーに嫌がらせを続けた。
陰でといっても、メイドたちはそのことに気がついていた。しかし、癇癪持ちのノーリーたちからの逆恨みを恐れ、公爵夫妻に告げ口することができず見ないふりをしていたのだ。
幼い頃のティファリーは、彼女たちの事情が理解できず、メイドを避けるようになった。
そのことに気がついた両親が、メイドを解雇することを決めた。
その時になってメイドたちは後悔したが、時すでに遅しだった。
必死にノーリーたちに脅されたのだと訴えても、解雇されたくなくてノーリーたちのせいにしていると受け止められ、余計に自分たちの立場を悪くした。
両親はノーリーたちが、ティファリーをいじめていたなんて夢にも思っていない。
仕事が忙しいこともあり、四六時中、彼女たちを見ていられるわけがない。
そして、ノーリーとダシェルは、使用人たちとティファリー以外の前では、控えめな女性として通っていた。
だから、物心がついたティファリーが、両親や兄に自分の状況を訴えても、何か手違いがあったのだろうというくらいしか考えていなかった。
それ程、姉たちは他の人たちにバレないように徹底していたのだ。
ノーリーたちは暴力をふるうのではなく、心を痛めつけるようなことばかりする。
姉妹だけが誘われたお茶会では「手土産にはこれがいいわ」とアドバイスをするふりをして、主催者の嫌いなものを持って行かせた。
買い物に無理やり付き合わせては「ここで待っておいて」と店に数時間置き去り。それなのに、迎えにやって来た時には「先に帰ると言っていたじゃない! 心配したのよ!」と平気な顔をして言うのだ。
普通ならば、ティファリーの心が壊れてもおかしくない。
しかし、ティファリーは二人と血の繋がった姉妹である。ということは、意地悪な性格にならなかっただけで、そんなに簡単に壊れてしまうような神経の持ち主ではなかった。
父譲りの金色の髪に水色の瞳を持つ姉兄とは違い、ティファリーはダークブラウンの髪に濃い青色の瞳を持つ、母親似の可愛らしい顔立ちだ。
背は同年代の女性の平均値だが、童顔のため年齢よりも若く見える。
ストレートの髪をハーフアップにしていることが多く、リボンはその日の気分によって変えている。
「今日はどうしましょうか」
ドレッサーの鏡に映る自分を見つめ、ティファリーは呟いた。
ティファリーは現在18歳。
学園を卒業し、宝石店の裏方として働いている。
今日は宝石店に行き、貴族の間でどのような宝石に需要があるか、他の従業員と話をするつもりだった。
数多くあるリボンの中から、今日は黒のリボンを選び、ティファリーはいつものように宝石店に出勤しようとしていた。
しかし、急に御者が馬車を停めたことで、彼女の今日の予定だけでなく、人生が変わっていくことになる。
「どうかしたのですか?」
往来の激しい道で立ち往生となると、かなりの人に迷惑がかかる。
ティファリーが窓から顔を出して、御者に尋ねた。
しかし、老翁の御者は、一点を見つめたままで、ティファリーの問いかけに反応しない。
(普段、私を無視するような方ではありませんのに、どうしてしまったのでしょうか)
ティファリーは、答えを探すように御者の視線を辿る。
そして、信じられない光景を見てしまう。
繁華街の裏側には、体の関係を持つことを主な目的とする、17歳以下は立ち入ることができない宿屋街がある。
そちらへ向かって歩いていく男女に見覚えがあった。
視線の先にいる身を寄せ合う男女。それは、ティファリーの婚約者のゲッティと、彼女の姉のノーリーだった。
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