最終話 聖女を花瓶で殺す
最果ての修道院から離れ、道の途中にあった洞窟に入り込む。
忘却の蘇生薬を使う時に人目があってはいけない。
聖女の死がバレたら私たちは縛り首だ。
薄暗い洞窟の中に入り、他に人間や動物がいないことを確認して、周囲に蝋燭を置き、火を灯す。
そして、聖女の死体を洞窟の中の平らな岩の上に寝かせた。
ちょうど、ちゃぶ台くらいの高さで、不謹慎だが『家族で鍋でも囲んだら楽しそうね』なんて考えがよぎる。
目の前には死体だけど。
死体は、生のお肉だ。
いろんな微生物が喜ぶ栄養の塊だ。
不衛生な洞窟に短時間でも置いておくのは好ましくないので、その周りにエリーが滅菌などの処置をするために、魔法陣を描く。保存魔法の一種らしい。
薬は即時効果があるかわからないから万全を期した方がいい。
そして、聖女に薬を飲ませる。
確かゲームでは攻略キャラから熱烈なキスと共に、口移しされていた。
「聖女に薬を飲ますわけだけど、口移しで飲ませる必要があるわ。死んでるから自分で飲めないわけだし」
私はそう言って、アンダーソンを見つめた。
「古今東西、眠れるお姫様を起こすのはイケメンの仕事だわ。アンダーソン、あなた、そこそこいい顔つきでしょ。あなたにしかできないわ」
「リズベット様、その役目は私にはできません」
「私に文句でもあるの?」
「私は男としかそのような行為はできません。それにいくらなんでもパワハラですよ」
そう言われるような気がしていたけれどさ、公爵家の令嬢の命令に従わない選択肢を選び、パワハラと訴えるアンダーソン、お前はなかなかの胆力だよ。
「見損なったわ、アンダーソン。エリー、仕方ないけれどあなたならできるわね? 聖女への薬の口移し」
「無理です。百合が好きな女の子は存在しませんよ。それに死体にキスだなんて、生前よっぽど好まれていた方々か、ネクロフィリアしかしませんよ」
くそ、どいつもこいつもごもっともな正論を!
「ええい、皆が私の言うことを聞かないならば私がやろう!」
私は忘却の蘇生薬の入った瓶を片手に持ち、聖女を見る。保存状態が極めて良く、死んでいるのに唇がふっくらと桜色であった。
それにこれから口を合わせるのか……。
そう思うと、ゔっ、と身体が拒否反応を示した。
「……みんなごめん。やっぱりみんなで縛り首にならない? 私は、自分の尊厳を大切にしたいの」
すると、二人の慌てふためく大声が洞窟にこだまする。
「な、何言っているんですか! リズベット様! 私は死にたくないです! もっと、男の子同士の恋愛のお話や写真集を……薄いけれど心が熱くなる本を見たいのです! 頑張りましょう!」
本能がダダ漏れだよ、エリー。
「同感です! リズベット様、女は度胸です! 新たな性癖の扉が解き放たれるかもしれませんよ!」
そんな性癖は不要ですよ、アンダーソン。
「しかし、趣味趣向は強制できません。リズベット様は一般的な、同年齢層の若い男性が好みであると仮定して、これならどうでしょうか?」
アンダーソンは荷物入れから、雑誌を取り出す。ガチホモ雑誌『禁断の角砂糖』だ。vol.43、サブタイトル、細マッチョの若い果実。二十代前半の男性アイドルのような甘いマスクと細身の胸板。ナルシストのように、自分の体をギュッと抱きしめるポーズの表紙。
アンダーソン、君は旅に直接関係ない書物を何冊持って来たんだい?
「これを浮かせて聖女の口より上のところに配置します」
聖女の顔の鼻から先はガチホモ雑誌の表紙で覆われ、美少女の聖女の顔がイケメン顔に早替わりした。
「これなら、この表紙の男の子と愛を誓うつもりで口付けをすれば、リズベット様の不快感を最大限に減らせたはずです!」
「そんな、中学生が抱き枕にアイドル雑誌を輪ゴムで無理やり止めて、キスしまくるようなことしないといけないの!」
ふぁっく!、と叫ぶと洞窟内でこだまする。
エリーもまた同様に荷物をガサゴソと調べ始める。もう、男同士がいちゃつく雑誌はいらないんだよ。
ぺらりと薄い紙一枚を私に見せた。
「忘却の蘇生薬の使用説明書です。体にふりかけて使う、皮膚からの浸透による吸収」
「口移しの必要ないじゃない!」
「そうです……衣服は魔力の浸透を妨げます。皮膚への直接散布が推奨と書かれています」
はぁーとため息を吐いた。
私たちは聖女の服を脱がす。
「脱がしながら、関節とかの異常もないか確認して。エリーが実戦で戦闘用人形のように使ったから、他の関節が外れていたり、もしかしたら骨が折れているかも」
「仕方ないじゃないですかぁ。これでも丁寧に使ったんですよ」
「頑張ってくれたのはわかるけど、壊れたマリオネットみたいだったじゃない。
それにしても、ああ、面倒くさい! もっと構造の簡単な、質素な服にすれば良かった」
「そうすると、聖女様らしくない貧相すぎる衣類に不信感を抱かれるかもしれません」
「体って重いのよ! 関節もあるから思った通りには動かない……って、エリー、あなたが人形使いのスキルで動かして脱がせればいいじゃない」
エリーが、てへぺろ、と舌を出す
「つい、うっかりしてました」
そういうわけで、薄暗い洞窟内に蝋燭で明かりが灯され、石の台の周囲には半径2メートルほどの魔法陣が描かれた。その中心には若い裸の乙女の死体が置かれて、頭の上にはホモ雑誌が浮いていた。
「違法宗教団体の集会ですよね、これ」
「サバトにしか見えません」
「ええ、誰も聖女の蘇生をするとは思わない光景ね。
悪魔召喚が一番正しいかも」
私は浮いているガチホモ雑誌を持ち主に返し、忘却の蘇生薬の瓶の栓を抜く。
すると、洞窟の空気が、ふっと重くなり蝋燭の炎が一斉に揺れた。
特段、魔力を送っているわけではないのに、魔法陣の線が淡く発光する。
私は瓶の上に指を当てて聖女の体に振りかける。振りかけた液体を掌で静かに広げる。
すると、静かに、優しい光が体から放たれる。
聖女の指先が、わずかに震えた。
残りの蘇生薬を、頭頂から足の爪先へと注ぐ。
光は、目を刺すような輝きとなり、すぐに淡く柔らかい光と変わった。
それはまるで世界からの祝福。
エリーもアンダーソンも、その神々しさに息を呑んでいる。
どこか遠くで、鈴を転がしたような音が、澄んだ空気の中を渡っていく。
聖女の瞳がわずかに開いた。
私は、何もかもうまくいった、そう思った。
ーーー
あの時の私は、それを奇跡と呼んだ。
私たちは巡礼という名の聖女の死の隠蔽の旅を終え、学園の生活に戻った。
巡礼の旅のことを聞きたがる者もいたが、次第に落ち着いて、昔のように戻って行った。
ただ、好奇な目はつけられていた。
「リズベット様ぁぁぁ〜〜!」
抱きついてくる、柔らかい体。ふわりと漂うフローラルな香り、白を基調としたドレスのフリルと淡いピンクの髪が揺れる。
聖女アンジェリーナだ。
「リズベット様と別のクラスだから、寂しくて辛いですわぁー!」
あれほど仲の悪かったと言われていた公爵令嬢リズベットと聖女アンジェリーナが今にも百合プレイしそうな程ベタベタしているとして、周りから見られ、多くの男性生徒から叡智な視線や尊い何かを崇めるように見られるようになった。
これについて王子は、子供の様子を優しく見守る親のような感じで遠くから眺めていた。
円満に解決した、そう感じるかもしれない。
違う。これは新たなる地獄が始まっていたのだ。
ーーー
あの時の洞窟。聖女の体からの発光が収まり始めると、聖女は目を覚ました。
そして、がばりと上半身を起こし、キョロキョロと辺りを見回した。
「ここは、どこだ……。確か、俺は車に轢かれて……いや、学園で聖女? をしていたような? でも、俺、今年で50歳だし、おかしいな……」
変な独り言を言い始めたが、とりあえず、音楽室で私が花瓶をお前の頭に振り下ろしたことさえ記憶に残らなければいい。
「王子? 聖女? そこにいるのは公爵令嬢のリズベット? その仲間の伯爵令嬢のエリーと騎士アンダーソン……、えっ、ゲームの『果てしない愛の旅』の推しのリズベット様じゃないか!」
聖女は立ち上がり、私に近づき、周囲を回りながらジロジロ見つめる。
「超リアル……どうせ夢だろうし、抱きついとこ」
裸の聖女は私に抱きつき、深呼吸し始める。
「あー、めっちゃいい匂い」
「な、なにをする!」
私が引き剥がすと、聖女は、ポカンとした顔になる。
「うそだろ、リズベット様が動いているし、しゃべって、いや俺に話しかけている……夢……じゃない……もしかして、もしかしてのゲームの世界に異世界転生!?」
いや、元の転生者が消えて、そこに新たな転生者が入ってきたのか?
しかも、その口調から男だろう。
ここには既に、ガチホモ騎士にBL大好き娘と、性癖が捻じ曲がっているやつが揃っているのに、TS美少女が追加とか、私は一体どんな業を背負っているのよ!
聖女の殺人、隠蔽だったわ。
業、深すぎたわ。
私は更なる面倒ごとにならないように目覚めた聖女に説明した。巡礼の旅の途中、具合が悪くなった聖女に治療をしていたこと、治療中に意識がなったので服を脱がし外傷の有無を確認していたこと……。
嘘は言ってない。
さも当然そうにエリーは加担して頷き、アンダーソンは騎士らしく、聖女が目を覚ましてから後ろを向いていた。
「そんなイベントあったかな?
追加アップデートあったのかな……?」
「そんなことより、体調は大丈夫かしら?
先ほどは取り乱していたみたいだけど。
とりあえず、お服を着ましょうか」
私とエリーは考え顔の聖女に服を着せ、馬車に乗せ、帰路に急いだ。
帰路の最中、俺は転生者だ、という話が上がるも、全て知らないふりをした。
そんなこと世迷い事はいいから、今までできていた言葉使いをするようにと言い聞かせ、熱く、聖女たる者の作法、言葉使いについて説明した。
すると、聖女の皮を被ってオタクは、涙を流しながら
「やっぱり、公爵令嬢リズベットは聖女のために小言をいい、不幸にも王子の不興を買って、断罪処刑された悲しいキャラじゃないか! 推していて良かった……そして、推しに教えられる喜び!」
と、感極まっていた。
いや、多分、違うから。本物のリズベットはクズだよ。君の解釈が偏っているだけだから。中身の私が転生者でデッドエンド回避に全力を尽くしているだけだから。
私の本心は言わず、
「また、品のない言葉遣いになってますよ」
と、言って指導し続けた。
まあ、前の聖女の中にいた転生者の中身よりいいか……。
その私の考えが甘かったことを後で知ることになる。
ーーー
私は引きこもるように音楽室にいた。
前と変わらず、グランドピアノや棚に飾るように保管されたバイオリン、チェロ、窓ガラスの縁には白い百合が刺された花瓶が置かれていた。
私はピアノの前に座り、蓋を開けて鍵盤を露わにする。
前世で少し習い、今世の淑女教育でも学んだので、演奏はそれなりにできる。
前世のポップミュージックを思い出しながら弾いていると、扉が開かれ、手を止め、扉の方に目を向ける。
聖女だ。
「リズベット様! こちらにいらっしゃったのですね!」
聖女は私に抱きつき、深呼吸を始める。
私は知っている。こいつは50代のおっさんであると。
深呼吸をする顔が、すごくいやらしいのだ。
もう、幸せそうな顔で、くんかくんか、と犬のように嗅いでいる。
最初からいやらしいというか気持ち悪い感じはあったが、日に日にそれに耐えられなくなった。
私には、この聖女がね、転生前の容姿は知らないけれど、脂ぎった50歳のおっさんが、聖女のコスプレして私の匂いを執拗に嗅いでいるようにしか見えない。
いや、イケメンだと許されるとか、若くないといけないとか、そういうことじゃなくてさ。
例えばさ、私だって、いい歳して転生した身分だからさ、若い子との恋愛は犯罪臭を感じるわけ。
それをさ、堂々と、かつ、同性なら許されるよね、みたいな感じで聖女は抱きついてくる。体育の着替えを鼻を伸ばして横目で覗く。女子トイレも一緒に入ってくる。
推しがどうこうとかじゃない。
ただの性欲に従順なやつ。
ストーカーみたいな感じ。
やばいやつだ。
でも、きっと、いつか治まることを信じよう。
聖女が王子と結婚させられて、世俗から隔離されて幸せになって欲しい。
私はしっかり距離を取らせていただきますが。
私は、聖女の体を離して立ち上がる。
「えー、リズベット様のいけずー」
と、ムスッとなり、可愛らしく頬を膨らます。
でも、これ、50代のおっさんがやっているんです、と思うと、本当にため息しか出ない。
「そういえば、音楽室、懐かしいですね。なんかここで、リズベット様と二人で何か話していた気がする……なんだったかな?」
私はどきりと心拍が強く跳ね、後ずさり、ガラス窓のある方の壁に背が当たる。コツンと手が陶器のようなものに当たった。
「私もピアノ少し弾けるんですよ」
そう言って、聖女はピアノの鍵盤の上で指を踊らせる。前世で有名なクラシック曲を弾き始める。卒業式によく聞くあのクラシック曲。あの日も、あの聖女が弾いていた。
「なんか、私、酷いことを言ったような……なんか衝撃が頭にあったような……あっ、そうだ!」
聖女がピアノを弾く手を止めずに私に振り向く。
唐突に、今日の給食のデザート美味しかったですよね、みたいなことを言いそうな、誰にでも好かれそうな、明るい、にこやかな笑顔だった。
まだ、聖女は何も言っていない。
私を責めてもいない。
それにあの時は、後頭部を叩いてほぼ即死したのだ……。
だから、何があって死んだのかはおっさん聖女は理解できないはずだ。
しかし、正解を引き当てない保証もない。
「なにか硬い物が頭にぶつかったような……」
やめて。
それ以上、思い出さなくていい。
デッドエンドを回避するために、私たちは忘却の蘇生薬を探しに、必死で走り回った。
話が違うじゃありませんか。忘却の蘇生薬、忘却成分が全然足りませんよ。
……万が一、記憶を取り戻した場合、この推しへの性欲止まらないおっさん聖女、これからどうするだろうか?
圧倒的縛り首。
公爵家一族皆縛り首。
最後まで一生懸命手伝った騎士アンダーソンも連座で縛り首。
エリーも縛り首……。
この弱みを握ることができるわけだ。
確実に奴隷のような生活が待っている。
弱みを握られた五十歳のおっさん聖女に、
『リズベット様、今日もくんかくんかさせてくださいね』
と、一生言われ続ける私の人生。
尊厳を無視されて、おっさんの性欲の赴くまま、エスカレートする要求……。
「リズベット様なら何が起きたかわかっていますよね? 二人っきりでしたし」
花が咲くような笑顔の裏に、何が潜んでいるのか私にはわからない。
また、聖女は鍵盤に集中し、演奏が佳境に入る。
私は花瓶を手にかけた。
『私が花びんで聖女の頭をかち割った』〜デッドエンド確定の悪役令嬢は、宿敵聖女の死体と旅する〜
おしまい
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
また、報酬もないにも関わらず、誤字脱字の報告も本当にありがとうございました。
TSメインのもの以外の短編または中編ものを書こうとしばらく挑戦しました一つになります。
バスや電車、会社の昼休み等で読んでいただいた時に、思わず吹き出してしまいそうになった方がいたらいいな、という気持ちで書きました。
もし『楽しかった』『笑えた』と感じていただけましたら、ページ下部の『☆☆☆☆☆』から評価をいただけますと幸いです。
星も嬉しいですが、何よりも読者の皆様の感想やリアクションが執筆の原動力となります。
今後の作品制作の参考にさせていただきますので、ぜひ一言いただけるとありがたい限りです。




