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4.死なせたくない

 アマーリエは、ジークフリートと婚約してたった半年間にこれでもかというほど危険な目に遭った。王宮でお茶会に参加すればアマーリエは食中毒になり、街に出かければ馬車にひかれそうになったり、攫われそうになったりした。オルデンブルク公爵夫人シャルロッテや王妃ヘルミネは婚約解消を願ったが、王太后ドロテアの尽力とアマーリエ本人および公爵の希望で婚約は継続した。その挙句が落馬事故である。


 それでも婚約解消しなかったのは政治的な理由の他に本来のアマーリエ本人の希望もあったのだろう。アマーリエも相当の美少女ではあるものの、何と言っても白馬の王子様を体現したような美少年の上にとても優しい王太子様が婚約者なのだ。今のアマーリエと同じく一目で彼に惹かれたに違いない。


 もっとも新生アマーリエには落馬事故前の記憶はなく、現代の18歳だったアメリーの記憶しかないから、全てオルデンブルク公爵夫妻やアマーリエ専属侍女ジルヴィアの話からの推測でしかない。


 アマーリエの意識が回復して以来、シャルロッテは毎日のように娘の部屋を訪れて婚約解消を説得しようとした。その日もノックの音で彼女が来たと思うと、アマーリエは気が重くなった。


「アマーリエ、無理しなくていいのよ。うちにだってそれなりの力があるんですから、王太子殿下との婚約を解消しても何の問題もないのよ」

「お母様、私が解消したくないんです。こんな子供の私と話しても何も面白くないでしょうに、殿下は忙しい御身で見舞って下さいます」

「あら……そうよね、そうなのね! パパに遠慮しているのね? ルートヴィヒはああは言っていますけど、かわいい娘の希望は叶えてあげたいと本当は思っているのよ。だから気にしなくてもいいのよ」

「ハァ……違います」


 何度この会話を繰り返しただろうか。アマーリエがいくら言っても、シャルロッテは斜めな解釈をしてどうしても婚約解消にもっていきたがる。アマーリエはため息をついた。


「まあ、そんなに悩んでしまって……! お母様に任せておきなさい。ルートヴィヒをちゃんと説得してあげますからね」

「違う、本当に違う! あんなに優しい殿下と婚約解消したいって思うわけないでしょう?! もう、いい! いい加減にして! 早く出て行って!」

「え……アマーリエ?!」


 アマーリエは、とうとう寝台から手を伸ばしてついシャルロッテの身体を押してしまった。ハッとして彼女の顔を見ると、とても傷ついた表情をしていてやりきれなくなった。


「ごめんなさい。お母様……でも婚約のことは私の怪我が治るまでそっとしておいてもらえる?」

「私の方こそ、悪かったわ。意識が回復したばかりだったのにせかしちゃったわね……療養する間にゆっくりでいいから、考えておいてくれるかしら?」

「ええ、お母様、そうするわ。でも今日はもう疲れてしまったから、1人にしてもらえる?」


 アマーリエはシャルロッテにはそう答えたが、婚約解消するつもりは絶対になかった。ジークフリートが忙しい中もアマーリエを足繁く見舞いに訪れてくれるのは、彼女を落馬から支えきれなかった自責の念からかもしれない。でも彼に接するたびに、彼が優しくしてくれるのはそれだけが理由ではないとアマーリエは感じるのだ。


 シャルロッテが出て行った直後は、ぐったりしていたアマーリエだが、ジルヴィアがジークフリートの先触れを知らせると途端に元気になった。


「お嬢様、今日はお疲れのようですから、殿下のお見舞いをお断りになりますか?」

「駄目、駄目! 私は元気よ! 殿下のお顔を拝見したら、もっと元気が出るわ! それにせっかくお忙しい中、都合をつけて下さったのにお断りしたら、失礼よ」


 ジークフリートは、できるだけ頻繁にアマーリエを見舞うようにしてくれていたが、王太子として忙しい身であるため、そうしょっちゅうまとまって空いた時間が事前に取れるわけではない。だから予定を早く切り上げることができると、見舞いに来てくれることも多いが、そうなるとオルデンブルク公爵家に到着できる30分から1時間ぐらい前の直前の先触れになる。その日もそうだった。


「殿下、今日もありがとうございます」

「『殿下』? 水臭いなあ。忘れたの? ジークって呼んでって言ったよね?」

「そ、そんな……恐れ多いです」

「でも僕達は婚約者だよ。仲良しな所を見せつけなくちゃね?」


 ジークフリートは、そう言ってお茶目にウィンクをした。その破壊力と言ったらとてつもない。アマーリエはううっと心の中で呻いた。


 ジークフリートは時間のない時にはただおしゃべりするだけで帰るが、そうでない時にはボードゲームを持ってきてアマーリエと遊ぶ。アマーリエの脚は骨折していなくとも、挫いてしまってしばらくの間、外出できず、家庭教師の授業以外にすることがなく退屈していたので、ジークフリートの訪問が待ち遠しかった。


「アマーリエ、今日はゲームじゃなくて別のお土産があるんだ」

「うれしい! 何ですか?」

「ほら、落馬事故前に続きが待ち遠しいって言っていただろう?」


 ジークフリートが差し出したのは、少女向けの恋愛小説の新刊だった。アマーリエはパラパラと本のページをめくって不思議そうにジークフリートを見た。


「恋愛小説ですか?」

「ああ、記憶がないんだったね……ごめん……落馬事故前の君は恋愛小説好きだったんだ。でも公爵夫妻はこういう通俗小説をよく思っていなかったから、君の侍女や僕がこっそり入手してあげていたんだ。もしかしたらまた好きになれるかもしれないから、どうかな?」

「はい、ありがとうございます! 絶対、また好きになると思います」

「1巻がないなら、今度来る時に持ってくるよ」

「多分、あると思います――ねえ、ジルヴィア、あるよね?」

「はい、ちゃんと隠してございます」


 少年には興味ないだろうに見繕って持ってきてくれたジークフリートの気持ちがアマーリエにはとても嬉しかった。それ以来、ジークフリートはこっそり新しい恋愛小説を持ってきてくれるようになった。ジークフリートもちゃんと読んでいるようで、感想を話し合うのがアマーリエの楽しみになった。


 今やアマーリエにとってジークフリートは歴史上の人物ではなく、目の前で生きている生身の人間となった。それも婚約者にこんなによくしてくれて誠実である。後世に伝えられたように、男女見境なく関係を持つように見えない。10年後に彼を襲うはずの運命を考えると、アマーリエは胸が痛くなり、どうにかしてその悲劇を防げないかと考えるようになった。

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