表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

幕間1 アマーリエとジークフリートの婚約

 アマーリエとジークフリートの婚約は、ジークフリートの父方の祖母王太后ドロテアの意向によるところが大きい。


 アマーリエの落馬事故の半年前――


 国王フレデリックの私的な会合に使われる応接室に王太后の到着が知らされた。


「王太后陛下のお成りです」


 王太后ドロテアは入室するとすぐに人払いをさせた。犬猿の仲の王妃ヘルミネは、例のごとく旅行中であるので、不在だ。


 ドロテアの最近の話題は、もっぱら王太子ジークフリートの教育問題か婚約問題で、そのどちらもフレデリックの頭痛の種になっている。母の来訪理由が容易に予想できてフレデリックは気が重くなった。


「フレデリック! 貴方、私の推薦したジークフリートの教育係をまた解雇したそうね!」


 案の定、ドロテアは応接室に入っていきなり、フレデリックを詰ってきた。


「え、ええ……ヘルミ……いえ、その家庭教師は古臭い知識しかジークに教えていなかったので……」

「あの女の送り込んでくる家庭教師は、民主過激派のスパイなのよ。ジークを洗脳するのが目的なの! どうしてそれが分からないの!」

「そ、そんなはずは……ヘルミネは我が国の妃ですよ。革命が起きれば彼女の身も危ないのですから、ジークを民主過激派に洗脳させるはずがありません!」

「あの女はソヌス王国のスパイのアンドレ・ド・ロレーヌに骨抜きにされてるから、分かっていないのよ!」

「ド・ロレーヌは単なる侍従です!」

「その前は、ソヌスから派遣されてきた護衛騎士だったわねぇ。いえ、今もかしら?」

「それだって根も葉もない噂です! いくら母上でも、我が妃を侮辱するのは許せません!」


 防戦一方だったフレデリックも、愛妻の浮気をほのめかされてさすがに憤った。そんな息子を見てドロテアはあきれ顔になった。


「はぁー……我が息子ながら、本当におめでたいわね。一度、冷静になってご覧なさい。とにかく、解雇された家庭教師を呼び戻しますからね」


 ドロテアの言うことは決定事項だ。息子の国王フレデリックは、公には王太后ドロテアの上に立つ地位を持つが、母が裏側で決めたことを拒めない。


 その一方で妻の言うことにもフレデリックは逆らえないので、旅行先から妻が帰って来ると板挟みになって苦しい立場になる。もちろん、愛する妻が側にいて嬉しいには嬉しいのだが、嫁姑バトルが勃発して火の粉が飛んでくるのはかなわない。


 ドロテアが今度呼び戻す家庭教師は、ヘルミネが帰ってくれば再び追い出されるに違いない。フレデリックは、愛する妻に閨で甘くおねだりされたら、断る術を持たない。


 3人に振り回される家庭教師にはいい迷惑だ。フレデリックはそれを見越して彼が王宮を追い出されている間も通常の家庭教師としての給与をせめてもの罪滅ぼしとしてヘルミネとドロテアに内緒で支払っている。


「ちょっとお待ちなさい!」


 コソコソ逃げ出そうとしたフレデリックをドロテアは目ざとく見つけて咎めた。フレデリックは母親に呼び止められてビクッと身体を震わせた。


「は、母上、もう用事はお済みでしょう?」

「肝心のことを話していませんよ! ジークフリートは来年社交界デビューです。その前に婚約させましょう」


 ジークフリートは、現国王フレデリックの唯一の子である。ジークフリートに子ができなければ、フレデリックの歳の離れた異母弟アウグストの血筋に王位が渡ってしまう。彼は宰相を務め、ジークフリートに次いで王位継承権第2位を持つ。


 ドロテアはずっと隠されてきた庶子アウグストの存在が公表された経緯を未だに納得しておらず、彼や彼の子が次期国王になることだけは絶対に許せない。


「ジークフリートを私の推薦する令嬢と会わせますよ」

「母上、ヘルミネの推薦した令嬢はどうなるんですか? もうジークフリートと顔合わせしたんですよ」

「それでは私の推薦する令嬢とも顔合わせしなければ不公平ですね。ジークフリートの気に入った方の令嬢と婚約させれば公平でしょう?」

「まあ、それはそうですが……母上は誰を推薦するのですか?」

「アマーリエ・フォン・オルデンブルク公爵令嬢です」

「オルデンブルク公爵の娘ですか? 確かまだ10歳ぐらいですよね? それよりもヘルミネの推薦するフリーデリケ嬢のほうが2歳差で年も近いですよ」


 ドロテアの実家と同じ派閥で王太子妃になれる家柄の令嬢はアマーリエしかいない。それ以外だと子爵令嬢か男爵令嬢、家柄が合っても赤ん坊か幼児、それかもっと年上の未亡人になってしまうのだ。


「4歳差と2歳差なんて大した差はないでしょう? それに貴方だって年の近いソヌス第一王女よりもたった12歳だったヘルミネに盛ったんだから」

「ブッ、ゴホゴホッ……や、止めて下さい、その話はもう……」


 フレデリックはそれを言われると、ジークフリートとアマーリエの年齢差について何も言えなくなってしまった。


 フレデリックは、元々婚約者だったソヌス王国第一王女との初顔合わせの時にたった12歳だった妹のヘルミネの方を見初めてしまった。それどころかヘルミネとお色気騒動を起こしてしまい、彼女と結婚せざるを得なくなった。その騒動がヘルミネの策略だったことにフレデリックは今も気付いていない。


 もっとも第一王女を気に入ってなかったフレデリックもそのチャンスを嬉々として利用した。でも結婚直後からずっとヘルミネに冷たくされている夫婦関係を傍から見ると、フレデリックにとってこの選択がよかったのかどうか甚だ疑問だろう。


                ◇ ◇ ◇


 ヘルミネが旅行から帰国すると、フレデリックは案の定、怒りを買ってしまった。彼女は、息子が義母ドロテアの推したアマーリエを婚約者に選んだと知ると、すぐに夫の元を訪れた。


「フレデリック!」

「おお、愛しのヘルミネ! 君がいなくて私は気が狂いそうだったよ!」


 夫が抱き着いてキスをしてこようとするのをヘルミネはサッと避けた。


「ヘルミネ?! 久しぶりなんだ、キスぐらいさせて」

「それより何か言う事があるんじゃないかしら?」


 ヘルミネのとげとげしい言葉を聞いてフレデリックはビクッとした。妻が大激怒するであろう事はいつもの経験から予測できていたが、『仕方ないわね』と言ってくれる()()()()()()と一縷の望みを抱いていた。でもその望みは潰えてしまった。


「すまない……ジークフリートがアマーリエ嬢を選んだのは予想外だった」

「何が予想外よ! これでますますジークは貴方の母親の言いなりじゃないの!」

「いや、ジークフリートは母上の言いなりじゃないよ。彼には彼なりの考えがあって……うわっ! 痛い!」


 ヘルミネは夫に平手打ちを見舞った。フレデリックは叩かれた頬を押さえつつも、妻に縋るような視線を送った。


 ヘルミネは、自分に向けるジークフリートの憎悪の目が年々厳しくなってきているのを感じており、どんどん反抗的になって自分の言う事を全く聞かない息子に苛々していた。


「すまない、ヘルミネ……」

「じゃあ、ジークを説得して」

「いや、それは……もう正式に婚約を交わしてしまったから……」

「なぜよ?!」

「だって君がいなかったから……」

「ひどいのはどっち? そういう時は王妃の帰りを待つものでしょう?」

「そ、そうだね……痛っ!」


 ヘルミネは、夫の反対側の頬を叩いた。でもすぐに頬を押さえる夫の手を優しく取って豊満な胸の上に乗せて甘い声を出した。フレデリックの瞳は、すぐに情欲の炎を灯した。


「ねぇ、貴方。お願いよ。ジークを説得して。ね?」

「あ、あ、ああ……愛しのヘルミネ……」

「フレディ、お願い!」


 ヘルミネはフレデリックの唇に軽くキスをした。フレデリックはキスに陶酔して天にも昇るような気持ちだった。彼のトラウザーズの前は、ビチビチに張って既に濡れていた。


「ああ! ヘルミネ! 説得してみるよ」

「本当?! 嬉しい! 愛してるわ!」

「私も愛してるよ。だから……今夜、いい? 久しぶりに君と愛し合いたい」

「ごめんなさい……私も貴方と愛し合いたいのは山々なんだけど、まだ旅の疲れがとれないのよ。ジークと話できたら、私の部屋に来て。その頃には疲れが取れてるから、お話しましょ」


 ヘルミネは、夫の頬にチュッとキスをして夫の私室を出て行った。フレデリックは、呆然としたままでしばらくしても微動だにしなかった。


 その日の内にフレデリックはジークフリートに婚約者の変更を説得しようとしたが、『今更何言ってるんですか?!』と一喝されて終わりだった。


 気の毒なフレデリックは、ヘルミネが次の旅行に出る前に閨で愛し合うチャンスをもらえず、がっくりと肩を落とした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ