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公爵令嬢は悲運の王子様を救いたい【改稿版】  作者: 田鶴


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19.諜報員としての訓練

 アマーリエが非公式な諜報員になることに決定してから数日後、彼女はジルヴィアと共に公爵邸の裏手にある森に初めて立ち入った。


 森は、王都の王宮に近い公爵邸の広大な敷地内にある。鳥がさえずり、時折リスが木から登り降りする以外は静かで人影は見えない。この森は諜報員の訓練場所であり、諜報部隊の連絡場所でもあるので、一般立ち入り禁止となっており、公爵の娘たるアマーリエさえも今まで近づくことは許されていなかった。


 アマーリエとジルヴィアが森の奥へ歩いて行ってしばらくすると、射撃やナイフ投げの練習場として使われている木造の家が現れた。


 家の中の壁には、何重もの円が描かれた、傷だらけの的がいくつか掛かっていた。ジルヴィアはアマーリエにナイフを渡し、床に引かれた3本の線のうち、一番的に近い線の後ろに立ってナイフを的に向かって投げるように伝えた。


 アマーリエは利き手の右手でナイフを投げたが、ナイフは的のかなり前に落ちてしまった。


「右手を負傷したら左手を使わなくてはならなくなります。左腕はお嬢様の弱点ですが、左手でもナイフがあの的の中心に届くようにしなくてはなりません」


 今度は、後遺症のある左腕でもアマーリエはナイフを投げてみたが、ナイフはもっと手前、彼女のたった1メートルぐらい前でガシャンと音を立てて落ちてしまった。


「左手での訓練は右手で的に届いてからにしましょう」

「左手の方が的に届くまで時間がかかるでしょうから、交互に訓練するわ」

「下手に訓練すると腕を痛めます。左腕と左肩の機能回復訓練を再開して侍医が認めたら、左手での訓練を始めましょう」


 アマーリエは内心、少し不満だったが渋々了承した。


 落馬事故からしばらくの間、アマーリエは公爵家主治医の下で左腕と左肩の機能回復訓練を行っていたが、あまり効果が見られず、王妃教育が開始されてからは忙しくて完全に中断していた。だがジークフリートのために何でもできることはすると決めた以上、何が何でも弱点を克服すると決意を新たにした。


 アマーリエは右手で10回ほどナイフを投げたが、いずれも的には程遠かった。仕舞いには右腕が痺れてきてしまい、最後の投擲では初回よりもナイフがずっと前に落ちた。


 その後、ナイフと拳銃を入れるホルスターをそれぞれ太腿に着用し、ジルヴィアが秘密のお仕着せのスリットからホルスターに手を伸ばし、ナイフを的に投げて見せた。あまりの素早さのせいで、アマーリエの目には電光石火でナイフがひとりでに的に刺さったようにしか見えなかった。


 アマーリエもホルスターからナイフを取り出して投げてみたが、動作に無駄が多くて緩慢と自分でも感じて悔しくなった。


「早すぎて見えなかったわ!」

「お嬢様、最初はできなくても当然なのです。私は8歳から訓練してきたんですよ。逆にお嬢様が初日から私ぐらいできたら、私の15年近くの訓練と経験は何だったのかって虚しくなってしまいます」

「そう……でも悔しいわ」

「その初心を忘れないで頑張れば上達します」

「そうよね。頑張るわ」


 それから2人はホルスターを太腿に着用したまま、歩いて別の家に移動したが、その重みと違和感でアマーリエは疲労困憊してしまった。


 別の家に到着後、ジルヴィアは拳銃を壁の的に向かって撃ってみせ、見事に真ん中を撃ち抜いた。深窓の令嬢であるアマーリエだけでなく、転生前の現代の女子大生アメリーも拳銃など触ったことすらなく、アマーリエは銃身と銃倉の間から漏れる煙と射撃の轟音に怖気づいてしまった。


 この時代には、まだ排莢や次弾装填を自動化した半自動銃セミオートマチックは発明されていないので、ジルヴィア達諜報員が使うのは回転式拳銃、別名リボルバーである。使用している拳銃はダブルアクションなので、トリガーを引くと、撃鉄が通常位置から撃発準備位置まで後退してそのまま射撃できる。


 ジルヴィアがアマーリエに右手で拳銃のグリップを持たせ、試し撃ちさせると、撃った反動で銃身が上に跳ね上がってしまった。アマーリエの拳銃には、弾丸の入っていない空包が入っており、反動がなくなるまでは空包を使うことになった。だが空包でも怪我の危険が全くないわけではない。


 両手でグリップを持つと拳銃が安定して命中率が高まる。しかし諜報員は素早く撃たなくてはならないことが多く、その場合は両手でグリップできないこともある。だからアマーリエは両手だけでなく、右手でも左手でも片手グリップでも的に当てられるように射撃練習することになった。ただし左手での練習は、左腕と左肩の機能回復訓練の後に開始する。


 2人は上階のロフトへ移動し、ジルヴィアは家の入口に立てかけた人型にナイフを投げたり、射撃したりして見せた。だがここからの訓練は、立ち姿勢でナイフ投げや射撃ができるようになってからになる。


 これで今日の練習は終わりと聞き、アマーリエは緊張の糸が途切れて突然身体が鉛のように重くなってその場に崩れ落ちた。気付いた時には、公爵邸の自分の寝室で横になっていた。


 アマーリエは、その後もジルヴィアと訓練を続ける一方、侍医の下で左腕と左肩の機能回復訓練を行い、数ヶ月後にアマーリエは左腕を肩よりほんの少し上に持ち上げることができるようになった。そこで左手でのナイフ投擲や射撃の練習を開始したが、苦手意識は拭えなかった。その他、アマーリエは武器を使わない体術での攻撃や守りの練習も開始し、暗器や拳銃の手入れも自分でするようになった。


 諜報員には攻撃や守りだけではなく、情報収集も重要だ。その手段としてアマーリエは、野営や食料の入手方法、変装の仕方、鍵の開け方など色々身に着け、乗馬も上達した。人に不信を持たせずに雑談から情報を引き出す話法も、アマーリエはジルヴィアと練習し、訓練開始から1年後には立派な諜報員に仕立て上げられた。

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