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2.アマーリエの目覚め

 目が覚めると、アメリーはいやにインテリアが古臭くてゴテゴテ飾りたてられている部屋でベッドに横たわっていた。そのベッドもやたら広くてキングサイズぐらいある上に、天蓋から布が垂れ下がっている。


 もっとも古臭いのはスタイルだけで部屋と調度品自体は古びていない。それどころか、家具や天井、壁のそこかしこにあしらわれている模様は金ぴかに光っている。アメリーはアレンスブルク王国史フリークではあるものの、インテリアは現代的なシンプルなものが好きなので、思わず悪口が口をついて出た。


「趣味悪っ」


 思いもかけず、アメリーのその言葉に反応した人間が部屋にいた。


「えっ?! お嬢様?! 今のは本当にお嬢様が?!」


 ベッドの横に茶髪をお団子にまとめた若い女性が駆け寄って来た。


 「本当に良かった! お嬢様とまた言葉を交わせるなんて夢みたいです!」


 彼女は涙ぐんでいた。その恰好は、いわゆるメイド服みたいな感じに見えるが、スカート丈がくるぶしまであっていやに長い。東洋で流行っていると言うメイドカフェのメイドだったら、もっと短いスカートを履いているはずだ。


「いけない、先生と旦那様、奥様を呼んでこなくちゃ! ――お嬢様、もう安心ですよ。すぐに先生に診ていただきますからね」


 メイド服の彼女は言い終わった途端、アメリーの返事を聞く間もなく部屋から飛び出していった。


「あっ! ちょっと待って! うっ、痛っ!」


 アメリーが起き上がろうとしたら、頭も身体もそこら中が痛い。布団の下からそっと腕を出すと、左腕にはギブス、右腕の袖を上げると青あざがいくつも見えた。頭を触ると瘤ができているみたいでズキズキ痛い。脚を動かそうとしたら、足首に痛みが走った。足首にも包帯が巻かれているようだ。


 痛みのことを考えないようにして、アメリーはさっきの彼女が言った言葉を思い出す。


「何だろう、『お嬢様』って」


 しばらくすると、ドアがノックされた。アメリーが『はい』と答えると、30歳ぐらいの男女とそれより年上の中年男性が入って来た。女性は、高級そうな素材ではあるものの仮装行列みたいな大仰なドレスを着用しているのに対し、男性2人は地味な普通っぽい黒いジャケットとスラックスを着ている。ただ、よく見ると片方の男性の服が少々くたびれているようだ。


 女性はベッドの所まで来るとアメリーにガバッと抱き着いて叫んだ。


「い、痛っ!」

「アマーリエ! 本当に良かったわ! 貴女の意識が回復しなかったらどうしようってもう毎日泣いて暮らしていたのよ!」

「シャルロッテ! 縁起でもないこと言うんじゃない」

「だってずっと昏睡状態だったのよ。万一のことがあったらどうしようって本当に気が気じゃなかったわ!」


 アメリーが痛いと言っても女性は構わず抱き着いたままでマシンガンのように話し続ける。


「ああ、よかった! あの王子と婚約してたった半年でこんなに色々起きるなんて! 貴方! もうこんな婚約止めましょう!」

「い、痛いです!」

「シャルロッテ! 君もこの婚約の重要性は分かっているはずだ」


 くたびれていない方の服を着ている男性は、アメリーが痛みを訴えたことよりもシャルロッテという女性の言ったことの方が気になるらしい。


「そんなこと、かわいい娘に比べればちっぽけな話よ! ああ、アマーリエ! なんてこと! 社交界デビューもまだなのに、こんな怪我を負って青あざまで……! でもかわいいお顔に傷がつかなくて何よりでしたわ!」

「何言ってるんだ! この婚約がちっぽけな話の訳がない!」

「旦那様、奥様! それよりもお嬢様はまだ意識を取り戻されたばかりですので、お靜かに……」

「「あっ、それもそうだな」ですわね」


 夫婦と思われる2人の口論の最中、アメリーは何度も口を開きかけては閉じた。くたびれたジャケットの男性のおかげでやっと口を挟めそうだ。婚約の重要性とか訳のわからないことが聞こえたのはとりあえず後で聞くことにして、最重要な事をまず聞く。


「あのー、私を助けて下さったんですよね? ありがとうございます。それと、私、アマーリエじゃなくてアメリーです。家に電話したいんですけど、私のスマホどこにありますか?」

「貴女の名前は、ソヌス語読みにすれば『アメリー』だけど、ここはアレンスブルクなんだからアマーリエでしょう。ソヌス出身のクソ王妃に感化されないでちょうだい」

「お、おい、不敬だぞ!」

「あのー、この際、名前の読み方はどうでもいいです。家に電話したいんです。私のバッグどこですか? バッグにスマホが入ってた筈なんですけど」

「『すまほ』? 『でんわ』? なあにそれ? 家にほにゃららしたいってここが貴女の家でしょ」


 そこで『くたびれジャケット』氏が夫妻に耳打ちした。


「えっ、まぁ! まさかそんな!」

「奥様、少しお声を抑えて下さい」

「あっ、そうだったわね」

「旦那様、奥様。これからお嬢様の状態を把握するためにいくつか質問いたします」


 それから『くたびれジャケット』氏改めこの家の主治医ヨーゼフ・ホフマンは、あれこれとアメリーに聞いてきた。


「お嬢様、ここがどこかお分かりですか?」

「んー、どこだろ? でもそんなに遠くの筈はないからソヌス国内でしょ?」


 アメリーが『ソヌス』と言ったのを聞いて3人の顔が陰った。この家は彼女の自宅の筈なのに、彼女がそれを認識できていないのが分かったからだ。


「今日は何月何日ですか」

「それは私がどのぐらい気を失っていたかによるでしょ?」

「3日間です」

「えっ、そんなに?!」


 月日は、アメリーが事故に遭った日から3日足した日で合っていた。でもヨーゼフによれば、「今年」はアレンスブルク王国歴445年だと言う――アレンスブルク王国がソヌスに併合されるちょうど15年前、ジークフリートが死ぬ10年前だとアレンスブルク王国史オタクのアメリーはすぐに分かった。ソヌスへの併合から150年後の《《本来のアメリー》》の生きる時代にアレンスブルク王国歴は最早使われていない。


「まさか……自分の家名ぐらいは覚えているわよね?」


 シャルロッテは、不安そうにアメリーに尋ねた。


「ヴァッカーバートですけど」


 アメリーが自分の家の苗字を名乗ると、3人はショックを受けたようだった。アメリーの亡くなった父方の祖母は名家だといつも自慢していたから、彼らが衝撃を受けるような家柄ではないはずだ。アメリーの祖母は、貴族の証である『フォン』を名乗るのをソヌス共和国政府が禁止したことをいつも悔しがっていた。


「何言っているの?! それは、あのバカ王子の側近の家でしょ! ああ、アマーリエ! 貴女、本当に自分の名前も、ここがどこなのかも、今年が何年なのも分からないの?!」

「お、おい、言うに事を欠いて! 誰かが聞いていたらどうするんだ! 不敬だぞ!」

「アマーリエを守れなかったような王子をバカと言って何が悪いんですの! それに王国の影を統括する我が家を盗聴できる人間などいるわけありませんわ」


 シャルロッテが大きな声で嘆いて口論が始まり、また話が進まなくなった。


 やっと聞き出した今のアメリーの名前は『アマーリエ・フォン・オルデンブルク』だと言う。


(待てよ……この名前……どこかで聞いたことある……)


 アメリーがズキズキ痛む頭をフル回転させて思いついたのは、悲劇の王太子ジークフリートの最初の婚約者がそんな名前だったこと。彼女はジークフリートよりも結構年下で18歳になってから彼と結婚するはずだった。だから婚約期間が長くてジークフリートはその間、男女を問わず浮名を流しまくった……その結果が心中だ。


 でも頭の中にもう1つの名前が浮かんできた。『フリーデリケ』なんとかだ。


(あれ?! 結婚寸前だった婚約者ってアマーリエって名前じゃないよね?!)


 アメリーは思い出した。


 ジークフリートの婚約者は1度変わった。アマーリエ・フォン・オルデンブルクが落馬事故で夭逝したので、2歳年下の国内の別の有力貴族の令嬢フリーデリケ何某と婚約し直したのだ。フリーデリケが18歳になる年にジークフリートは結婚するはずだったが、彼はまだまだ遊んでいたくて身を固めたくなかったらしく、何度か結婚を延期した。とうとう24歳になった年にもう延期できずに結婚しなければならなくなったが、その直前にジークフリートは心中してしまった。


(じゃあ、アマーリエはこの事故で本当は死んでいた……よくわからないけど、まだ10歳ぐらいの筈。ジークフリートは24歳で死んだから、王国歴445年には14歳)


 アメリーはそう思って自分の腕と手をもう一度よく見た。


(大人の腕と手じゃない)


「ねぇ、私、何歳?」


 アメリーは、3人の中では1番冷静そうなホフマン先生に尋ねた。


「10歳にお成りです」


「ああ、アマーリエ! なんてこと! 自分の歳も分からないの?!」


 シャルロッテは頭に両手を当てて再び悲嘆に暮れた。


 その時、ノックが響いた。シャルロッテの夫でアマーリエの父であるルートヴィヒ・フォン・オルデンブルク公爵が応答すると、侍従が高貴な人物の訪問を告げた。


 アメリーはその名前を聞いて驚いた。

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