16.不倶戴天の毒婦
ジークフリートは、今回の夜会でかなり疲れた。ジルヴィアの意趣返しのせいや、何とかジークフリートと親密になろうとしているパオラのせいもあるが、精神的にもっと疲労をもたらしたのは、控室での実母ヘルミネとの口論だった。
ジークフリートが今回の夜会でこんなに疲れたのは、確かにジルヴィアの意趣返しのせいもある。でも精神的にもっときたのは、控室での実母ヘルミネとの口論だった。
「そもそもは夜会の前にあの女と喧嘩したからこんなに疲れたんだ。アイツは王国の面子を潰しただけじゃない。革命派と繋がっている疑いのあるアンドレを重用して父上を蔑ろにし続け、国を危機に陥れる。もう我慢できない。あの女を排除するぞ。あれは我が王国を害する毒婦だ」
アマーリエは、ジークフリートと婚約してから半年間で毒を盛られたり、誘拐されそうになったり、果ては落馬した。ジークフリートは真相を解明しようとしてこれまで努力してきた。
でも後もう一歩という所でいつも邪魔が入り、ヘルミネとアンドレが怪しくても確実な証拠を見つけられなかった。
ジークフリートは、今回の夜会でかなり疲れた。ジルヴィアの意趣返しや、何とかジークフリートと親密になろうとしているパオラのせいもあるが、精神的にもっと疲労をもたらしたのは、控室での実母ヘルミネとの口論だった。
「そもそもは夜会の前にあの女と喧嘩したからこんなに疲れたんだ。アイツは王国の面子を潰しただけじゃない。革命派と繋がっている疑いのあるアンドレを重用して父上を蔑ろにし続け、国を危機に陥れる。もう我慢できない。あの女を排除するぞ。あれは我が王国を害する毒婦だ」
アマーリエは、ジークフリートと婚約してから半年間で毒を盛られたり、誘拐されそうになったり、果ては落馬した。
ジークフリートは真相を解明しようとしてこれまで努力してきた。でも後もう一歩という所でいつも邪魔が入り、ヘルミネとアンドレが怪しくても確実な証拠を見つけられなかった。
アマーリエが毒を盛られた王宮のお茶会でお茶を出した侍女をジークフリートが尋問させようとした矢先、彼女は馬車にはねられて亡くなった。アマーリエの誘拐未遂犯達は、その場で全員成敗されてしまって誰も尋問できなかった。
だが最近、落馬事故の経緯が分かってきた。遠乗りに同行した近衛騎士のうち、1人だけ騎士団を退団後に行方が分からなくなっていたが、別件で捕まった。その男が他の護衛の隙を狙って吹き矢でジークフリートの馬に傷を付けたと自供した。
「誰に頼まれたのか、まだ自白してないから、彼が黒幕に処分されないように気を付けているよ」
「多分アンドレが黒幕でしょうね」
「それとあの毒婦も関与しているだろうな」
王家の影を統括しているオルデンブルク公爵家は、王家の大きな支持基盤だ。彼らが王家を裏切ってアンドレ達に寝返ることはないから、オルデンブルク家の娘アマーリエが皇太子妃になればアンドレ達の企みの邪魔になる。だが最近はアマーリエだけでなく、ジークフリートも命の危険を感じるようになった。
「アンドレはともかく、王妃陛下が実の息子の殿下を殺す企みにも加担しているなんて信じられません」
「あの毒婦はアンドレの企みに気付いてないのだろう。だが仮に気付いていても、僕達の間に親子の情なんてないから、気にも留めないだろうな。あの女は、愚かにも奴に愛されていると思って骨抜きになって言いなりになっているようだ。最早、あんな愚かで貞操観念のない女が我が国の王妃でいることは危険だ。教会だって流石に国に害を与える不祥事を起こした王妃との離婚は認めるだろう」
ジークフリートがそう言うと、ルプレヒトは目を見張った。
「そこまでされるのですか!」
「ああ、最早猶予はない。急いであの女の若い時に似た美人、それもできれば貴族令嬢を探してくれ。男爵令嬢でも子爵令嬢でもいい。現役の国王なら無理でも元国王なら、そのような身分の女性とでも再婚できよう」
「殿下、まさか……」
「そのまさかだよ」
「純潔の貴族令嬢を生贄にして色仕掛けさせるのは、酷ではないでしょうか」
「人聞きが悪いな。処女にはこだわらないよ。いい歳した男を誘惑してもらう以上、プラトニックな関係ではいられないだろうから。それより、あの女に外見は似ていても中身は似ていない女性を探してくれよ。最悪平民女性でもいいけど、極端な上昇志向のある女性は止めてくれ。どうせ父上には王妃の起こした不祥事ですぐに退位してもらうが、父上の恋人に傾国の愛妾になってもらっちゃ困るんだ」
「でも陛下が再婚だとしても、王族の結婚相手は純潔でないといけないという王室典範がありますよね?」
「僕が即位したら、そんな古臭い因習は撤廃させるよ。そんなことに拘ったがために40年近く前にソヌス王国に併合されたルクス王国で悲劇が起きたことはお前も知っているだろう?」
王妃ヘルミネの叔母ユージェニーが嫁いだ先の旧ルクス王国で起きた有名な悲劇はルプレヒトも知っている。王家に嫁ぐ女性は純潔でなければならないという王室典範故に、最後のルクス国王エドワードとその王妃ユージェニー、彼の元婚約者ステファニーの3人が不幸になった。
「あの女と正反対の性格のよい女性なら、父上と両想いになってほしいよ」
「そんな都合よく父親ほどの年齢の男性に惚れる若い女性がいる訳がありません」
「父上はあれでも昔は僕に似た美男子だったんだ」
「発言がナルシスト過ぎますよ」
「お前はいつも通り、不敬だな。僕もただとは言わないよ。だから没落した貴族の令嬢の方が都合がいい。でも、報酬と引き換えでも納得してくれなければ、別の女性を探してくれ。始まりが金銭目的でも、もしかしたら父上の心の支えになってくれる女性が見つかるかもしれない」
「殿下……本当に赤の他人に王妃陛下から国王陛下を奪い取らせていいのですか?」
「仕方ない。毒を排除するには非情になるしかないんだ。どうせあの女は父上を愛していない。それに僕にはあの女に母としての情はない。それどころかあんな女から生まれてきたことが恥ずかしいよ」
「そんなことありません、殿下は立派な人間です。私は尊敬します」
「臣下としてだろう? 友人としてはどう思ってる?」
「ジークは俺の大切な友人であると同時に、尊敬する王太子だ。親は選べないだけだよ」
「ありがとう。お前がいてくれてよかった」
ジークフリートは、ルプレヒトに右手を差し出した。ルプレヒトはその手を右手でがっしりと握り、左手をジークフリートの背中に回した。夜会から帰ってきた時のジークフリートのくたびれた様子は一転し、その瞳には強い決意の光が灯っていた。




