13.エスコート争い
今晩、夜会でジークフリートは、王の名代として王妃ヘルミネをエスコートすることになっていた。本当は汚らわしい女に触れたくもなかったのだが、王太子の務めだから仕方ない。
王族の控室でジークフリートがため息をついて肘を母親の方に差し出すと、ヘルミネは眉をひそめて文句を言った。
「何よ、辛気臭いわね」
「今日は私が父上の名代です。本当は嫌な所をわざわざ貴女をエスコートしてあげるんですよ! ありがたく思って下さい!」
「私を母として王妃として敬う気持ちの欠片も見られないわね」
「貴女がいったいいつ母親らしいことや王妃としての務めを果たしたのですか? 私には一切記憶がありません」
「全く失礼な男ね! こんな子、痛い思いして産むんじゃなかったわ!」
「ああ、産んでくれたことだけは感謝しますよ。でもそれだけですね」
「生意気なその口を閉じなさい! 冗談じゃないわよ! 乳臭い坊やのエスコートで我慢してあげようと思ったけど、我慢しないことにしたわ! アンドレ、来て!」
「来なくていい! 王妃が侍従にエスコートされて入場するなんて大恥だ!――母上、いつも遊びまわっているんですから、今日ぐらい王妃としての務めを全うして下さい!」
「遊びまわってなんていないわよ。外交に社交、アンドレと協力して慈善活動も頑張ってるのよ! それにアンドレは母国では子爵子息よ、ただの侍従じゃないわ!」
「彼は家を捨ててきたのでしょう? それならただの侍従です、使用人ですよ。それから貴女達のしていることは遊びです。役にも立たず、かえって我が国に害を成している」
「言うに事を欠いて!」
2人が言い争っている間に王族専用控室に入れるはずのない人間がいつの間にか入り込んでいた。ルプレヒトは、2人を仲裁しようと必死でそれに気が付かなかった。
「殿下~! 王妃陛下の気が進まないそうですから、私が喜んで殿下にエスコートされてあげます!」
パオラがジークフリートの腕をがっしりと掴んでいる間に、ヘルミネはアンドレのエスコートで夜会会場に入場してしまった。
ジークフリートは思わず小さく舌打ちしてしまったが、ツヴァイフェル伯爵家に潜入する目的を果たしていないので、パオラをまだ切ることはできない。
ジークフリートとルプレヒトは、王家の諜報部隊を脱落したエミールという者をこっそりスカウトして王太子直属の諜報員に仕立て上げたが、意外に守りが堅いツヴァイフェル伯爵家に潜入することができていない。だから正々堂々と招待されて行くことにしたのだが、まだ招待の日まで間がある。
本心ではここで彼女を冷たく振り払いたくても、ジークフリートは我慢して優しく宥めた。
「パオラ、今日も綺麗だね。でもここにどうやって入ったの?」
「うれしい、ありがとう! 殿下に呼ばれているって言ったら、護衛が入れてくれたの」
それを聞いてジークフリートは近衛騎士団の再教育をしなくてはならないなと痛感した。
「でもね、今日は母上をエスコートするって約束してたんだ」
「でも陛下はもう入場されたからいいでしょう?」
「うーん、でもオルデンブルク公爵が怒っているんだよね」
「あのうちの子供とは婚約破棄するんでしょう? なら関係ないわ」
「そうもいかないよ。彼は重臣だ。何があっても我々王族はオルデンブルク公爵とよい関係でいなくてはならない」
「そういうものなの?」
ジークフリートは頭が痛くなってきた。
ジークフリートはパオラを無視して夜会会場に出て行くことにした。本当なら王妃が最後に入場なのに、彼女はもうとっくに入場し終えている。
「母上ももう入場したから、もう行くね。後で踊ってあげるから、ここは勘弁して」
「えっ?! ジーク、待って!」
ジークフリートは、許可していない愛称呼びを勝手にされ、内心ますます頭にきて本能的にパオラを半ば強引に振り切ろうとしたが、彼女は意外にしぶとく、ジークフリートの腕に手を伸ばしてくっついて一緒に入場してしまった。そんな2人の姿は、会場の全員に目撃されてしまった。




