11.ツヴァイフェル伯爵令嬢
成人したジークフリートは娼館通いの噂だけでなく、夜会で男女問わず色々な人間に声をかけ、時には共に休憩室や庭園に消えることも人々の話題になっていった。もちろん祖母ドロテアの怒りを買ったが、ジークフリートに好都合なことに彼女は寄る年波で徐々に体調が悪化し、次第に孫息子を構うどころではなくなっていた。
とある夜会でのこと――17歳になったジークフリートはツヴァイフェル伯爵令嬢パオラが出席するという情報を事前に得て彼女を探していた。パオラの父ツヴァイフェル伯爵は王宮に勤める高官だが、カトリンによれば隣国の革命派と繋がっているらしい。今まで判明した限り、王宮内に潜んでいる革命派の中で一番の大物だ。
ジークフリートの目に他の令嬢達と談笑している鳶色の髪の令嬢が止まった。事前に入手したパオラの写真や似姿と同一人物だ。ジークフリートはパオラに近づいた。
「会話中のところ、失礼。ツヴァイフェル伯爵令嬢、貴女と踊る許しを得られないだろうか?」
「王太子殿下のお誘いを断る女性などいませんわ。とても光栄です」
パオラも彼女の周りの令嬢達も話しかけてきた男性が眉目秀麗で有名な王太子ジークフリートと一目で分かった。他の令嬢達は、婚約者のいる王太子が一介の伯爵令嬢にダンスを申し込んだのに驚きを隠せない。中には嫉妬の感情を露わにする者もいた。2人を見ている人々の中には、あの遊び人の王太子がなぜこんな地味な令嬢を誘うのかという疑問を持つ者もいたが、パオラはそんなことは露知らず、驚いたり嫉妬したりする令嬢達を見て有頂天になった。
ジークフリートに手を取られてパオラは頬を染めた。そして彼と共にホールの真ん中に移って踊りだす。
「貴女のことをもっと知りたい。今度出席する夜会を教えて下さい」
ジークフリートはパオラの腰にかける手にぐっと力を入れた。パオラはますます頬を赤くした。
夜会の後、ジークフリートはいつものようにルプレヒトと自室へ戻った。部屋に着くと、大きなため息をついてソファにドサッと身を投げた。
「誘惑が成功したのにお疲れの様子ですね」
「ああ、これからあのツヴァイフェル伯爵令嬢と長期間親しい振りをしなくてはいけないからな。今まではその場限りの関係だったからまだ気楽だった」
「でもそれも殿下が選んだ道です」
「わかってるよ。それでもアマーリエへの罪悪感が拭えない」
「何の罪もない令嬢を騙すことには躊躇はないのですね」
「それもあるよ。父親の罪は彼女の罪じゃない。子供は親を選べない。僕と王妃もそうだ。でも僕はあの女がこれ以上王妃の道を外れるのなら、排除する覚悟がある。親は選べないが、地位のある者はその地位に見合う責任を負って誤った道を行く親を正すべきだ。彼女はそこまでする覚悟はなくて令嬢としての生活を謳歌するだけだろう。そこが僕と彼女の違いだ。僕はこの道を選んだ以上、甘いことは言っていられない」
「それを聞いて安心しました。きつい言葉をかけて失礼しました」
「わかってる、僕の覚悟を聞きたかったんだろう? 今日はもう疲れた。寝るよ」
ルプレヒトが部屋を下がり、ジークフリートは寝台に入ったが、中々寝付けなかった。身体は疲れているのに頭が妙に冴えていたのだ。気が付いた時には窓から朝の光が入ってきていた。
その夜会以来、ジークフリートとパオラの姿を共に見ることが多くなった。ただ、ジークフリートはパオラと密室に2人きりにならないようには気を付けていた。それと同時にジークフリートは夜会で他の女性に声をかけなくなり、オルデンブルク公爵家にアマーリエを訪ねて行くこともほとんどなくなった。アマーリエは王宮での王妃教育の後、ジークフリートの都合があえば一緒にお茶を飲んだものだったが、それも全くと言っていいほどなくなった。
パオラにも婚約者がいるものの、冷めた関係で相手のことを気に入っていない。彼女はいつしかお互いの婚約を破棄してジークフリートと婚約できると信じるようになった。
ジークフリートとパオラが親しくなって数ヶ月後のある日、ツヴァイフェル伯爵家ではジークフリートを伯爵家に招く件について親子喧嘩が勃発していた。
ツヴァイフェル伯爵は革命派との関係を妻子にも義両親にも言っていない。唯一、自分の代になって勤めだした忠実な執事にだけは話していて革命派との連絡役にもなっている。当初、執事は革命派との関係に良い顔をしなかったが、民主化は避けられない情勢だから今のうちに協力しておいて革命後の政府に恩を売っておいた方がいいと伯爵は説得した。
「お父様、どうして殿下をうちにお招きしていけないのですか? いらしたいというご希望をお断りするのは不敬では?」
「殿下には婚約者がいらっしゃるし、お前にもいる。不敬よりも不貞のほうが問題だ! なのに最近のお前の振舞いは何だ? 今後、夜会に出席するのは禁止する!」
「冗談じゃないわ! あんな冴えない男と結婚するより、王太子妃になる方がいいでしょう?」
「オルデンブルク公爵令嬢が王太子妃になることは決まっている」
「フン、あんなのまだ子供じゃないの! もういいわ、お祖父様とお母様に頼むから!」
「パオラ、おい! 待て!」
養子のツヴァイフェル伯爵は引退した先代伯爵の娘である妻に強く出られない。パオラの祖父母と母は、パオラが王太子妃になれる夢を見て諸手を挙げて王太子を伯爵家に招待した。
ツヴァイフェル伯爵は、最初は別の名前で考えていたのですが、Adelslexikon.comというサイトで偶然von Zweiffelという名前を見つけ、これにしました。Zweifel(fが1個少ないですが)はドイツ語で疑いとか、不信を意味しますので、ちょうどいい!と思った次第です。




