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第11話 無冠の城壁、セラ・ヴォイド襲来

 初心者ダンジョンでの炎上軍の罠をひと睨みで粉砕したという特大の勘違い事件から、数日が経った頃。

 魔王軍、通称『炎上軍』の暗く淀んだ本拠地では、これまでにないほど重苦しい空気が漂っていた。

 薄暗い松明の炎だけが照らす広大な軍議の間。円卓を囲む魔将たちが、深刻な面持ちで報告書を睨みつけ、苛立ちを隠せない様子で爪を噛んでいる。


「アステル方面に放ったトロール・ベルセルクが、何者かに一撃で消滅させられました」

「それに加え、初心者ダンジョンに仕掛けた罠とケルベロスも、戦闘の痕跡すらないまま無力化されています。相手はただ一言、何かを発しただけで、我々の強固な負の観測力を霧散させたとのこと……」


 報告を行うちっぽけな魔族の声に、魔将たちがどよめき、ざわめく。

 彼ら炎上軍の最大の武器であり、力の源泉である『負の観測力』。人々を恐怖に陥れ、絶望させ、パニックを引き起こすことで得られる強大な魔力源が、アステルの街周辺で謎の深刻な減衰を起こしていたのだ。

 その原因は、突如として魔導掲示板に現れた謎のアステル新人冒険者、『レイ』。

 彼のフォロワー数は既に三百万を突破しており、アステルを中心に強大な『プラスの観測力』のエネルギー場を形成しつつあった。これは炎上軍にとって、看過できない国家レベルの脅威である。


「このままでは我々の炎上計画が根本から頓挫する。魔王様の復活計画にも支障をきたしかねん。誰が奴を始末しに行く?」


 血の気の多い、筋骨隆々とした魔将たちが次々と名乗りを上げようとした時だった。円卓の片隅で、これまでただの一度も発言せず、静かに座っていた小柄な少女が立ち上がった。

 炎上軍第三幹部、セラ・ヴォイド。

 彼女は豊かな黒髪を揺らし、切れ長の無表情な瞳で円卓を見回した。

 他の強大で凶悪なオーラを放つ幹部たちと比べると明らかに華奢で、恐ろしい魔力も禍々しい気迫もない、ただの物静かな少女にしか見えない。


「私が行こう。アステルの街ごと、私の【無限結界】で完全に封鎖する」

「セラ……貴様がか? フン、『無冠の城壁ヴォイド・バスティオン』が。攻撃力皆無の貴様に何ができるというのだ。どうせまた、結界の中に引きこもって時間を稼ぐだけのアリバイ作りにはちょうどいいかもしれんがな」


 他の魔将たちからの、あからさまな嘲りと侮蔑を含んだ声が浴びせられる。

 セラは「どうせ私は結界があるだけ」という陰口を知りながらも、表情を一切崩さず、反論もせずに本拠地を背にした。

 彼女には、自分の身を守るための絶対的な『殻』しかなかった。だからこそ、その殻の絶対性だけは証明しなければならない。自分がこの恐ろしい魔王軍に居場所を作るためには、それしか方法がなかったのだ。


     * * *


「レイ様ぁぁっ! 今日もご一緒にスライム討伐へ向かいましょう!」

「レイ師匠、本日の全方位警護任務、我々王国騎士団二百名が承ります!」


 一方、その頃のアステルの街。俺はまたしてもアリアと騎士団の過剰すぎる警護に囲まれ、街の正門前でげっそりとしていた。

 俺のレベルは1。ステータスは相変わらず初期値のままだ。

 それでも俺の「ただ一人でひっそりとスライムを泥臭く狩りたい」という切実な願いは、「あえて初心に戻り、基礎を怠らない達人の境地」として狂信的に解釈され、決して俺を一人で危険な真似はさせまいと、大所帯が四六時中ついて回るようになっていた。


『うぉw、ご主人! 今日も立派な大名行列っすね! 街の人たちの視線が痛いどころか、もはや生き神様を崇める巡礼者みたいになってますよ! ああ、今日も信仰心がまぶしいっすねえ!』

「黙れモック……マジで胃が痛い……なんでこんなことになってんだよ……」


 俺は深くため息をつき、一向にレベル1から抜け出せない逃げ場のない現実に直面していた。

 だが、俺のその平穏で泥臭いファンタジー生活を求める絶望は、突如として空から降ってきた異変によって破られることとなる。


 ――ピキィィィィィンッ!!!!!


 空気を裂くような、鼓膜を突き破るほどの甲高い音が響いたかと思うと、アステルの街の遥か上空から外周をすっぽりと覆うように、巨大で半透明な紫色のドームが出現したのだ。

 それまで晴れ渡っていた青空を完全に遮断し、太陽の光を不気味で淀んだ紫色に染め上げる巨大な半球。街全体が、一つの巨大な虫かごの中に閉じ込められたかのようだった。


「な、なんだあれは!?」

「空が……紫色の壁に覆われている!? 結界か!? 街が、完全に包み込まれているぞ!」


 騎士団長が声を荒げ、アステルの街中が蜂の巣をつついたような騒然とした状態になる。

 俺も呆然と空を見上げた。前世のゲームで見たような、ボス戦開幕の強制隔離結界そのものだ。いや、冗談じゃない。俺はレベル1だぞ。ボス戦のエリアに閉じ込められるなんて、即死確定イベントじゃないか。


「フフッ……流石はアステルの街。随分と賑やかね。でも、その騒ぎも今日までよ」


 空から、冷たく澄んだ声が響き渡る。

 皆が一斉に正門の外、結界の境界線へと視線を向けると、そこには黒ずくめのローブを纏った小柄な少女が宙に浮いていた。

 彼女の肩には、あの日初心者の森で見たのと同じ、炎上軍の紋章がはっきりと刻まれている。


「魔王軍幹部……! こんな真昼間に、堂々と単騎で攻めてくるなんて! 我々を愚弄しているのか!」


 アリアが大剣を素早く抜き放ち、騎士団が号令とともに一斉に陣形を組んで正門の前に展開した。

 張り詰めた緊張感の中、少女――セラは、まるで感情が欠落しているかのような無表情のまま、俺たちを冷たく見下ろしてくる。


「我が名はセラ・ヴォイド。炎上軍第三幹部にして、『無冠の城壁ヴォイド・バスティオン』。お前たちのその忌々しい『プラスの観測力』を断ち切るため、この街を私の【無限結界】で封鎖した。お前たちはもう、この結界から一歩たりとも外に踏み出すことはできない」


 圧倒的で逃げ場のない宣告とともに、アステルの街の絶望的な防衛戦の幕が切って落とされたのだった。


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