038 - ホロ潜入
「では、上陸訓練を行いますよ~ いいですね~ 」
【はーい】
エンジュ教官の元に3名の生徒が並ぶ。もちろん私もそのうちの一人だ。
グルンフィルステーションに近づくための操艦はエンジュに任せて、全員がホロルームに集合している。
ラングとタマミちゃんは、すでに簡単な訓練を受けていたらしい。
どおりで、2人がステーションに行くことに対して前向きだったはずだ。
私だけが完全に初心者になってしまった。落ちこぼれないように頑張ろう!
「上陸訓練といっても上陸する場所によっていろいろな訓練があります。 未開の惑星に降りるミッションもあれば、資源や研究目的で小惑星に降りることもあります。 一応上陸と言っていますが、水の惑星やガス惑星に降りる場合も含みますので、装備や注意点は様々です。 今回は文明国の都市に潜入する訓練をアレンジしますので、ちゃんと覚えてくださいね 」
【はーい】
「ではまず装備の確認からです。 今回は文明国の有人エリアの想定ですが、文明国とは言え、武器の使用による危険は少なくありません。 むしろ、ある一定以上の身分になると、事故よりも武器を警戒するのが通常となります。 では早速ですが装備してみましょう 」
【はーい】
返事とともに全員その場で軽くジャンプする。瞬時に各個人の周囲に白い壁が現れ、着地するときには着替えが終わって、壁もなくなるという便利さだ。ジャンプすることで足回りの装備も装着済みとなる。
こうしてみると、魔女っ娘モノの変身シーンもよくできていた気がしてくるわね。
「今回は文明国の有人エリアの想定ですので、インナースーツは対衝撃、対刃、耐圧が軽く付与してあります。 アウターは今後の観察結果にもよりますが、通常の繊維ベースの服に対刃、対光学を織り込んだものになります。 外套はグルンフィルステーションの住民の衣装から近いデザインを採用し、耐熱素材、転送補助素材を採用する予定です。 顔のフェイスガードは方向選択型透過式スクリーンとなっております。 目の部分だけとか、顔全体とかを任意の方向にだけ透明にできますよ 」
ラングとタマミちゃんを見て見ると、顔の部分が黒く艶があり、反射して顔が見えない。装備の全体的な色合いは白で、淡い色の縁取りがされているが、顔の部分が黒いので少し不気味な印象だ。
「それでは、お互いの顔が見えるようにしましょう。 声で指示できますから、「○○を視界許可」と呟いてみてくださいね 」
「艦長を視界許可」
ラングが呟くとラングの顔が見えるようになった。動いて方向が変わっても問題なく見える。
私も二人を許可する。
「では次にお互いのシールドを解除しておきましょう。 アンクレットとブレスレット、チョーカーは連動して簡易シールド発生装置が組み込まれています。 対人武器であれば数発は耐えられますが、過信はしないようにお願いします。 またこれらは、許可していない人物、生物が接近した場合、およそ1m以内に接近すると斥力場を発生します。 安易に他人に接近しないようにしてくださいね。 これも声で指示できますから、「○○を接近許可」と呟いてください 」
お互いに接近許可を確認したうえで、タマミちゃんを抱きしめてみる。いつもよりもゴワゴワしているがタマミちゃんだ。
ラングが少し混じりたそうにしているがスルーだ、スルー。
「次に通信の方法ですね。 声の届く範囲では普通に会話が可能です。 今回は無いと思いますが、声が届かないくらい離れた場合はチョーカーを軽く触って相手の名前を言うことで会話が可能になります。 私は例外で、名前の後にすぐ指示してもらって大丈夫です 」
みんながお互いの名前を呼ぶ。
素通りの声と、通信の声が混じってグダグダになってしまった……
「最後に小物の紹介です。 ポーチの中には簡易気体発生と環境維持装置があり、簡易シールドと連動して宇宙空間でも生存可能です。 ただし長くはもちませんのでご注意ください。 あと、携帯食料と水ボールが入っています。 ブーツは簡易重力発生機構付きです。 環境重力を遮断したり、任意の方向に移動することが可能ですが、これもそれほど強力ではありません。 この後は各アイテムを実際に使ってある程度自由に動けるようになったら完了です 」
「あら、武器は?」
「艦長…… 何しに行くんでしたっけ? 」
エンジュが少し呆れた顔をしている。
「えっと……ミルアさんに会いに行くんだったわね」
「そーです! なので今回は何かあったらすぐ撤収です。 いいですね! 」
腰に手を当てて怒られてしまった。
ちょっと反省。
「はーい」
「一応、2人には近接武器を持ってもらっています。 武器こそしっかりとした練習が必要なのですよ 」
二人が懐から何かを取り出して見せてくる。すでに練習済みらしい……
その後は暴漢を想定したシールドの反応や、ブーツの重力制御移動の方法を練習する。
色々な練習をしているうちにあっという間にグルンフィルステーション近傍まで来てしまった。
「艦長、工作艦4隻、配置につきました 」
隠蔽状態で近づいても、グルンフィルステーション側には特に反応がない。
わずかでも異変を感知すれば、センサー強度を上げるなり、調査船が出てくるなりなにがしかの反応があってもいいはずだ。
人為的なサボタージュの場合は事態が急変する可能性もあるので安心はできないが、ひとまず気づかれていないと考えて問題ないだろう。
「ミルアさんの現在位置を確認しました。行政区と思われる場所にいます」
タマミちゃんがセンサーを見ながらミルアさんの位置を調べてくれている。
「行政区はセキュリティが確認されていますから、侵入するのはやめておいた方がいいでしょうね 」
スクリーンを見るとミルアさんを示すマーカーがじわじわと移動している。
「出てくるのを待ちましょうか」
「そうは言っても、上級住宅地区で止まる可能性もありますからね。 セキュリティエリアの外側に出てくるかどうかは5分5分ですね 」
「じゃあ、出てくるまでどこか適当な場所に行ってみましょうか」
「またそんな行き当たりばったりな……」 とラング。
「まぁ、元々ホログラムで入ってみる予定だったし、ちょうどいい……のかな?」 とタマミちゃん。
「とにかく、接近!」
【アイアイマム!】
工作艦をさらに接近させて、ホログラム侵入を試してみることにした。
狙い目はハブに近い円筒部分、おそらく中級住宅街入り口と目されるエリアだ。ミルアさんは居ないが、そこそこの密度で人がいる。
私たちはエンジュが安全を確保した後、ホロ転送で侵入するため、ホロルームで待機中だ。
「密閉機械エリアにダメージコントロールキューブを転送します 」
この距離まで近づけば、内部の構造は手に取るように分かるらしい。
とりあえず、人目につかないところにダメージコントロールキューブを送り込んでみる。
「人通りのない道を確認。 周囲の監視カメラの状況を確認中……クリア。 艦長以下2名ホロ転送準備 」
「おっけーよ!」
二人もサムズアップで頷く。
「実行します 」
目の前が一瞬で白くなり、霧が晴れるように視界が変わる。
ユークレアスのホロルームに居ながらにして、目の前に道幅4mくらいの通路が出現する。少し薄暗い通路だ。高さは6mくらいだろうか……
ちょっと鼻につく匂いがある。前も後ろも50 m位先がT字の突き当りになっているのが見える。壁の元の色は白を基調に横に色々な動線色が付いていたと思われるが、だいぶ薄汚れている。
床の色は灰色から黒に近く、材質は金属のようだがハッキリとは分からない、壁際にはいろいろな箱状のものが置かれており、雑多な印象だ。
「行きますよ 」
エンジュが先頭に立ちすたすたと歩いていく、つられて歩こうとするが、重力が小さいようで少し歩きにくい。
このまま人通りの多い所に出たら確実に不審者だ……エンジュが振り返りながら、しまった、という顔をしている。
「一回戻りましょうか。 ホロ転送中止 」
視界がユークレアスのホロルームに戻る。
「気が回らなくて申し訳ありません。 まずはステーションの環境に慣れましょう。 気圧も少し低めに設定されているようです。 場合によってはフェイスシールドに酸素供給をしますね 」
「まさか、重力が違って歩きにくいとは思わなかったわ……そういえば、最初にこの世界に来た時にも感じたんだったわね……」
あれからまだそんなに経っていないはずだが、もう遠い昔のような気がする。
とりあえず、重力をステーションと同じにして、歩く練習からスタートする。幸い、3人とも運動神経は悪くない。低い気圧でも問題なく活動できそうだ。
「では、改めて…… ホロ転送準備。 実行します 」
先ほどの通路だ。
そして、エンジュが歩き出す。
ついて歩くが、少しの練習でもやっていると全然違う。
突き当りの通路を右に振り向くと、人通りが見える。出現した通路は大通りに平行な道だったらしい。
「結構人がいるな」
「背の高い人も低い人もいるわね」
「自然に流れに合流しますよ 」
【らじゃー】
大通りに近づくと明るくなって、音もがやがやとした生活音になってくる。音楽なのか、CMなのかよくわからない音も聞こえてくる。
「でますよ。 出たら左に曲がってください 」
通りに出ると、エンジュが自然に左に曲がる。
続いて私。
「ほー」
自然と声が出てしまった。
昔何かのSFの一コマで見たような光景が広がっている。緩やかに上向きに曲がっている道に人が多く歩いている。上り坂のように見えるが、円筒の中に立っているからそう見えるだけで実際には歩いても歩いても同じ光景になるはずだ。
上空は透明なドームがあり、その先には太陽を模した光源が全体を照らしている。道の両側にはお店と思われるガラス張りの窓や扉があり、たまに人が出入りしているのが見える。
遠くには白い柱のような施設があり、おそらくはハブとの接合地点なのだろう。何かが動いているのが見える。
道には等間隔に街路樹的なものも植わっており、まるで東京のどこかの駅のコンコースか、駅前商店街のようだ。
ただ、歩いている人は全く違う。
背の高いトカゲみたいな人もいれば、頭に飾り羽のある鳥のような人もいる。鼻が前に出ている人は狐か狼か……? ミルアさんと同じ人種かわからないが耳の大きい人や、足が4本の人もいる。ちょっと昆虫っぽい人もいるな……
どの人もパッと見で文明人と分かる服と装備を身に着けている。とは言え、私たちのように全身包んでいる人は少ないようだ。
色々な種族の人がいる中でも身長が大体1m~3m位で手足が付いているのは収斂進化の結果だろうか。
それ以外の外見の人が、たまたまここに居ないだけの可能性も高いか……
色々考えている間もエンジュは進み、その後ろを3人が進んでいる。あんまりキョロキョロすると目立つというのを伝えるのを忘れていた。後ろの二人が完全にお上りさんだ。振り向きながら軽く伝えると、今度は動きが硬くなったしまった……難しい。
少し歩いていると、突然目の前のコンビニっぽいお店から大柄の男がなにやら怒鳴りながら出てくる。もとは豚から進化した種だろうか、突き出た鼻と三角形の耳がそれっぽい。
まずい、エンジュと男が衝突コースだ……
「気味の悪い恰好でこっち見てんじゃねぇよ!」
男がエンジュに対して拳を振り上げる。やばいと思った瞬間スローモーションのようになるが、とっさのことで体が動かない。
後ろにいた二人が自分を追い越すのが見える。
男の拳が振り下ろされ、エンジュに当たる!と思ったとき、
「失礼 」
エンジュの体がわずかに傾き、男の拳が空を切る。
エンジュの手が、男の肘に置かれたと思うと、エンジュの足が跳ね上がり、逆の手が男の頭に置かれる。
そのままの勢いで一回転すると男の後方に着地した。
鮮やか!
そのわずかな間でラングとタマミちゃんは私の前でファイティングポーズをとっている。
「てめぇ!」
振り返った男が怒気を発する。
「次は首が飛びますよ 」
「あ“?」
男が首に手を当て、その手を見ると急に青くなっていく。
「視界から消えな!」
消えな、と言いつつ自分から消えていくスタイルのようだ。最初の登場よりも足が速い。
「なにやら、物騒な場所ですね 」
エンジュが周りに聞こえるようにつぶやくと、そのまま歩き始める。
周りの人もそれが合図だったかのように歩き出し、辺りは何事もなかったかのように元に戻る。
「傷付けたの?」
「いえ、インクです。 ちょっと効きすぎましたかね? 」
「さすが。鮮やかだったわね」
「艦長もできますよ。 戻ったら訓練しましょうね! 」
「……戻ったら考えるわ。二人もいい動きだったわね」
「ちゃんとできたか?」
「あれでよかったのかしら?」
「ばっちりですよ。 二人のシールドが共鳴状態になることでより強い防御力が期待できますし、今後は艦長も動けるように訓練されるようですから 」
「ガンバリマス……」
確かに、とっさの時に動けないのは情けない。さっきスローモーションになったのも神様から貰った能力だったはずだ。どんな能力も有効に使うには訓練が必要ということか……
その後は特に変な事もなくハブとの結合部分まで到着した。二人はいい意味で体の緊張が解けたようだが、別の意味で緊張してしまったようだ。少しピリピリした感じがする。
見上げると中空のチューブが真っすぐ上に伸びているのが見える。その中心を何本かの柱が通っており、柱の表面を何かが移動している様子が見える。柱の根元は3階建ての建物にそのまま入っているが、建物の近くを見ると、その柱のそばで動いているのが人だと分かった。恰好から見るに、何かの突起物を握って引っ張ってもらっているようだ。
「我々は乗れませんからね。 素通りしますよ 」
【はーい】
完全にツアーの観光客だね
建物がセキュリティゲートになっているようなので、さすがにそこを通るわけにもいかない。そのままハブとの結合部分を通り過ぎて近場の狭い通路に入る。
「戻りますよ。 ホロ転送中止 」
視界が光の粒となって消えれば、ユークレアスのホロルームに4人が立っている状態となる。
「どうでしたか? 初めての異世界は? 」
エンジュの言葉にドキッとするが、初めて帝国以外の敷地に立ったという意味では確かに異(文明)世界ということか。
ラングとタマミにとっても色々な種族の人を同時に見たのは初めてのはずだ。
「なかなか刺激的ね。さっきのおっさんはなんだったのかしら……」
「いきなり殴りかかってくるってやばくないか?」
「あんな人が多いんでしょうか?」
「まぁ、たまたまでしょうね。 我々はみんな小柄なので少しナメられやすいかもしれませんね 」
「そんなもんかしらね。……あと、みんな歩いているのね。ハブチューブの移動はカプセルみたいな乗り物じゃないみたいだし」
「あれ乗ってみたかったなぁ……」
「スカートの人はどうするんでしょう……」
「あの地区は労働者クラスですから、あんなものでしょう…… 帝国でも乗り物に乗れるのは上級士官や貴族で、下級士官や市民は簡易的な移動手段が多かったですからね。 惑星上だとまた違いますが、宇宙船では移動距離が短めなのと、無重力なのであんな感じの移動は多いですね。 あと、ラングのためにハブチューブの移動を再現してもいいのですが、ミルアさんが繁華街の方に移動したみたいですね。 いかがいたしましょうか? 」
「そぉね……お腹減ったし、ユークレアスで食べてから会いに行ってみましょうか。あ、繁華街からすぐに移動しそう?」
「いえ。 乗り物には乗っていないので、すぐに移動する感じではないですね 」
「じゃあ、お昼を取ってから会いに行ってみましょう。ミルアさんもショッピングしたいだろうしね!」
「「はーい」」
(修正)
ダメージコントロールボックスを、ダメージコントロールキューブに名称変更しました。




