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第五十三話『因縁の相手』


【三人称視点】


 太陽も天上に昇り、飢えた獣たちの動きが活発になり始めた真昼の頃。

異類異形蔓延るこのグリム大森林でも、残忍な捕食者達による狩りが始まろうとしていた。


「グギャァ!グキャア!」


「グギャギャッ!」


「グギャッ!」


 グリム大森林中央部付近に存在している、多数の集落。

家と呼べるかも分からないような草や木でできた不格好な建築物の建ち並ぶその場所。


その簡素な集落の周辺で、宿主であるゴブリンたちが醜く嗤いながら自らの腹を満たしてくれる獲物を探していた。


「グガァァア!グガァ!」


───しかしそんな中、ゴブリンたちの中でも一際大きな体躯をしたゴブリンが突如として咆哮をあげる。


 本来、ゴブリンであれば身長は人族よりも小さく、骨格は子供でも力を加えれば折れてしまいそうな程に弱々しいものであるはずだが、その咆哮をあげたゴブリンに至ってはそうでは無い。


 人族の大人より幾分か大きい体躯に、全てを砕くことさえ容易に出来てしまいそうな大きな歯。

目はごつい皮膚に隠れるようにして怪しく光っており、一睨みでもされてしまえば怯んでしまいそうな眼力を持っている。


それは最早、ゴブリンとは思えないほど筋骨隆々で、ずんと構えるように地に足をついているその姿からは、どっしりとした威圧感。

腕は丸太のように太く、血管が浮き出ているのが目で見て分かった。


そんな、ゴブリンたちのリーダーである『ゴブリンロード』と呼ばれる存在の彼は、彼の咆哮によって怯えてしまっているゴブリンの一匹に近づいていき……


───自らの思いのまま、勢いよくソレを殴り飛ばした。


「グギッ……ーー!」


 殴られたゴブリンの体は、軽々しく宙を舞い飛んでいく。

ゴブリンロードの強い力とそもそも体重の軽いゴブリンの体躯も相まってか、その勢いは凄まじいもので、殴られたゴブリンの体は一瞬にして風を切り裂いて飛んでいく。


「グギャ……ァ……」


 そして、その後、殴られた勢いそのまま受身を取ることもできずに、遙か後ろに生えていた木にぶつかり絶命してしまったのだった。


「ギャッギャッ!」


 ゴブリンロードはその死体に近づき、嬉しそうに下卑た声をあげる。

 木にぶつかりぐちゃぐちゃになった死体を殴りつけ、踏みにじり、ゲラゲラと口元を楽しそうに歪ませて、死体で遊ぶ。


 周囲にいたゴブリンたちは、その光景を見て恐れ慄いたようで、その場から逃げるようにして獲物狩りに出かけていくのだった。


「グガァッギャァギャッ!」


 ゴブリンたちが走り去る様子を見て、さらに下卑た声をあげるゴブリンロード。

仲間を殺したあとの周りのゴブリンたちの恐怖した顔が、愉しくて仕方が無いのだ。


 ゴブリンロードは一介のゴブリンが長く生きて一定の強さを持ち、その魂が進化したことによって生まれる存在。

その力は強靭で、Cランクの冒険者ですら叶わないとさえ言われている。


しかし……いくらゴブリンたちとは一線を画す強さを持つゴブリンロードといえど、元はゴブリンなのだ。


どこまで行っても、その残虐性は失われない。


「グガァ……」


 ゴブリンロードは一通り嗤い終えると、自らの集落に戻り地面に腰を下ろした。


どうやら、狩りは配下のゴブリンたちに任せて自分は眠りに入るらしい。


───心地好い風に鳥の鳴き声。


 今日は気候もよく、穏やかに眠れることは間違いないとさえ思える日だ。

ゴブリンロードもそんなことを思い、先程仲間を殴り殺した感覚とともに穏やかな気持ちで寝に入っているのだろう。


最高の気分で穏やかに寝る、最高な日。



「グガ……グ……」


……しかしそんなゴブリンロードの思惑とは裏腹に、今日がゴブリンロードにとって最悪の日であることは間違いない。


 寝に入ってからしばらくたった頃……


 ざく、ざく、ざく……と、集落の緩い地盤を踏みしめる足音がゴブリンロードの耳に入ってきた。


配下のゴブリンたちでは無い、重い足音。


 ゴブリンロードは、その嫌な足音に、ゆっくりとその目を開けた。


───そして……目の前にいる、何処か見覚えのある存在を視認する。


 手に己と同じくらいの長さの槍を携えた、にやりと笑う人間の女。長い黒髪にぱっちりとした黒目、少しだけ丈の短い動きやすさを重視したような黒いローブを羽織っている。


 彼女はゴブリンロードをその黒い瞳で見据え、ゆっくりと口を開いた。


「やぁ……久しぶりだな、緑の変態の長さん?」


───その人間の言葉を合図に、彼の運命は終息へと向かっていくことを、彼はまだ知らない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【ながみ視点】


「グガァァァァゥアァァアッ!」


 挨拶がわりに発した私の言葉に、大きな雄叫びをあげるゴブリンロード。

その様子はまさに怒り心頭といった様子であり、私に対して敵意むき出しなのが傍から見るだけで分かった。


「おいおい、そんなに怒るなよ。禿げるぞ?」


「ガァァァァァァァアアアア───ッッッ!!!」


 勝手にテリトリーに入られて怒り狂っているのだろう、叫ぶ度に、その凶悪そうな口元から大粒の唾が飛び出ていくのが見える。


 今の叫び声。

それは、私の声を聞いて応えたように見えなくはないが、しかし彼らに人間の言葉を理解する知能はない。


何故ならば知能をもって人と対話する魔物は、人類史実上『魔族』という種族にカテゴライズされるものであり、人族にとって害悪にしろ無害にしろ、冒険者の魔物等級別討伐対象とはならない存在なのである。


魔族というのは、人族の敵対種族ではあるかもしれないが、決して討伐対象ではないのだ。


「グギャアァァア……」


 しかし、今回のターゲットであるゴブリンロードは、その知能性から"魔物"に分類された討伐対象である。


 彼らは同種間のみでの集落を形成してはいるが、その間に明確な言語というものはなく、極めて直情的であり、時には仲間すらも喰らう残虐性から魔物と指定されているのだ。



───曰く、ゴブリンロード。通称︰小鬼の王。


冒険者が定めた討伐等級の中でも、まぁまぁの上位に位置する魔物で、その討伐ランクはC~B以下といった所だろうか。


 ゴブリンと呼ばれる、人類が生息するほぼ全ての土地に群生している矮小な魔物、そのリーダー的立ち位置の存在であり、彼らの中で最も強い個体が"進化"した物だと考えられている恐ろしい魔物である。


 その知性も、矮小なゴブリンから進化した魔物にしては高く狡猾で、獲物を狩って食せる箇所を切り分ける、獲物を狩る際に簡易的な追い込み漁のような作戦を立てる等、会話は成り立たないにしろ非常に厄介な魔物であることには間違いがないだろう。



───そして、そんなゴブリンロードの性質の中で最も厄介なのが、他のゴブリン達を従える〘群衆〙〘統率〙という2次スキルを持っているという所だ。


 彼は、そのスキルによってグリム大森林全てのゴブリン達を配下に従えており、尚且つ〘統率〙スキルによって自由自在に操ることが出来るのである。

仲間と意思疎通を図ることは出来ないが、自らの手足のように動かすことならば可能だということだ。


「全く、厄介な性質だな……」


 背負っていた槍を構えながら、未だ叫び散らしているゴブリンロードを警戒する。


おそらくゴブリンロードは、スキル〘統率〙を使って周囲にいるゴブリンたちを呼び戻しているのだろう。


 一部のスキルには、発動する意志を持たなければ使えないものがある。それは魔物も人も同じであり、種族関係なく適応される世界のシステムのようなものだ。


 しかし、人族のようにしっかりとした言語を持っているのならばスキル名を唱えるだけでいいのだが、固定された言語のない魔物とっては恐らく、思いを乗せて声を出すなどの行為が発動する条件になるのだろう。ザック・ザ・座学の時間にそんな話を聞かされた覚えがある。


「随分大きな叫び声だな。……だが、お仲間は来ないぞ?」


「グガァアッ!」


 目の前のゴブリンロードが言葉を理解していないのは承知しているが、私は思わず煽るような言葉を口にしてしまう。


こんなことに意味は無いとわかっているが、まぁ許して欲しい。

なんてったって、奴は異世界に来て初めて作りあげた私の居場所をぶち壊した張本人だ。

因縁の相手を前にして、感情的なるのも仕方ないだろう。


 そんなことを考えていると、案の定ゴブリンロードは私の言葉に意にも返さず、私に向かって攻撃を繰り出してきた。


私の胴ぐらいありそうな拳を、直下の私目掛けてうち放つ。


「グギャアァァアッッ!」


「おっと……!」


 しかし、槍を構え立ち止まっていた私は、迫ってくる拳を見てすぐさま思考を切り替え、バッと後ろに飛んで躱した。

拳は私に対して振り抜くようにして風を切り、ビュンと音を立てると周囲に突風を巻き起こし静止した。


 流石はCランクの冒険者ですら勝てないとされるゴブリンロードだ。単純な正拳突きだけでも驚異的な威力である。


……だが、ここ二週間以上、アーネさんの攻撃魔法を避けてきた今となっては、この程度の攻撃はなんら問題なく避けることが出来るのである!

むしろイージーゲームと言っても過言ではない!


「ふふ……どうだ、ゴブリンロードよ……!

今の私は、弱かった昔の私ではないのだよ!!」


 そう、突如として洞窟を追われ、戦うこともできずに逃げることしか出来なかった昔とは、違うのだよ……!


「───ッ、はぁっ!」


 拳を避けられたことに不快感を覚えたのか、顔を顰めているゴブリンロード。

そんなゴブリンロードに向かって、私はサッと足を動かし駆け出した。


「グギャァッ!!!」


 私を視認して、その溢れんばかりの巨体を引き締めて身構えるゴブリンロード。

その恐ろしい体躯から、いつでも私を捕らえて四肢を引きちぎってやろうという威圧的な態度を感じとることが出来た。


 そして、私はそんなゴブリンロードの意表を突くために、下段から目の前を掠めるように振り上げた槍を……


───振り抜きざま、そのまま返す刀で翻し、ゴブリンロードの顔面に向けて思いっきり刃を振り下ろした!


「ッ……ーーー!?グガァァァァァアッ……!??」


 顔面を切りつけられた痛みで、顔を抑え悶えるゴブリンロード。太い指の隙間から見えるその表情は、怒りと苦痛の色に染まっているのが分かった。


「どうだっ……!」


 見てみれば、私の刃は、ちょうど右眼のあたりをざっくりとやったらしい。

右眼の上から縦に一閃、痛々しい傷がゴブリンロードの顔に深く深く刻まれている。


 私は確かな手応えと共に、残った左眼でこちらを睨んでくるゴブリンロードへ煽るように笑みを送った。


どうだ、私は確実に強くなっているぞ……!

お前は仲間もいなければ人間と戦いもできないのか……?


「グガァァァアッ!」


 そんな意味合いも込めた私の笑みを理解したのかは分からないが、ゴブリンロードは強靭な拳をぐっと上に構えて私に駆け寄ってくる。

その走り出しは、森にいた頃に観察してきた中でもトップクラスの速さを叩き出している。


───ッ……!攻撃が来る……!


「ッッ!!!グガァァアッッッ!!!!」


 私の目の前にて、ブンと振り下ろされた拳。私はソレをすんでの所で回避する。


 拳は大地を揺らす。

その拳によってもともと地盤の緩い集落が揺れ、次々とゴブリンたちの住処が倒壊していく。

ゴブリンロードはさっきまで私がいた場所を、恨めしそうにドンドンと叩いてはギリギリと悔しそうに歯軋りを鳴らしている。


 その様子を見て、私はばっと後ろに下がりゴブリンロードから距離をとった。


咄嗟に回避したが、これはすごい威力だ。

たぶん、少しでも当たったら一撃で逝くだろう。


「うん、すごい攻撃だわ。

威力といい速さといい、凄まじく脅威的であると言っていい」




 正直、当たっただけで軽く死ねるよ。



……いや、もしかしたらかすっただけで死ぬかもな私。








「───だけど、お前、それだけだな?」



───そう、それだけだ。



「グガァァァァアッッ!!!!!」


「悪いがこれで……決めさせてもらう!」


 振り下ろした拳を持ち上げて、さながらスクワットのようなポーズになっていた体制をずんともち直すゴブリンロード。

私を射殺さんとするその視線は、殺意マシマシで威圧感がバリバリと伝わってくるようだ。


私は、そんなゴブリンロードに片手を突き出して構える。


「ふぅ……!」


───魔法構築ッ……!!!


イメージは、這い寄るように纏わり、全てを砕き焼き尽くす炎!


川を流れる水のように、空気を流れ敵を拘束する炎!


私は凄まじい速度で思考を回し、理想となる魔法を構築していく。



願う、願う、願うッ……!


理想を、明確に、願うのだ……!



───目の前の敵に纏わりつき、その全てを焼き尽くす業火の炎をッ!



「『這い寄り、纏わり、焼き尽くす……!創作火魔法【流炎(リュウエン)】ッ!』」


「───ッ、ぐぎゃあッ??!?」


 そう私が叫んだ瞬間、いつの間にか私に駆けて来ていたゴブリンロードに向かって、炎の線がごうと燃え上がり這い寄っていく。


それは、集落全ての空間を覆い尽くすように……


幾重もの炎の線がゴブリンロードに向かって伸びていき、そして纏わりついた。


「グガァァァァァッッ!!!?!」


 ゴブリンロードは自らに這い寄り纏わりついてくる炎を、地面を転げまわり必死になって消そうとする。


しかし、消えない!


いや……消えたそばからその体目掛けて炎の線が這い寄り、這い回るかのようにして炎が纏わりついていくのだ!


さながら、蛸の触手に巻き取られる魚のようなその姿。


対象が燃え尽きるまで纏わり、尽す。


それが、私のふとんスキル以外の新技……


───『創作火魔法【流炎(リュウエン)】』である!


「グガァァゥアッ……!」


 ゴブリンロードは、火を消そうと必死に藻掻くが……


絶え間なく追加されていく【流炎(リュウエン)】に、為す術なく焼き尽くされていく。


私はそんな因縁の相手の姿を見ながら、ぐっと拳を握りこんだ。


「グガァ……ァァァ……!」


 焼けて、焼けて、焼けて……


その緑色の分厚い皮膚が、ぷすぷすと焦げて……


そんな様子を、私はしっかりと目に焼き付けた。


「……」


「グギ……ガ……ァーーー……」


 ゴブリンロードは最後に、私に這いずって……


そして、手を伸ばしながら動かなくなる。


それと同時に、消える炎。


「終わった……な」


 少しの後悔と、何とも言えない口惜しさ、そして何とも言えない、ぐっと心にのしかかる感情。


私はそんな感情達を、そっと心の奥に仕舞いこんだ。



───これからも、こうやって生物を殺すことが多々あるだろう。



もしかしたら、その度にこうやって、少しだけ後悔していくのかもしれない。


それが積み重なって、心が堕ちて行くのかもしれない。




それか……心を少しでも軽くするために……


生物を殺す度に、この感情は薄れていくのかもしれない。



しかし……


「暫くこの感情は、心の奥に仕舞っておく事にするよ。じゃあな、ゴブリンロード。」


 私は独り、そう呟く。


 この後悔の感情は、大切なものかもしれない。

よくよく考えなければ、いけないものなのかもしれない。


……しかし、今はこの感情よりも。


 因縁の相手に打ち勝ったという嬉しさを、強くなったという喜びを大切にしたいのだ。次に進んでいくためにもな。


「……強くなったなぁ、私」


 私は焼け焦げたゴブリンロードを眺め、改めてその思いを口にする。


 少しの間、嫌な匂いと共にふわりと消えていくゴブリンロードの灰を見つめた。


そして……その跡地にぽつんと残されていた、魔物の心臓である魔核を拾い持っていた布にそっと包んだ。


「いやぁ……大変な仕事だな、冒険者……」


 依頼達成の指標となる、今しがた布に包んだ少し暖かい紫色の魔核。

魔物の魔法属性によって色が変わるとされている、黒曜石のような形と見た目の拳ほどの大きさの石。


それを少し離れたところに置いていた背負い鞄にしまい込み、私は集落の外の方に目をやった。


「みんな、もう殲滅しちゃったかな……」


 私がゴブリンロードと戦っている間、ゴブリンロードの 〘統率〙スキルによって迫り来るゴブリンたち。

その大群を東西南北に別れて、せき止めてくれているわけだが……


「まぁ……とりあえず適当に回ってみようか」


 私はそう呟いて、槍に付いた血を拭き取りながら……


───ルフのいる北方向の森へ、ゆっくりと歩き始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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