第四十三話『理』
ザック先輩の怒号により流れるようにスっと集まって正座している私たち。先程までの騒がしさが嘘のように静まり返っている。
「よし……話を続けるぞォ……」
その様子を見て、どこか満足気にひとつ頷くとザック先輩は話始める。
「といっても、今日教える予定だったゴブリンに対しての対策はながみがほとんど言っちまったァ……」
「だったら、何を……?」
「おう……だから今からはァ、時間が足りないってことで明日にしようと思っていた……冒険者にとって一番大切なことを教えてやるぜェ!?」
そう言って興奮したようにナイフをぺろぺろと舐めると、ザック先輩は黒板のようなものに手を翳した。
「さて、お前ら。
早速だが、冒険者にとって一番大切なことって何かわかるかァ……?」
「おかね〜!」
ザック先輩の質問にヌルが大きな声で手を挙げて答える。
随分自信があるようで、にっこりとした笑顔を浮かべていた。
うむ……確かにお金は大事だな。
だけど……それが一番か?
もうちょっと何かあると思うんだが……
「馬鹿ヌルッ!お前はそんなだから抜けてると言われるのだ!」
「えー……じゃあアーレくんはなんだと思うの〜?」
「ふん!そんなこと分かりきっている!
……冒険者にとって一番大切なもの、それは知識だッ!」
アーレ君はヌルにそう言い放ち、自信満々に胸を張った。
「そうかァ……スライムは金で、ガキは知識。
じゃあ、そこのチビ尾はどう思ってんだァ?!」
「チビ尾……えっと、拙者は技術だと思っておりますが……」
チビ尾と呼ばれたシンはなんとも言えない表情を浮かべ、そう答える。どうやら、ザック先輩は三人の名前を覚えてないらしい。
3人とも可哀想に……
しかし……確かに技術も大事だな。
私も高性能ふとんを研究している時に、知識だけではできないことが多々あった。
なので、必死になってプログラムやら機械構造やら電子制御やらの組み立てや仕組みを覚えそうとう沢山触ったからなぁ。
あれは大変だった……
「チビ尾は技術……じゃあ最後、ルフとながみ。
お前らはどうなんだァ……?!」
ここまで来ると私達だけ名前で呼ばれてるのなんか恥ずかしいな……
しかし、ついに来てしまったか私の番……
改めて言われると、しっかりとした答えはあまり思いつかないんだよなぁ……
「うーむ……生き残る為の力ですかね……」
私は漠然とした目標ではあるが、人に助けられなくても生き残る力をつけるというのを掲げているため、とりあえずそれを口にする。
すると、それに続くようにルフが口を開いた。
「なぎゃみをまもるちから」
おうふっ……!ルフ……お前はすごく直球で来るな?
平然とした顔で言い放ちやがって……
ルフい!そういうところが凄くルフい!
愛いやつめ……!
「そうかそうかァ……どっちも力かァ……」
ザック先輩はうんうんと頷き、何故かにやりと笑った。
「さァお前ら。金、知識、技術、力……
お前らが挙げたこれらは、確かに冒険者にとって大事な事だァ」
その言葉を聞いて、ヌル、アーレ君、シン、ルフのそれぞれが勝ち誇ったように胸を張る。素晴らしいまでのドヤ顔である。
「しかし、一番じゃねェ……これらは、一番ができるようになった後に付随して着いてくるものだァ!」
「じゃあ、その一番とは……?」
ドヤ顔から一転してガクッと肩を落としている馬鹿たちのことは気にせずに、私はザック先輩に問いかける。
すると、ザック先輩は私たちを見渡して、しんとした空気を作り出したあと、ゆっくり、すぅと息を吸い込んだ。
そして、その言葉を口にする。
「一番大切なもの……それは……」
「───"理想を願う思い"だァ!」
そう言って、いつになく元気な様子の笑顔を見せたザック先輩。ドヤ顔である。どうやら良いのが決まったと思っているようだ。
……しかし、私にはその意味があまり理解できなかった。
そして、それは私だけではなかったらしい。
「"理想を願う思い"?」
「あぁ、理想を願う思いだァ……」
私たちの誰かがなんとなしにその疑問を呟いた。
すると私たちのその薄い微妙な反応を受けて、ザック先輩はちょっと恥ずかしそうに頬を掻きながらその傷のついた口で話し始める。
「もし理想の自分を思い描いていたとして、そこに向かって研鑽を積み重ねても、どれだけ頑張ったとしても、完璧に思いどおりになりはしねェ……
どんだけやっても、つかみ取れるのはほんのひと握りだけだ」
「だがなァ。そんな現実を理解して、絶望して、諦めて……
そうやって理想の自分を願わなければ、そのスタートラインにすら立てねェんだよォ!」
「それになァ……努力したことは、どんな形でさえ必ず己に実りをもたらすもんだァ……」
「だから最初に必要なのは、理想への願いと、自分を変えたいという、前に進みたいという思いなんだよォ……
そして、それがいずれお前らの【魂】になるんだァ!」
「えっと……いい言葉ですね?」
うん、うん……すごくいい内容ではあった。
あったけど……なんというか、う〜む。
私は、そのなんとも言い難い心の奥が胸焼けするような不思議な感覚に、少しだけ頭を悩ませた。
「オイ……オレも言っててクサイ言葉だとは思うが、そんなに怪訝な顔するんじゃねェ。今しっかりとした説明をしてやるから……」
───はァ、全くこれだから最近の若者はよォ……と、ザック先輩は一言呟いて石黒板に向き直る。
いや、私は怪訝な顔をしては無いのだ。全くもって真剣である。
「これは大事な事だから、しっかりと聞いとけよォ?
……あと、他言はするなよ?」
私が心の中で弁明していると、ザック先輩は真剣な表情で私たちにそう言った。
そして、大人が子供によくやるお口チャックみたいなジェスチャーをしてから、先程の話の続きを口にし始めた。
ザック先輩はたまに可愛い部分が漏れ出るな……多分、誰にも言わないけど甘いものとか滅茶苦茶好きなタイプだなコレ。
「まず、この世界最大の理、ステータスについて教えてやるぜェ」
ザック先輩は話を区切るようにこほんと咳をする。
その顔はいつになく真面目な様子であるため、どうやら本当に大事な話のようだ。
私は少し気を引き締めて話を聞くことにする。
「ステータスというのは、かつてこの世界を創りだした神が、生物に研鑽積ませるため魂の根本と世界の理を書き換えたのが始まりでェ……なんていうまどろっこしい話もあるんだが……」
「まぁ……すごく簡単に言えば、その生物の魂を表したものだァ」
「魂を表したもの……?」
アーレ君が思わずと言った感じでザック先輩の言葉を反復した。それに、軽く頷くザック先輩。
話は続く。
「あぁ、魂を表したものだ。
魂というのは、体を構成する要素の中で最も重要なもので、その生物の本来の形と言ってもいい……あ〜、これ以上は長くなる上に正直いらない話だから次行くぜェ」
話をしているうちに、いつものザック先輩とは思えないような落ち着いた口調で説明をしだしたザック先輩だったが……
その様子を見た私達の不思議がるような視線に気づくと、少し恥ずかしそうに頬をかいて話を切り上げた。
「次にLvだなァ。
Lvとは、魂の研鑽度合いのことを指すんだァ。
度合いが上がるごとに"運命を書き換える力"、MPの最大値が上昇していくぜェ……だが、これはオレもあんまり詳しくないから、省かせてもらう」
ふむ。運命を書き換える力……
ものすごく厨二的で心くすぐられる響きだ……!
しかし今は説明の途中で、どうやら詳細を聞けるような雰囲気では無いようなので、後日時間がある時にでも聞いてみよう……!
「そして、最後にスキルだァ。
スキルとは、当人の願いが魂に影響を及ぼし具現化したものだァ」
「……?」
「あー、どういうことかと言うとだなァ……」
ザック先輩は私たちのぽかんとした目を見て、しっかりとした説明が必要だと思ったのだろう。
少し考えたような素振りを見せたあと、口を開く。
「例えば、計算が上手くなりたいと思ったら、魂が進化を遂げてそれを補助するための〘算術〙なるスキルが生まれたり、足が早くなりたいって思ったら〘走術〙が生まれたり……なんていう感じだァ。
思いの力が強い程魂は変貌していくし、願えば願うほど強くなれる。
そして、生まれたスキルは使えば使うほどスキルの研鑽度合い、つまりLvが上がっていく」
ふむ……
この世界では、望めば魂というシステムがそこへ辿り着く為の補助をしてくれるということだろうか……?
「というわけでェ、理想を追い求めそれに向かって研鑽を積めば、自然と魂が着いてきてくれるようになってるんだよォ。自分の理想の形になァ……」
どうやら、その解釈であっているらしい。
だが……神に、魂に、願いに、進化か……本当に異世界だな。
死んで別世界に行くという体験を一度しているからもう驚きはしないが、それにしても凄まじいな異世界。
どうやら地球とは本当に根本から違うようだ。
……しかし、これが異世界の常識なのだろうか?
「そ、そんなことが……
というか、何故一介の冒険者がそんなことを知っているんだ……?」
唖然とした顔でザック先輩に問いかけるアーレ君。
アーレ君はザック先輩の話に相当な衝撃を受けたようで、深い深い深淵に触れたような、恐怖と興奮が混じったようななんとも言えない顔になっていた。
……ふむ。
この反応を見るに異世界人にとっても普通ではないらしい。
「オレは元々冒険者じゃなくて、王きゅ……あるところで働いていた研究者だからなァ?
こういうことに少しだけ詳しいんだァ」
アーレ君の質問に対して、ザック先輩は懐かしそうな声でそう答える。
その口元は、どことなく綻んでいるように見えた。
しかし……ザック先輩いま王宮って言いかけたな。
王宮の研究者だったのかザック先輩。
それって相当な身分だよなぁ……
だって、日本で言うと理研、理化学研究所とかの正式な職員レベルだろう?
いつもナイフぺろぺろしてる人が、そんな職業だったなんて
……人は見かけによらないなぁ。
「まぁ、という訳で……お前ら一旦ステータス見せろやァ……」
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