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ルーナの恋

ついムラムラとして追加。

ありがちな話。

 温かな日差しに包まれ、ショウは意識が微睡みながらも、頭のどこかでずっと考え事をしている。


 今月の支払いは問題ないか。

 売掛金の回収は滞りないか。

 何か不振の芽はないか。

 世の中変わりはないか。

 ペーシェムならば、なんて言うだろうか。


 いつも通りの朝が来ても、いつも通りの夜が来ない日もある事を、ショウは嫌というほど知っている。


 自分にはどうしようもない事も多いが、油断しなければ何とかなる事もあるかもしれない。


 緊張しすぎは良くないが、侮るとはまた違う。

 いつでも、万全の状態で事に当たれるように、ショウは時間が許す限り準備をしておくようにしている。

 何と言っても以前とは違って『守りたいモノ』が沢山増えたのだ。


 また以前の様に一瞬で全てを失うなんてことはしたくなかった。



「ショウくん~。」


 懐かしい声と、誰かの足音が聞こえる。


 タッタッタッタっと走り寄り、そして



 ―――――――――ドゴォ!


 人がうたた寝しかかってたのに、空気を読まずタックルをキメる。


「グホォ!」


 思わず声に出る。

 そんなショウにはお構いなしに、”アイツ”は話したいように話し始める。

 いつもの事だけれども、何故かとても懐かしい。


「あのね~聞いて聞いて~。香織すっごくがんばったんだよー。それでねー、ユカリちゃんが超かわいいのー。でねー」


 ショウは、自分の腹部にタックルを決め込んで話し始めた香織の頭部をワシッっと掴む。


 そして


 ―――――ギリギリギリギリギリギリ

 握力だけで締め上げる。

「ミギャァアアアアアアアアアアアア!」


 涙目で叫ぶ香織。

 よく見ると香織の回りを、なんか白いふわふわとしたものが焦ったように飛んでいる。何だろう?またファンタジーの不思議生物だろうか?

 ファンタジー?


「お前なぁ・・・前から何度も何度も何度も俺は口を酸っぱくして300回くらいは言ってるが、周りを確認してから飛びつけっていつも言ってるだろうが。俺を殺す気か!」


「えぇええ、そんなあぁあ・・・・香織嬉しくってついぃ~。わーいショウ君だ~えへへー。」


 アホは懲りない様で、なおも腹部にスリスリとしてくるので、ショウは諦めた。

 甘やかしている自覚はあるが、大概自身もアホだと思う。


 そして、ふと辺りを見回すと真っ暗だった。


「あれ?」


 自分は先ほどまでお日様に当たってぽかぽかとして気持ちよくて、考え事をしていたような気もするんだが。まさか寝すぎて夜になったというのか?

 とんだ間抜けもいいところであるが。


「あれ~?」


 香織も何故か一緒になって首を傾げている。


「ん?どうした?」


 思わずショウは尋ねる。


「ショウ君、そういえば香織が分かるの~?」

「何言ってるんだお前。とうとう頭がおかしくなったのか。いや、元からだったな。」


 どうしたって、常人の頭3つ分くらい香織の異常性は突出している。馬鹿だバカだと思ってはいたが、これで性格が良くなければ本当にただのアホである。自分は何でこんな突き抜けた馬鹿を好きになってしまったのか――――。それだけが未だショウには納得がいかない所なのだが・・・。



「ひどぉいよぉおおおおショウ君~~~~~~香織はバカだけど、頑張り屋さんなんだよ~~~褒めてよ~ほめてー・・・えへへー。」


 どうやら今日はあほを大幅に拗らせているらしい。

 何だか分からないが腹にへばりついたままの香織を、適当にワシワシと頭を撫でておく。実家の大型犬と同じような可愛がり方ではあるが。



「それにしても何でこんな暗いんだ?」


 というか、ここは何処だ?とショウは思う。

 ていうか、自分は今まで温かい所にいたけれど、何処にいただろうか?


「え?明るいよ?」

「ん?」

 どうやら香織は頭だけじゃなく目もおかしくなったのだろうか?


「お前・・・病院いこうな。な?」


「病院・・・ここにあるかなぁ????」


 どうも先ほどから微妙に話がかみ合わない。


「それにしても、生きてるって凄いねー。ショウ君、香織と同じくらいになったんだねー。」

「何か分からんが、貶されたのは分かった。異議を申し立てる。」

「さっきからショウ君ひどいよぉおおお・・・・だってさーショウ君は香織分からなかったけど、もう分かるでしょ~?それって凄いよー。香織はあまり変わらないものー。」


 何故か分からないけれど、ショウは不意に胸を突かれた気がする。


 自分が忘れている何か。

 大切なことが、あったはずだ。

 大切にしてきた想い。

 譲れないもの。

 血反吐と汚物にまみれながら、掴んだ自分の真実。


「いいんだよ。」


 そんな悩んでる様子のショウを見て、香織はふわりと笑う。


「”みんな”そうだよ。初めはね、混乱して思い出せないの。必要な事はきっと思い出せるよ。必要な程ね。」


 正直、ショウには香織が何を言ってるのかはよく分からなかったけれど、それが「正しい」という事だけ何故か分かる。そして謎の充足感――――。


 そして香織は立ち上がり、手を差し出しショウを立たせる。



「あのねー神君にお願いしてね、ショウ君とユカリちゃんと同じ所にまた生まれたいですってね。香織だけじゃ足りなかったけど、ショウ君がいいことをいっぱいしてくれたから、いいよって言われたの~。」


「なんだか全然わからないけど、誰だよその神君って・・・。」

 名前かなんか?ねぇ。どこでこのバカは怪しい知り合いを作ってきたというのだろう。


「あと、この白いの何?」

 さっきから目の前をブンブン飛んでるけど・・・。


「あ、ユカリちゃんだよー。ショウ君、実の娘なのに酷ーい!」

「俺は妖精の子供を持った覚えはないぞ・・・」

「妖精!そうだよねー!ユカリちゃんは妖精さんみたいだよね・・・ふわぁあ・・・カッコイイ・・・。」


 何故か陶酔した様な顔をする香織。

 そんな香織の頭にちょこんと乗り、ショウに向けてお辞儀の様な仕草をしてくる。

 ちょっと可愛い・・・とショウも思ってしまう。

 いかんいかん、こんな謎生命体なのに。

 というか、香織はとうとう謎生命体にまで手を出し始めたのか。


「ユカリちゃんはねー生まれる前に死んじゃったから、形がまだないんだよー!」


 何てことがない様に言う香織の言葉に、再びショウは胸を突かれた気がした。



「でもねー・・・・すっごくいい子!自慢の娘だよ!」


 そう、笑顔で香りがショウに微笑む。


「あれぇ・・・・・ショウ君?泣いてるの?どっか痛い?痛みまで思い出しちゃった?どうしよう。」


 と、香織は慌て始める。

 香織に言われて自分の頬に手をやると、自分が始めて泣いていた事にショウは気づく。

 自分は何故涙を流したのだろう?

 自分でも意味が分からない。

 なのに、思い出せない自分が涙を流す。

 ヒールを使う時の様に、何かが癒されるのを感じる。


 ・・・ヒール?


「いや、大丈夫だ。」

 半泣きになって慌てている香織をなだめようと、頭をそっと撫でる。

 ”ユカリちゃん”にはぶつからない様にそっと。


「ユカリちゃん・・・か。」


 何故かその言葉を聞くと、ショウの胸の奥の色んなものが動く。

 未だ思い出せないショウ自身の何かが暴れている気がする。

 嫌な思い出と、苦しい思い出と、どうしようもなく愛おしい様な―――――――


「そうだよ―ユカリちゃん。ユカリちゃんはね~凄くしっかりしてるんだよ~」

 嬉しそうに、香織が語りだす。

 自分の事でもないのに、ドヤッてる香織が何故か愛おしく感じる。



「それでねー、遠くが観れてね~・・・」



 ショウの手を引きながら、真っすぐ目的地に向かう香織。


 自分は何処に向かっているのだろう?



「とっても可愛いのー。」



 華やかに、笑う。



 香織の笑顔。



 温かい―――・・・・



 ・・・




 …




 …









 ※※


「おあばぁちゃーん、おじーちゃん、起きないよー?」

 そう言って、孫が部屋の中に駆け込んでくる。

 まだ3歳なので遊びたい盛りだ。力も生命力も有り余っており、ルーナにはそれが愛おしく眩しい。


「あらあら、またお爺さんったら寝ちゃったのね。」

 そう言って、孫の手を引き、いつも夫がうたた寝をする中庭にルーナは向かう。


 小さいながらも薔薇や季節の花々に囲まれたルーナ自身が手入れした自慢の庭園だ。

 そこの風が当たらない、日向の気持ちよい場所に椅子を起き、夫は良く考え事をしているのが日課だった。


 やはり、今日も夫がいた。

 いつもの様に宝物のギルドカードを触りながら、考え事をしているのだろうと思っていた。


 その大切な宝物が、無造作に地面に落ちていた。



「あらあら、大事なものですのに。」


 と、ルーナは膝の痛みをおして、しゃがんで夫のカードを拾い上げ、そして起ち上って気付く。


 カードがいつもと違う。


 大分老眼が進んだので、カードを遠ざけて、漸く気づく。


 カードが、名前以外、全て白い。


 それが何を意味するのか、ルーナは知っていた。

 死者の身分証明書にもなるソレ。



「おじーーーちゃん、おばーちゃん連れてきたよぉ~起きて~」

 孫は無邪気に、夫の足元に纏わりついている。


 夫を見る。


 もう結婚する気はないと言った夫に、無理やり結婚を迫った時に決めた約束事をルーナは思い出す。


 夫は、いつもの様にとても穏やかに幸せそうに笑っている。


 笑ったまま逝ってしまった。



「カール、おじいさまは疲れているのよ。起こさないであげて。そして、メアリーを呼んできてちょうだい。」


「えー僕、おじいちゃんと一緒にご本が読みたい~。」

「おじいさまが風邪を引いたら可哀想でしょう?」


「ちぇー・・・わかったー!メアリー呼んでくる!!!」


 孫は元気にメイドを呼びに行ってくれた。


 これから忙しくなる。

 夫の人脈は膨大で、色々な人を葬式に呼ばなければならない。

 生前から夫が色々と準備をしてくれてはいたけれど、


 だけど。


 だけど、夫に最後の別れをしても罰は当たらないだろう。


「あなた。」


 もう返事がない事はわかっていたが、そう呼びかけ、ルーナは夫の横に座る。

 もう二度と、この時間が来ない事をルーナは分かっている。


「あなた。」


 それでも、呼びかけずにはいられない。

 空は何処までも青く、綺麗で。

 自慢の庭園は温かく、バラの香りを上品に運んでくれる。


「あなた。」


 そっと夫の肩に甘える様にルーナは頭を乗せる。

 歳を取ってから、あまりできなくなってしまったけれど、今だけはいいですよね?



「今まで、ありがとうございました。」



 ルーナが夫とした約束。

 前の亡くなった奥さんが忘れられないから結婚できないという夫に対し、ルーナはショウに請うた。


 ”せめて生きている間の時間くらいはルーナにください”というものだ。


『夫は亡くなったら、あちらにお返しする』。


 そうでなければ、不器用で誠実な夫とは添い遂げられなかった。


 いつかこの日が来る覚悟はしていたけれど、哀しく寂しい。

 それでも、今は色鮮やかで。ルーナは今がとても幸せだ。


 ルーナと夫との関係は一言では言い表せない。

 夫が居なければルーナは死んでいた。

 2回も命を助けられた。


 ルーナにとって、夫は。


 夫は―――

 家族であり、

 兄であり、

 他人であり、

 良き理解者であり、

 夫ではあったが。


 何よりも、

 何よりも、ルーナのヒーローだった。



「おばあちゃん~つれてきたー!」

 遠くから孫が駆けてくるのが分かる。


 ルーナの瞳から涙がこぼれる。

 ルーナは、今がとても幸せだ。

 3人の息子娘に、孫が5人もいる。

 稼業も順調だ。


 私のヒーローも、少しはこの世界で幸せになってくれただろうか?


 向こうで愛する奥さんに会えただろうか。


 今度夫に会えたとしたらまた好きになるとは思うけれど、でも。


「今度は妹でもいいので、また側においてくださいね。」


 そう言って、夫の口のそっと別れの口づけをする。


「あーーーちゅーーしたぁあああああああ!!!!」

 目撃した孫が大はしゃぎをしている。

 後ろからメアリーが駆けてくるのが見える。





 ルーナは13歳の時、色鮮やかに恋をした。

 母が亡くなり、父と二人寂しくいた頃、その男に命を助けられた。

 彼は言葉が話せず、母を亡くした自分よりも絶望していて、自分が居なければ駄目だとわかった。


 でも違う。そんな男にルーナはずっと助けられてきた。

 男が居なければ、きっとルーナはどこかで折れていた。


 男を助けようとしたことで、ずっとルーナは強く折れずに立っていられた。


 世界をひねくれずに受け止められ、

 ”自分だけが辛いのではない”という事をいやというほど思い知らされた。



 そして、あれほど壊れるほどの愛情を注いてくれる人物がいるという事が。


 何よりルーナの心の救いになったという事をあの男は分かっているのだろうか?



 ――――あなたは私のヒーローなのよ。



 かつて、彼に伝えた事もあるけれど、きっと命を救った事だろうと思われたはずだ。


 それでもいい。


 ルーナの世界は色鮮やかで、世界は喜びに満ちて、ここまで歩んでこれた。

 ルーナは自分が世界で一番幸せだと、そう思う。



 ルーナはまだ恋をしている。


 きっと、死ぬまでずっとこの恋は続くのだ。

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