次元の魔導師
「あー!よく寝た!」
昨日寝る前に目覚まし替わりの魔法『タイムアップ』をかけていたから寝坊せずに起きる事ができた。これは設定した時刻に自分の脳内でベルを鳴らす魔法だ。
「おう、兄ちゃん起きろだ朝ぞ」
そう言ってドアを開けてジミルさんが入ってきた。
「おはようございます、ジミルさん」
「なんでえ、もう起きてんのかよ。面白くねえ奴だな」
「家に泊めてもらっているのに朝起こしてもらうなんて、こっちのメンツが台無しですよ」
「台無しになるようなメンツがあんのか?」
「それもそうですね」
「そんじゃ、朝飯にすっから井戸で顔洗ってこい」
「わかりました」
自分が寝ていたのは2階だったので1階に下りなければならない。
1階に下りるとリンダさんとバッタリであった。
「おはようございます、リンダさん」
「んー、おはよう…」
あれ?
昨日よりテンションが低いような…
「あー、リンダは朝が弱いんだ。抱きつかれないように注意しろよ」
そう思っているとジミルさんが玄関から入ってきてそう言った。
「リンダさん抱きつくんですか…」
リンダさんはそれなりに綺麗で、胸も巨乳とまではないが普通よりは大きいサイズだ。是非とも抱きつかれてみたいが注意しろとはどういう事だろうか?
「リンダはその見た目で元冒険者だからな、力はお前より強いだろう」
「マジすか」
「本気と書いて本気と読む」
マジらしい…
「だから朝が弱いリンダの代わりに朝飯は俺が作っているんだ。早く顔洗ってこい」
「わかりました」
朝の井戸の水はとても冷たくて一気に目が覚めた。
「洗ってきましたー」
顔を洗って台所に行ったらすでに朝ごはんができて2人とも席に座っていた。
「帰ってきたか、そんじゃあ食おう。いただきます」
「「いただきます」」
朝ごはんのメニューはブラ麦パン、オランカンのジャム、羊の乳だった。オランカンは縞模様のオレンジだ。ちなみにこの世界では山羊が羊、羊が山羊と逆になっている。
「そういや兄ちゃん」
「なんですか?」
「昨日よ、朝まで世話になるって言っていたじゃねぇか。その事なんだけどよ、あと2日くらいこの村に居てみないか?」
「特に行くあてもないので自分にとっては願ったり叶ったりなのですが…それはどうしてですか?」
「いや、まだ兄ちゃんにできる事があるかもしれないからよ。例えば魔法の属性との相性とか」
そこまで言ってから急に小声になり自分に耳うちしてきた。
(それと兄ちゃんがいる間はリンダが美味い飯を作ってくれそうなんだよ)
ははあ…成程ね。美味くてちょっと高い飯を食いたいからか。
「わかりました。それなら自分も喜んでこの村に滞在させていただきます」
「おお!滞在してくれるか!」
(物分かりのいい兄ちゃんで助かっぜ)
そういう視線を言葉と同時に送ってきた。
「それはそうとして、1つ吉報があるんですよ」
「吉報?」
「ええ、記憶が1部戻ったんですよ」
「そうなのか!良かったな兄ちゃん!それで戻った記憶はどんな記憶なんだ!?」
「戻った記憶は3つあります。最後の1つは2つ目の記憶に伴ってきたので正確に言うと2つかもしれません。1つは自分の名前、1つは呪文、それに伴うものとして魔法の使い方ですね。魔法の知識の方は元からあったのですが経験らしくて、どうしたら使えるのかは解らなかったんですよ」
「それで兄ちゃんの名前はなんていうんだ?」
「自分はホープ・オリーラといいます」
オリーラとはスペイン語で岸、ホープはロシア語で夜という意味だ。何故そんな言葉を知ってるかって?察していただきたい。
「ホープ・オリーラだな、分かった。よろしくな、ホープ!」
「よろしくね、ホープさん」
「ジミルさん、リンダさん。こちらこそ、よろしくおねがいします」
「そういえばさっきよ、知識の方は元からあった、って言っていたじゃねえか。記憶喪失なのにどうしてあったんだ?」
ああ、その事か。
「それはですね。これも知識になるんですが、皆さんが言う記憶というのは実はいくつもの種類があるんです。そしてその種類の中の2つの記憶が大半を占めています。1つはエピソード記憶、もう一つは意味記憶といいます。一つ目のエピソード記憶、これが思い出などを司る記憶で、二つ目の意味記憶は言葉や計算、いわゆる知識を司る記憶になります。記憶喪失の場合は大半がエピソード記憶…思い出だけを失うのです。ですから記憶喪失といってもいきなり赤子のように歩けなくなったり喋ることが出来なくなったなどとはあまり聴きませんよね?その原因はそういう事だったのです」
まあ、これはとある小説からの引用ですが。
「ふーん、そういえばそうだな…成程、そういう事だったのか」
どうやら理解してくれたようだ。
「それでだ、どの属性の魔法が使えるんだ?」
「えっと、一応全部使えると思いますよ?」
『はあ!?』
うおっ!?なんだか二人同時に突っ込まれた!
「ちょっとゴメンな、もしかしたら聞き間違ったかもしんねぇからよ、もう一度言ってくれ」
「えっと、ですから全属性使えると思いますよ?」
「ちょっと待とうかホープ、全属性って火水風土光闇と滅多にいないけど時空も含めた七属性の事を言っているんだよな?」
「ええ、今言ったのは全部使えますよ?」
なんでだろう、二人にもの凄い疑いの目で見られているような気が…。
「いいかホープ、普通魔法てのは大体二属性、多くても六属性が限界だ。全属性なんてのは有史以来2人、この世界を作った神、創世神アヴィーテロス様とかつて人間を魔族大進行から救った勇者バルディアス様しかいないんだよ。ああ、あと神様たちか。ハッキリ言ってすまないが、ホープみたいなどこにでもいそうな顔の人間が全属性使えるとか正直な所信じられねえんだわ」
うんうんとジミルの横でリンダさんも首を振っている。
「そう言われましてね、実際に使えるもんは使えるとしか…」
「…ホープ、あんた本当に使えるんだな?」
「ええ、ですから先程から言ってるじゃないです」
ジミルもしつこい人だな。
「よし、分かった。ならちょっと表に出ろ」
「表に出ろ?決闘でもするつもりですか?」
「いや、そうじゃない」
ジミルはそう言いながら外に出てゆくのでついて行く。
「今ここで全属性の魔法を使ってみろ」
なんだそんな事か…
まだ疑っているんだな、まあ史上2人しかいないなら仕方ないか。
「どうした、早くやれよ」
ジミルは早くしろと言ってくる。
「ふう…わかりましたよ」
そう言うと自分は手頃な大きさの薪を持ってきて地面に立てた。
「それじゃあ行きますよ?」
「おお、早くしろ」
「はいはい…」
何からすっかな。
「それじゃあ『火の矢』」
とりあえず燃やしてみる。そして…
「『水球』『鎌鼬』『砂刺』」
あとは光と闇だけだな。
「『光線』『闇喰』」
これで火水風土光闇属性の魔法を使った。あとは時空属性だけだがこれは初めて使うので呪文詠唱が必要だ。
「この場を支配する力を掌握する。空間よ、我に従え『空間断裂』」
呪文詠唱が終わると同時に魔法が発動。空間がずれて立たせて置いていた薪が落ちる。
「ほら、言った通りでしたよね」
散々疑われていたので少し胸を張って強めに言う。
「……」
アレ?
「ジミルさん?」
「………」
どうしちゃったんだろう?
「おーい、ジミルさーん。起きてますかー?」
ちょっと目の前で手を振ってみる。
「…はっ!?」
良かった、気が付いたみたいだ。
「一体何が起こったんだ…?」
どうやら呆けているようだ。
「ん?ああ!」
そして自分と目が合った瞬間自分を指差して叫んだ。そして次はその手を見て急いで下げた。そして…
「も、申し訳ございません!!」
はあ!?
「え、なんで敬語なんですか?」
「あなた様は本当に全属性の魔法を使えるのにそれを疑い、あまつさえすべて見せろと命令するなど上からの物言い!なんなりと処分を下して下さい!」
え、ちょっと待って。
「ちょっと待って下さい。それと自分に…」
「私などに敬語を使わないで下さい!あなた様は史上3人目の『次元の魔導師』!あなた様がその気になればこの世界を思い通りに出来るのですぞ!そんな方が一平民に敬語など使わないで下さい!」
ワォ…なんか自分凄い人物になってるし…
「えっと分かり、オホン…分かった。これから聞くことに答えよ」
えっと、こんな感じでいいのかな?
「はい、なんなりとお聞きください」
良かったみたいだ。
「さっきお前が言っていた『次元の魔導師』とはなんだ?」
「はい、『次元の魔導師』とは、火水風土光闇時空の全属性を扱える方のみが使う事が出来る属性がございまして、それが次元属性なのです。なので全属性を扱える方を『次元の魔導師』と呼ぶのです」
「成程ね。それで次元魔法はどんな魔法が使えるんだ?」
「次元魔法はその名の通り、次元を操る事ができます。例えば異世界から怪物を召喚したり世界の裂け目をつくりその場を異界化させたりなどですね」
ん?異世界から召喚する?
「それは異世界に行くことも可能か?」
「恐らくできるかと」
よっしゃぁぁぁ!これで元の世界に帰れる!
「ただし」
ん?
「それには膨大な魔力が必要でしょう10万や100万ではとても足りません。たとえ魔力が足りたとしても呪文は国の最重要資料として国の禁書庫に厳重封印されているでしょう」
なんじゃそりゃあ!?
「他にお聞きになりたいことはありますか?」
「いや、特にない」
はあ、まじか…
「それでは私の罰をお決めください」
ああ、そんなのもあったなあ。
「…えっと、やっぱり決めなきゃダメ?」
「お好きになさって下さい」
ふーん、お好きにねぇ。
「…ではお前に罰を与える」
「はい」
「これからは前と同じように喋ろ、以上」
「今なんと?」
「俺と前のように喋ろと言ったんだ」
「しかしそれでは罰にならないのでは?」
「命令だ。これからこちらも前と同じように喋る」
「…分かりました」
渋々と行った様子で返事をする。
「これからもよろしくおねがいします」
「よろしく、ホープ」
「それでいんですよ!」
第一年上に敬語を使われるとかこっちが緊張してかなわん。
「だがリンダにはお前の事を言わなければならないだろう」
「んー、まあ言ってもいいですけど昨日と同じようにしろって言ってくださいよ?」
「ああ、分かっている」
この後、元に戻ったジミルと自分は家に戻った。
「ただいま」
「お帰りなさい。あなたどうだったの?」
「ああ、ホープは本当に『次元の魔導師』だったよ」
「ええ!?そ、それなら…!」
「あー、その事なんだが昨日と同じように接してやってくれ、ホープがそう望んでいるんだ」
「でも…!」
「ほら、ホープからも言ってくれよ」
「リンダさん、お願いしますから前と同じようにしてください」
「…まあ、本人が言うのだったら仕方ないわね」
「よろしくおねがいします。リンダさん」
「よろしく、ホープさん」
こうしていろいろと大変な事もあったが取り敢えずは、元通りの関係に戻ったのであった。
やっと乙夜が自分の異常性を知りましたね…