第8話 王家からの要請
王家からの要請はエンダイバー家へ直接ではなく、侯爵家から伯爵家へと伝わりリングル商会で止まる。
そして、王都からケビンがやって来たのは、出荷を止めてから一年後のことだった。
エンダイバー家の応接室に集まったのは、ミヒャエル、サムエル、ダニエルの領主一族。
執事のクリフォード。商会のスティーブとケビンだ。
傍から見れば、次期領主のサムエルはともかく、王家関連の重要な話し合いをする場に四歳となったダニエルがいるのはおかしな話。
それでも、ダニエルが強く希望し当事者でもあるため、ミヒャエルは同席することを許可したのだった。
◇
「なるほど。王太子殿下の婚礼の儀に、スパイダーシルク製のウエディングドレスを……」
ケビンの説明に、ミヒャエルは納得したように頷いた。
「はい。来年、婚礼の儀が執り行われるのはご存じだと思いますが、お相手の隣国の第一王女殿下が着用されるドレスを、スパイダーシルクで製作したいと。王都で(スパイダーシルクを)取り扱っている各商会へ、事前に打診がありました」
「それで、我がエンダイバー領からも繭を出荷してほしいのだな」
「特に最上級品、つまり、こちらから納品される繭はあるだけ確保してほしいとのことです」
「了解した。これまで止めていた分を、すべて出荷させる」
「ありがとうございます」
ミヒャエルの返答に、ケビンは安堵の表情を見せる。
回収者から預かっていた(ことになっている)繭は513個。
これまでは納品の際に端数を揃えていたが、今日は在庫をすべて放出する。
今回は王家が全量を買い取ることで、これまでの価格(銀貨二枚)よりさらに繭一つにつき銀貨一枚分が上乗せされていた。
513個×銀貨三枚で、ミヒャエルは売買契約書を交わす。
一枚が金貨十枚に相当する白金貨十五枚と金貨三枚銀貨九枚を、ミヒャエルは若干震える手で受け取ったのだった。
もともと繭の売り上げは臨時収入と考えていたため、一年間出荷を停止していてもエンダイバー家の財政にそれほど影響はなかった。
『三か月に一回』食べることができた王都のお菓子が『半年に一回』へ変更になったり、領内の整備計画が少し先送りになった程度。
先送りになったといっても優先順位の高いものから対処していたため、問題ないといえる。
(この金で、町の整備に再び着手できるな)
ミヒャエルは領主として、今後のことに考えを巡らす。
町の大通りは真っ先に石畳を整備したが、側道はまだ手付かずだった。
余力があれば、これを機に水路なども新設したいところ。
公共事業には地元の業者を多数起用しているため、領内に金が落ちる。
収入が増えれば皆が地元で金を使う。
仕事道具の整備や新調、衣料品の購入、飲食などで店が賑わう。
消費が増えたら、生産者も儲かる。
このように工事の恩恵にあずかれない業種にも広く波及し、町に活気が出る。
結果、税収が増えるという相乗効果があった。
(スティーブに頼んで、王都の菓子を取り寄せてもらおう)
可愛い息子たちの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
思わず笑みを浮かべたミヒャエルへ、ケビンはやや遠慮がちに口を開いた。
「実は、もう一つ重要なお願いがございまして……他領で回収された繭の洗浄を、回収者の方に依頼できないでしょうか?」
「ふむ、洗浄の依頼か……」
ケビンいわく、王家の本音としてはすべて最上級品の繭から作られたシルクを使用したいとのこと。
しかし、現状は需要に対して供給量がまったく追いついていない。
ならば、洗浄だけでも請け負ってもらえれば万事解決するのではないかと国の上層部は考えたようだ。
「回収者へ確認を取らなければならないが、具体的に繭の数はどれくらいになるのだろうか?」
「おそらく、10,000個は超えるのではないかと思われます」
「ハハハ……」
想像を絶する数に、ミヒャエルは乾いた笑いしか出ない。
ドレス一着分ともなれば、最低でもそれくらいは必要になるとケビンは言う。
「王家からの依頼料としましては、繭一つにつき銀貨一枚だそうです」
洗浄だけなのに、普通の繭の買い取り価格と同じ。まさに破格と言える。
それだけ王家が欲しているということ。
国に属する貴族として、王命を受けないという選択肢はない。
しかし、四歳のダニエルへやらせるには負担が大きすぎる。
そもそも、あの魔道具で洗浄だけを行えるのか。
様々な考えが頭をよぎるミヒャエルの隣で、ダニエルがサムエルへ耳打ちをしている。
小さく頷いたサムエルが、「父上、少々よろしいでしょうか?」と発言の許可を求めてきた。
おそらく、ダニエルが兄へ何かを伝えたのだろう。
ミヒャエルは続きを促す。
「貴族にとって、何を措いても王命は絶対です。エンダイバー家が責任を持って回収者を説得し、事に当たるべきかと」
どうやら、ダニエル本人ができると言ったようだ。
それを、サムエルが不自然さを感じさせないよう上手に伝えてくれた。
ならば、息子たちの思いを酌み、父は領主として行動するのみ。
「なるほど……たしかに、サムエルの言う通りだな。では、そちらの件もこちらに任せてもらおう」
「ご領主様、ご子息様、引き受けていただきありがとうございます。わたくし共も、これで肩の荷がおりました」
ケビンが明らかにホッとしている。
王命を受けた高位貴族がケビンの所属するリングル商会へ無理難題を押し付けたことは、想像に難くない。
間に挟まれたケビンたちは、さぞかし気を揉み苦労したことだろう。
高位貴族の理不尽さを身をもって経験している下位貴族のミヒャエルは、彼らに同情の念を禁じ得ない。
(それにしても、白金貨が百枚か……)
先ほどの十五枚でも大金だったのに、さらに桁が一つ違う。
これで、領内の整備をすべて終えることができるだろう。
これまで苦労をかけてきた従者たちの給金を、多少なりとも引き上げることもできる。
息子たちの入学資金の目処も立つ。
常に財政難で青息吐息だった昔を思えば、本当に有り難いと思う。
しかし、これはあくまでも臨時収入。
金銭感覚を失わないよう、これまでと同様に無駄遣いをしないよう、改めて気を引き締める父ミヒャエルだった。




