第6話 新たな魔法
ダニエルの魔道具は、魔力量の増加により第一形態から第二形態へ進化していた。
「ダニエル様は、新たに攻撃手段を手に入れられたと聞きました」
「うん。ちょっと、みてて」
ダニエルは木人形の前に移動する。
手を離れ飛び出していったハンディクリーナーから青白い炎が勢いよく吹き出し、あっという間に木人形を炭人形へと変えた。
「なんと!?」
マティアスが驚くのも無理はない。ダニエル自身も、最初はその威力にびっくりしたのだから。
ダニエル・エンダイバー(三歳)
属 性:無属性【ジョウカ魔法:浄化、浄火】
魔力量:706
【浄火】(神に捧げる汚れのない火)
自身の能力を驕ることなく、ダニエルは真面目に鍛練を続けてきた。
その甲斐もあり、魔力量は七歳児並みに増えていた。
そして更に、新たなジョウカ魔法が発現したのだった。
◇◇◇
発現したのは、昨日。兄弟二人で散歩がてらお墓参りに行った帰り道でのことだった。
サムエルの母や祖父母らのお墓は、エンダイバー家の先祖が眠る墓地の一角にある。
屋敷からは歩いて30分ほどの場所にある、小高い丘の上だ。
辺りには野花が咲き乱れ、長閑な田園風景が広がる。
エンダイバー家では、この程度の距離でいちいち馬車や馬などは使用しない。
経費節約のため、たとえ領主であろうと、ひたすら歩くのみ。
そのおかげで、木の陰に捨てられていたダニエルは拾ってもらえたのだ。
この日も、幼いダニエルの歩幅に合わせて、二人はのんびりと帰路の田舎道を歩いていた。
片田舎であるが、町の治安は良い。
森の奥へ入れば大型の魔物もいるが、昼間であれば草原に脅威となるような魔物は出てこない。せいぜい、子供でも対処ができる小物程度。
二人が道で遭遇したのも、二匹のホーンラビットだった。
額に角がある兎のような魔物で、角を突き立て突進する習性がある。
刺されればケガを負うが、サムエルは慌てることなく腰に差した剣を抜く。
もちろん、火属性を付与することも忘れない。
二匹の攻撃を難なくかわし、的確に急所を狙い切り捨てた。
「お~、あにしゃまは、すごいでしゅ!」
さすが、我が兄。惚れ惚れするようなカッコ良さである。
サムエルは外出時には常に携帯している縄を取り出し、慣れた手付きで二匹を縛っていく。
小型ナイフも装備はしているが捌く技術はないため、屋敷に持ち帰り使用人に処理をしてもらう。
角や毛皮は素材に、肉は食材となる。
「ほとんど、きじゅがないでしゅ」
「フフッ……状態が良いほうが、高く買い取ってもらえるからね」
「そうでしゅね」
ミヒャエルとサムエルの意識改革がなされたのは、ダニエルのおかげだ。
これまでは『支出』、つまり無駄遣いをしないようにはしていたが、他は特に気にすることはなかった。
ところが、ダニエルが回収したシルクスパイダーの繭に衝撃を受ける。
同じ物でも、状態が良いだけで買い取り価格に大きな差が出ることを初めて認識したのだ。
商人や冒険者にとっては常識でも、生まれながらの貴族にとっては違う。
父と兄は、物の価値を常に意識するようになった。
ホーンラビットの血の臭いに誘われたのか、別の魔物が出てきた。
雑魚モンスターの代名詞であるスライムだ。
通常サイズよりはやや大きめの、中型サイズのものが五匹いる。
「しゅらいむは、ぼぶがやりゅ!」
「ダニエル、接触されないよう気をつけて」
「あい」
スライムは酸性の粘液で獲物を溶かすため、多少注意が必要だ。
皮膚が粘液に触れれば火傷を負ったようなケガをするし、服なら穴があく。
「じょーか!」
ダニエルが具現化させたのは、ハンディクリーナーだ。
卓上クリーナーより、吸引力も収容量も向上している。
ハンディクリーナーをスライムにむけて飛ばすと、スポンスポンと次々に吸引していった。
ちなみに、第二形態から第一形態へ戻すこともできる。
ダニエルが自身の能力を調べたところ、卓上クリーナーを具現化させるのに必要な魔力量は『300』。ハンディクリーナーなら、『500』が必要だった。
なお、卓上クリーナーではスライムが吸引できないことは確認済み。
「ダニエルの魔道具だと、外皮も魔石も綺麗な状態で回収できるからホント便利だね」
スライムは、核を狙えば子供でも簡単に仕留めることができる。
しかし、核=魔石だから、どうしても外皮に大きな傷が付いたり魔石が欠けてしまう。
そうなると、買い取り価格も下がる。
ところが、ダニエルの魔道具なら魔石を取り出す最低限の穴一つだけで分別回収ができてしまうのだ。
ある日、屋敷の庭に紛れ込んだスライムを、たまたまダニエルが見つけた。
ハンディクリーナーで吸引を試みたところ、あっさりと成功。
回収できた外皮と魔石をスティーブの商会へ査定に出すと、通常買い取り価格の五倍の値が付く。
傷の少ない素材に対する付加価値というものだった。
スライムは生息数が多く、それほど脅威でもない。
昔から、子供が小金を稼ぐのに適している魔物と言われている。
一体で鉄貨一枚~と安値で取引されているが、それでも五倍の値が付くのは大きい。
進化した魔道具で、幼いダニエルでも安全にスライムが狩れることがわかり、同伴者がいれば外出の許可が下りるようになったのだった。
(今日のスライムは、いつものより大きめだから、期待ができるな)
一体が、鉄貨七枚くらいにはなるだろうか。
通常買い取り価格の七倍。考えただけで笑みがこぼれ自然と足取りも軽くなる。
兄弟は意気揚々と帰り道を急ぐ───そんな時だった。
「冒険者同士の喧嘩だ!」
「急いで、詰所へ連絡しろ!!」
大きな声が聞こえた。あまりの騒々しさに二人は顔を見合わせる。
先の道で男たちが争っているようだ。
領主一族として、見て見ぬふりをするわけにはいかない。
サムエルとダニエルはすぐに駆けだしたが、すぐにダニエルが遅れ始めた。
「あにしゃまは、しゃきにいって! ぼぶは、だいじょうぶでしゅ!!」
八歳と三歳では体格差がありすぎる。
兄の足手まといには、なりたくない。
ダニエルは攻撃魔法を行使できないが、いざという時は手元のハンディクリーナーをぶつける(物理)攻撃をすればいい。
サムエルは一瞬迷いを見せたが、ダニエルが頷くと走るスピードを上げた。
◇
冒険者たちは、二対二で戦っている。
十代後半の若者たちと、三十手前の男たち。
通りがかった人々が、遠巻きに争いを眺めていた。
駆けつけたサムエルが目撃者から話を聞くと、口論から突然戦いになったらしい。
騎士団の詰所に知らせは行ったが、騎士の到着にはまだ時間がかかる。
サムエルは、冒険者たちにゆっくりと近づいていった。
「双方とも、直ちに争い止めよ。これは、エンダイバー家からの命令である」
領内の治安。そして領民を守ることは、領主の嫡男であるサムエルの務めだ。
「詰所にて事情聴取をおこなうゆえ、武器を捨てよ。大人しく従えば、悪いようにはしない」
サムエルの言葉に、二組はそれぞれ別々の反応を見せた。
「俺たちは、依頼を受けて来ただけだ。何も疾しいことはない」
「(事情を)話せるところまでは、正直に話をしよう」
「おい、マズいぞ。男爵家の関係者だ」
「よく見ろ。相手はガキ一人だ。急いで逃げるぞ」
三十手前の男たちは素直に命令に従ったが、若者たちはすぐに逃走を開始した。
もちろん、それを見逃すサムエルではない。
「ファイアーボール」
何発か威嚇射撃をすると一人はすぐに観念したが、もう一人は諦めが悪かった。
野次馬を盾にしてサムエルの追撃を阻止し、仲間を置き去りにしてそのまま走り去っていく。
先に投降した冒険者たちが一人の身柄を拘束してくれたが、子供のサムエルの足では追いつけない。
誰もが逃げられたと思ったそのとき、若者の絶叫が響き渡る。
ズボンの後ろに穴が開きお尻が丸出し状態の男が、道端に倒れていた。
◇
若者の一人に逃げられそうになり、ダニエルは即座にハンディクリーナーを男へ飛ばした。
後ろ姿目がけて追突させるが、男は逃走を止めない。
兄のように、自分にも一つくらい有用な攻撃手段があれば足止めができるのに……とダニエルが思ったそのとき、ピコン!と鳴ったのは久しぶりに聞く電子音だ。
ステータスが自動的に表示される。
ダニエル・エンダイバー(三歳)
属 性:無属性【ジョウカ魔法:浄化、浄火】
魔力量:198
ダニエルが『浄火』の文字を認識した瞬間、ハンディクリーナーから火が吹き出る。
結果、男のズボンに穴が開いたのだった。
◇◇◇
「この魔法で、ダニエル様は冒険者の『尻』を焼いたのですね。三歳で、なんと恐ろしい攻撃を……」
「まちあしゅ(焼いたのは)おちりじゃなくて、じゅぼんだよ!」
「ハッハッハ! ダニエル様は、ツッコミが早くなりましたね?」
大袈裟に驚いてみせたマティアスに、即座に突っこむダニエル。
この辺りの二人の息はピッタリだ。
生真面目なジェラルドと違い、マティアスはたまに冗談も言ってくる。
このノリの良さを、ダニエルは嫌いじゃない。
「ぼぶも、あにしゃまみたいにまものとたたかいたい。でも……とうしゃまがダメだって」
「ハハハ……さすがに、スライム以外は許可されないでしょうね」
好戦的な三歳児に、マティアスも苦笑いを浮かべるしかなかった。




