第5話 魔道具の進化
あれから月日は流れ、ダニエルは三歳になった。
朝、目覚めると、ダニエルは顔を洗いすぐに身支度を整える。
鏡の前に立つと、銀髪に緑眼の男児が映っていた。
これが、現世での姿である。
寝ぐせはないか。服がきちんと着られているか。全身をくまなく確認をしてから部屋を出た。
「おはよー、くりふ」
「ダニエル坊ちゃま、おはようございます。今日も良いお天気になりそうですね」
挨拶を返してくれたのは、エンダイバー家の執事をしている壮年の男性だ。
ラノベに登場する執事といえば『セバス』か『セバスチャン』という名が多かった気がするが、彼の名はクリフォード(四十二歳)である。
「じゃあ、きょうもおしょとでしゃむえりゅあにしゃまと、まほうのくんりぇんだね」
「ほっほっほ、ダニエル坊ちゃまは本当に魔法がお好きですな」
「うん。まほうがたくしゃんつかえるように、がんばりゅ」
ダニエルの中身はとっくに成人済の男である。しかし、体が幼児だからか話し言葉がどうしても拙くなる。
いい大人だから語彙力はあるはずなのに、舌足らずで口調が追いつかない。
行動も実年齢に引っ張られるのか、全体的に幼い。
最初は自身の言動に羞恥心を覚えたが、こればかりは仕方がないと諦め開き直った。
「腕を磨き、旦那様とサムエル坊ちゃまを支えてくださいませ」
「ぼぶにまかしぇて!」
「ほっほっほ、頼もしいですな」
ダニエルがクリフォードと共に食堂へ向かうと、もうすでに父と兄が待っていた。
「とうしゃま、あにしゃま、おしょくなりました」
ダニエルは急いで席に着く。
クリフォードが用意してくれた踏み台にのれば、大人用の椅子に設置された補助椅子にも一人で座れる。
「ダニエル、慌てなくてもいいぞ。今朝も、一人で着替えができたのだろう?」
「あい」
「僕の弟は、ホント可愛いし賢いな」
天使の兄が今日も微笑んでいる。
成長しても、やはり天使様の可愛さは健在だった。
「ぼぶよりも、あにしゃまがかわいいでしゅ」
つい本音が漏れてしまう。
どんなに可愛い女の子でも、我が兄には太刀打ちできまい。
後光を前に霞んでしまうことだろう。
「ははは、ありがとう。でも、『可愛い』と言われるのは、少々複雑な気分だね……」
天使の顔に、やや影が差した。
ダニエルは、はたと気づく。
いつまでも叔父と甥のような感覚でいたが、考えてみればサムエルはもう八歳だ。
小学生の男の子が可愛いと言われても、嬉しくはないのだろう。
ならば、言葉を変えるだけ。
「あにしゃまは、せかいいちかっちょいいでしゅ」
「!?」
幼いダニエルから嘘偽りのない眼を向けられ、サムエルの顔が今度は真っ赤に染まる。
「あ、ありがとう……ダニエル」
「うん、うん。兄弟仲が良いのは、いいことだ」
父が満足そうに頷いたところで、食事が始まった。
◇
朝食を終えると、ダニエルは兄と一緒に庭へ出る。
魔法の訓練とはいっても、エンダイバー家に鍛練場のような立派な施設はない。
貴族とはいえ、男爵という下位貴族。
領地は、王都まで馬車で十日間もかかるほどの場所にある片田舎。
ちなみに、『田舎』と『片田舎』のどちらが田舎かといえば、片田舎なのだ。
その分領地は広いが、未開拓の土地が多い。
治めているのは一つの町だけで、税収は他の領地と比べると少ない。
決して裕福ではなく、どちらかと言えば貧乏な部類に属する。
これが、エンダイバー男爵家の実情である。
でも、従者や使用人は皆善人ばかり。父や兄も含めて家族のような雰囲気だ。
そんな距離感が、前世で基本的に身分差のない日本で生まれ育ったダニエルには合っていた。
この家の養子になれて本当によかったと、しみじみと思う。
恩を返すために、領地を発展させるために、これからもダニエルは自分にできることを精一杯頑張るのみ。
◇
貴族の子供は十二歳になると、王都にある王立学園へ通うことが義務付けられている。
それまでは領地で自主学習をするのだが、エンダイバー領は片田舎だから優秀な家庭教師はなかなか来てくれない。
来てもらえたとしても報酬が高額となり、金銭的な余裕がないエンダイバー家ではそもそも無理な話。
だから、座学は執事のクリフォードが。実技は、剣技が騎士団長のジェラルド(三十五歳)で、魔法は副団長で魔導士のマティアス(三十歳)が担っていた。
「サムエル様、さっそく自主練習の成果を見せてもらえますか?」
「わかった」
マティアスの前に兄が進み出る。
サムエルの左手人差し指にも、指輪がはめられている。色は赤。
これは火属性を表していると、ダニエルは以前教えてもらった。
「ファイアーボール」
詠唱と共に打ち出されたのは、運動会の玉入れで使用する玉と同等の大きさの火の玉だ。
庭の隅に設置された土壁の的へ真っすぐに飛んでいき、的の中心からやや右側に逸れた箇所へ当たった。
「惜しいですね。もう少し左側へ意識すれば、中心へ当たるようになるかと」
どうやらサムエルは、右側に傾く癖があるようだ。
マティアスの言葉を真剣な表情で聞きながら、兄は数回打ち出しを繰り返した。
「では、次は剣へ属性を纏わせてください」
魔法担当のマティアスに代わり、今度は剣技担当のジェラルドが前に出る。
サムエルは、手渡された子供用の剣へ左手をかざした。
「エンチャント」
次の瞬間、鍔から上に向かって炎が走る。
前回よりも、付与にかかる時間が早くなっていた。
従者たちは忙しい仕事の合間を縫って、指導のための時間を割いてくれる。
それ以外は、教えられたことを自分たちで繰り返し練習を続けている。
サムエルの日頃の鍛練の成果が出ていることをダニエルは嬉しく思った。
「お見事です!」
ジェラルドもマティアスも、上手にできれば褒めてくれる。
それは、領主の子供だから持ち上げてご機嫌取り…ではなく、駄目なところは駄目だとはっきりと指摘もする。対等な関係だ。
ジェラルド指導の下、サムエルが木人形へ打ち込みの練習を始めた。
剣技は、魔法を付与しなくとも技を磨けばよい。
事実、指輪がない者は技術を磨いており、エンダイバー家の騎士団の中にも、そのような者が大勢いる。
それでも、属性を付与できれば攻撃の威力は増す。身を守る術も増える。
そのため、指輪を所持する貴族の子息は付与魔法も真剣に練習をするのだ。
「ダニエル様、お待たせしました」
兄の勇姿を眺めていたダニエルのところに、マティアスがやって来た。
この世界では、魔法や剣の訓練は五歳ごろから始めるのが普通らしい。
一歳のときの教会や庭での自身の行いが相当異常だったことは、今のダニエルならわかる。
父や兄は度々のやらかしに驚いていたが、ダニエルを忌諱することも畏怖することもなく温かく見守ってくれていた。
そして、三歳から訓練を受けることを特別に許可してくれたのだ。
これには、おっとりとした性格のサムエルを奮起させることを目的とした、父の思惑もあったのだが。
剣を魔道具として具現化させることができないダニエルは、剣技は早々に諦め魔法の腕を磨くことを決めた。
継続的な繭の収入で菓子の購入、古びた屋敷の修繕や町の整備などは少しずつ行われてはいる。
それでも、もっともっとエンダイバー家に、領地に貢献をしたい。
あと四年で王立学園へ行くサムエルの学費も、姉が甥の学資保険に加入していたように今の内から積み立てておけるように。
お金は、いくらあっても困るものではないのだから。
「まちあしゅ、おねがいしましゅ!」
ダニエルは大きな声で挨拶をし、気合を入れた。
「では、拝見しましょう」
マティアスを前に、ダニエルは一度大きく深呼吸をする。集中力を高めていく。
それから、再び大きな声で詠唱した。
「じょーか!」
発現したのは、具現化した魔道具だ。しかし、卓上クリーナーではない。
三歳の子供の手には大きい物だが、重さはない。
ダニエルは両手でしっかりと持つ。
それは『ハンディクリーナー』だった。
ダニエルの魔道具は、第二形態へ進化していた。




