第3話 塵《ちり》も積もれば……
教会で蜘蛛の巣を吸引したダニエルは、屋敷に戻ってからゴミを取り除こうとしていた。
コンパクトな卓上クリーナーは収容量が少ないため、こまめに捨てなければ詰まってしまう。
執務室にある応接セットのソファーに座らされたダニエルは、慣れた手付きで蓋を外す。
そこにあったのは、白い繭のようなものだった。
(まるで、蚕みたいだな)
おそらく、蜘蛛の巣がたまたま丸く纏まったのだろう。
小さな指で摘まんで眺めていたら、横に居た兄のサムエルが「えっ!?」っと声を出した。
「ダニエル、ちょっとそれを見せてくれないか?」
「ブブ(どうぞ)」
(男の子は、ホント虫とか好きだよな……)
甥が幼稚園児のときに、園庭で見つけたダンゴムシをポケットに十数匹入れて持ち帰り、家で大惨事になったという姉の話を思い出す。
ダニエルは微笑ましく兄を見つめるが、当のサムエルは虫好きというわけではない。
幼い弟が異物を口に入れないか、隣から目を光らせていただけである。
「これって、どう見ても『シルクスパイダー』の繭だよな……」
(シルクスパイダーの繭?)
兄の呟きに『ただの蜘蛛の巣じゃないの?』とダニエルが首をかしげる中、サムエルが執務机に座るミヒャエルのところへ繭を見せに行く。
父は、執事や騎士団長・副団長の重臣三人と顔を突き合わせ話をしていた。
議題はもちろん、ダニエルの教会でのやらかしについてである。
「ダニエルの魔道具で(シルクスパイダーの)繭が作られた、だと?」
「このような白く輝く繭など、見たこともございません」
「魔道具で、不純物が綺麗に取り除かれているのでしょうか?」
「これ一つでも、そこそこの値はするでしょうな」
(『そこそこ』ということは……銅貨一枚くらいだろうか)
たとえ単価は安くとも、塵も積もれば山となる。
高価過ぎてめったに口にできない王都のお菓子を皆へ振る舞えるかもしれない。
ダニエルの顔に思わず笑みが浮かぶ。
エンダイバー領は片田舎だから、魔物の出る危険な森まで行かずとも屋敷の庭には蜘蛛の巣などいくらでもある。
どれがシルクスパイダーの巣かはわからないが、手当たり次第に回収していけば当たりはあるはず。
蜘蛛は殺さず巣だけを狙えば、また巣を張ってもらえ無限に回収ができる。
設備投資や維持費はおろか、作業はダニエル自身が行うため人件費も掛からない。
支出はゼロで、たくさん回収するほど収益が増える。
ついでに、魔法の練習にもなる。
良いこと尽くめで、やらない理由がない。そうと決まれば、即行動あるのみ。
翌日から、小金稼ぎを兼ねた庭の散歩が始まった。
しかし、このときのダニエルは気づいていなかった。
周囲の大人たちの行動を観察しお金の価値について大まかには理解していたが、商品の価値についてはほとんど理解していなかったことに。
◇
この世界にも、蚕のような生き物は存在している。
餌となる葉を用意し、飼育して繭を作らせ、生糸を取り出しシルクとなる。
蜘蛛の中でもシルクスパイダーの巣だけは同様の素材となるが、こちらはとても貴重な物。
蜘蛛は葉ではなく虫を捕食し共食いもするため、飼育は非常に困難を極める。
回収方法は、建造物や野山に自然に作られた巣を人手をかけて集めるのみ。
しかも、風魔法の使い手によって一つに纏める『繭化』という作業を経る必要がある。
そうしなければ綺麗に回収ができないからだ。
回収した繭を洗浄し生糸を取り出して、ようやく素材として完成となる。
通常のシルクより艶や手触りが良い『スパイダーシルク』は、貴族からの人気が高い。
需要はあるが手間暇と人件費がかかるため、繭の状態であれば商会などに高額で買い取ってもらえるのだ。
ちなみに、繭一つあたり銀貨一枚での取引が基本。
つまり、ダニエルの予想×10倍が本来の価値だったということ。
◇
何も知らないダニエルは、毎日コツコツと回収作業を進めた。
片田舎の男爵家にはそれほど使用人はいないため、散歩には兄サムエルが付き添っている。
ただし、子供二人を放置しているわけではない。庭には庭師がいたりメイドが掃除や洗濯などで、常に大人がダニエルたちを見守っている。
見た目は幼児でも中身は大人のダニエルが危険なことをするわけもなく、安全に慎重に作業は続く。
傍目には魔道具で遊んでいるようにしか見えず、父も兄も止めさせることもない。
魔力は魔道具を発現させる時のみ消費されるため、自らが解除もしくは意識がなくなるまでは魔道具は手元に残る。
幼児ダニエルの目下の最大の敵は、お昼寝タイムだ。
昼寝から目覚めても、魔力が回復していなければ魔法は行使できない。
実年齢より魔力量が多いとはいえ、現状具現化は一日一回が限度だった。
(やはり、もっと魔力量を増やさねば……)
王都からのお菓子を、年に一度くらいは口にできるように。
甘味を口にしたときの兄のとろけるような笑顔を拝むために、弟は精進を重ねることを改めて決意する。
繭の回収は一日に1~2個ほどと少ない。それでも、それが毎日ともなれば当然数も多くなる。
そして、ダニエルの努力が実を結び、その半年後───塵が積もって大山となった。




