第2話 魔法の属性
異世界へ転生し魔法が行使できると知ってから、男あらためダニエルは毎日欠かさず訓練をしていた。
体内の魔力を動かして消費し、魔力量を増やすラノベ定番のあの作業である。
魔法を行使するには、指輪を経由しなければならない。
それぞれが持つ魔法の属性は、指輪の色を見ればすぐに判別ができる。
治癒魔法が使える父ミヒャエルの指輪の色は金。これは光属性を表していた。
火属性なら赤色。
風属性なら緑色。
水属性なら青色。
土属性なら茶色。
転生者のダニエルにとっては、とてもわかりやすかった。
では、ダニエルの銀色の指輪は何属性なのか。
ダニエルが一人歩きができるようになった頃、能力の鑑定をするためにエンダイバー家が治める町の教会へ連れて行かれた。
もちろん、父と兄も一緒だ。
指輪を授かっても、この世界では生まれてすぐには鑑定をしない。
ごく稀に指輪の色(属性)が変化することがあり、生まれてから一年経ったころに鑑定をするのが慣例となっていた。
ミヒャエルが司祭へ挨拶をし、御布施を納める。
その後個室へ通されたあと、テーブルの上に水晶玉が置かれた。
司祭はすぐに部屋を出て行く。親子三人だけが残された。
水晶玉を手で直接触れると、鑑定ができる仕様になっている。
赤子の頭と同じくらいの大きさのものだが、小さなダニエルでは椅子に座っても手が届かない。
どうにか触ろうとジタバタしていると、兄のサムエルが自分の膝の上にのせてくれた。ダニエルの両手が動かないよう自身の両手を添えて支えてくれる。
兄としての自覚が芽生えた天使サムエルの成長を、ダニエルは甥を愛でるような叔父目線で頼もしく思う。
ミヒャエルも、微笑ましく息子たちの様子を眺めていた。
しばらくすると、水晶玉にダニエルの属性と魔力量が映し出された。
ダニエル・エンダイバー(一歳)
属 性:無属性【×△※●魔法】
魔力量:323
「珍しい指輪だと思っていたが、やはり『無属性』だったか。後ろの文字は、文字化けしていてほとんど読めないな。それに、この歳にしては魔力量も多い……」
ミヒャエルが横から真剣な表情で眺めている。
この世界では年齢×100くらいが一般的な魔力量の数値となるのだが、ダニエルの魔力量は『323』。
つまり、現時点で三歳程度の魔力量を有しているということ。
特訓の成果が出ていることに、ダニエルは子供らしからぬ表情でニヤリと笑った。
「父上、無属性とは具体的にどのようなものなのでしょうか?」
「他の属性と比べて、かなり少ないらしい。百人の内に、一人か二人程度だと聞いたことがある。無属性の特徴としては、神より授けられた魔道具を具現化させることができるようだ」
ミヒャエルはこうなることを予想し、事前に無属性に関する資料を読み込んでいた。
ちなみに、父が十年程前の王立学園時代に学んだ記憶を総動員したことを、息子たちは知らない。
サムエルがミヒャエルへ向ける、キラキラとした尊敬のまなざしが眩しい。
父としての面目が無事に保たれた瞬間を、ダニエルはこっそり見届けた。
「指輪ではない、もう一つの魔道具ですか。すごいですね!」
「他の属性魔法と同じで、魔力量の増加によって具現化させられるものが進化するらしい」
たとえば、ミヒャエルの治癒魔法であれば『ヒール』が『ハイヒール』になるようなもの。
水晶玉に手を置いたままのダニエルは、父と兄の会話をしっかりと聞いていた。
今はまだ「バブ」とか「アウアウ」としか話せないため、ミヒャエルに質問ができないのがとても残念ではあったが。
ただし、父が文字化けしていると言った箇所は、ダニエルにはしっかりと読めていた。
(わざわざ『ジョウカ魔法』とカタカナで記載されているが、どんな魔道具が出てくるのか……)
今すぐにでも試してみたい衝動に駆られる。
しかし、まだ一歳の子がおこなってよいものなのか。異世界の常識がわからないダニエルは迷った。
でも、やってみたい。好奇心が抑えきれない。
魔法を行使するなど、まさにファンタジーの世界。
前世では絶対に叶わなかったことなのだから。
『やる』べきか、『やめる』べきか。
う~ん、う~んと唸っていたら、便意を催したと勘違いをされてしまった。
天使の兄にお尻のニオイを嗅がれたときは死ぬほど恥ずかしかったが、すぐに誤解は解けた。
ホッと息を吐く。
(うん、『やらない後悔』より、『やった後悔』だ!)
この先、自身の運命がどうなるかなど誰にもわからない。
いつ死んでしまうとも限らないのだ。前世の自分のように。
「アブブ!(ジョウカ!)」
何を詠唱すればよいのかわからなかったから、取りあえず魔法名を叫んでみる。
体内の魔力が動いた気がした。
すると、水晶玉の上に何かがコロンと落ちてきた。
それは銀色をした円柱型のもので、ダニエルの拳くらいの大きさだ。
水晶玉に当たり、勢いよくコロコロとテーブルの上を転がる。
ダニエルより先に拾い上げたサムエルが、首を傾げた。
「父上、これは何でしょうか?」
「銀色の物体……もしや、ダニエルが魔法を行使したのかもしれない」
「えっ! では、これは魔道具ですか?」
ダニエルが手を伸ばすと、サムエルが手渡してくれた。
どのような魔道具なのか興味津々の二人を前に、ダニエルはじっくりと観察し結論を出す。
(これは……『卓上クリーナー』だ)
卓上クリーナーとは、その名の通り机の上を綺麗にするもの。
前世では、消しゴムのカスやパンくず・パソコンのキーボードなどを掃除するのに重宝していた。
性能を確かめるべく、さっそく魔道具を動かしてみよう…と思ったが、テーブルの上は埃一つない。
テーブルの下にも。
部屋の中は掃除が行き届いていた。
何か吸い込めるものはないか。
ふとダニエルの目に留まったのは、天井の角に張られた蜘蛛の巣だった。
掃除道具が届かなかったか、もしくは、つい今しがたできたものなのだろう。
あそこまで手が届いたらな…と思ったその時、卓上クリーナーが蜘蛛の巣を目掛けて飛んでいく。
吸引音もなく蜘蛛の巣を吸い込むと、すぐにダニエルのもとに戻ってきた。
ピコン!と脳内に電子音が響く。目の前にステータス画面が表示された。
ミヒャエルやサムエルは反応していない。
どうやらこれは、ダニエルにしか見えていないようだ。
ダニエル・エンダイバー(一歳)
属 性:無属性【ジョウカ魔法:浄化】
魔力量:23
(なるほど! 浄化魔法だから、魔道具がクリーナーなのか。 さすがはファンタジーの世界!!)
魔道具が突然出現したことよりも、自分の思うがままに操れたことに興奮してしまったダニエルは、自分が非常識なことをやらかしたことに気づいていない。
六歳のサムエルでさえ、魔法の訓練を始めたのはつい一年前のこと。
生後まだ一年程度の子供が、簡単に扱えるわけがないのだ。
「「…………」」
父と兄は、無言で顔を見合わす。
魔道具を握りしめながらご機嫌な様子のダニエルを連れ、父子はそそくさと教会をあとにしたのだった。




