第20話 フォスター領への招待
ダニエルは、兄のサムエルとともに馬車に乗っていた。
馬車の外装には鷹のような鳥が描かれており、内装はとても豪華だ。
座席のシートは硬くなく、座り心地は悪くない。
それでも、乗り慣れていないダニエルには窮屈で仕方ない。
窮屈さを感じてしまうのは、着慣れていない余所行き用の服を着せられているせいでもあった。
「兄上、巻き込んでしまい申し訳ありません」
「気にするな。貴族である以上、こういう場には遅かれ早かれ招待されるものだ。私は学園で経験済みだし、ダニエルも入学前の良い機会だと思っておけばいい」
「粗相をして兄上にご迷惑をかけないよう、頑張ります」
貴族とは、本当に面倒だと思う。
前世、庶民だったダニエルはため息しか出ない。
それでも、自分で蒔いた種だから、自分で刈り取るしかないのだ。
◇◇◇
エンダイバー家に届いたのは、フォスター伯爵家からの書簡だった。
使者は返事を持ち帰らなければならないとのことで、応接室に待たせてある。
執務室で、ミヒャエルはすぐに手紙を開封した。
薄々と予想はしていたが、サムエルとダニエルを伯爵領に招待したいという内容だった。
各派閥では、学園の長期休暇を利用して親子ともども団結を深める行事が様々おこなわれる。
今回の招待も、派閥内の子供らを集め懇親会を開くとのこと。
「どう考えても、参加を断ることはできないだろうな」
「派閥に所属していないとはいえ、伯爵家からの招待を断るにはそれ相応の理由が必要かと」
執事のクリフォードが淡々と答える。
それこそ、兄弟が流行り病にでも罹っていないかぎり参加は不可避なのだ。
使者に参加意向の書簡を渡し、ミヒャエルは息子たちへ事後報告をする。
サムエルは「私が責任を持ってダニエルの面倒をみます」と宣言。
話を聞いて涙目になっていたダニエルは「兄上、ありがとうございます!」と抱きついたのだった。
◇◇◇
エンダイバー領からフォスター領までは、五日間ほどの旅だった。
道中では二人に伯爵家から専属の使用人が付き、何不自由なく過ごすことができた。
懇親会は、領都郊外にある伯爵家の別荘でおこなわれる。
田舎とは違う、都会の森と表現すべき綺麗に整備された場所に、豪華な屋敷があった。
奥には湖も見える。
ここが別荘だという。
「兄上、別荘なのに我が家よりも大きいですね……」
「さすが、フォスター伯爵家だな」
多少気後れしつつ、サムエルに続いてダニエルは馬車を降りた。
二人を出迎えたのは、青みがかった金髪に水色の瞳を持つ少女。
シオン・フォスターだった。
後ろには、中年の侍女が控えている。
「シオン様、初めまして。サムエル・エンダイバーと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「遠路はるばる、ようこそフォスター領へ。あなた方を歓迎いたしますわ」
前回とは違い、シオンは貴族令嬢らしい振る舞いをしている。
ダニエルも負けないよう、クリフォードに教わった礼儀作法を総動員する。
「シオン様、お久しぶりでございます。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
澄ました顔で挨拶をしたら、シオンと目が合った瞬間に盛大に吹き出された。
「アハハ! ダニエルったら、そんな顔で挨拶するんだもん。つい、笑っちゃったわ」
真面目に挨拶をしたのに、笑われてしまった。
そんな顔って、どんな顔だよ!のツッコミは、ダニエルの心の中だけでしておく。
「……お嬢様、言葉が乱れております」
「あら、ごめんなさい。つい、うっかり……」
中年侍女の小言にも、シオンはどこ吹く風だ。
「他の参加者はすでに到着しているのよ。さっそく皆へ紹介するわ。わたくしの後に、ついてきて」
薄緑色のドレスを翻し、シオンは颯爽と歩いていく。
兄弟は慌てて後ろに続いた。
◇
案内されたのは、大広間のような部屋だった。
サムエルよりも年上の者からダニエルよりも年下の者まで、男女問わず参加者がそこかしこで談笑している。
初めて遭遇する貴族だらけの集団に、ダニエルは萎縮した。
そんな弟の頭を、兄が優しくポンポンと撫でる。
「学園へ行けば、もっと大勢の貴族たちと会うことになる。その予行演習だと思えば、気が楽だろう?」
そっと囁かれた言葉に、多くの勇気をもらう。
(前世の自分よりも年下の子供相手に、何を緊張しているんだ)
そう思ったら、肩の力がスッと抜けた。
「表情が、いつものダニエルに戻ったな」
「兄上、ありがとうございます」
「普段通りに対応すれば、いいからな」
「はい」
シオンと一緒に部屋に入ってきた兄弟に、周囲が話を止め視線を向ける。
「皆さま、ご紹介いたします。こちらは、エンダイバー男爵家のサムエルさんとダニエルくん兄弟です」
エンダイバーと聞いて、周囲がざわざわし始める。
「あのエンダイバー家か……」や「この派閥に所属したのか」などと聞こえてくる。
知らない、聞いたこともないとは、誰も言わない。
田舎の男爵家が、他貴族の子供にこれほど認知されているとは。
ダニエルの想像を遥かに超えていた。
子供が知っているということは、当然大人も知っているということだから。
そのとき、輪の中心にいた若い男性がパンパンと注目を集めるように手を叩いた。
フォスター家の嫡男マルクだ。
「諸君らも、エンダイバー領のめざましい発展ぶりには驚かされていると思う。私とシオンは機会があり、先月領都を視察させてもらったのだ。町自体は決して大きくはないが、見習うべきところが多々あった」
道の舗装や水路の整備など、マルクは具体的に例を挙げていく。
「最近では、街道の横に側道を作り馬車と人を分ける施策をおこなった。その評判は、諸君らの耳にも届いているはずだ」
マルクの問いかけに、皆が大きく頷いている。
「ここで、誤解のないように伝えておく。エンダイバー兄弟は、我が家が直々に招待した客人だ。エンダイバー男爵家が派閥に所属したわけではない」
派閥の中心的存在であるフォスター伯爵家の嫡男の言葉に、皆がしんと静まり返る。
彼の言葉がどんな意味を持つのかダニエルには理解できなかったが、サムエルは明らかにホッとした顔をした。
首をかしげている弟に、兄はこそっと解説をする。
いわく、派閥に所属したと思われれば、下位貴族の男爵家などは他貴族の使い走りのような扱いをされる。
そうならないよう、マルクが「伯爵家の客人だ」と強調し周囲へ釘を刺したとのこと。
「これで、懇親会中の面倒事はかなり減るはずだ」
「『無し』にはならないのですか?」
「……どこにでも、考え無しに行動する輩はいるからな」
このときの兄の言葉が現実になることをダニエルが知るのは、翌日のことだった。




