第13話 二つの領地の明暗
翌日の夕刻、エンダイバー家の庭には従者とその家族が集まっていた。
バーベキューパーティーの開催である。
オーク二体分の肉が、次々と焼かれては皆の胃袋におさまっていく。
仕事に従事している者の分は、きちんと取り置きをしてある。仕事を終えてから、家でゆっくりと食べてもらうのだ。
この日夜勤だったマティアスは、肉を頬張る妻と子に見送られ、血の涙を流しながら仕事へ出かけていった。
ダニエルも、サムエルの隣でガツガツ食べている。
「兄上、そういえば父上の姿が見えないようですが……」
「父上なら、さっき冒険者ギルドから使いの者が来て屋敷に戻られたぞ」
「お肉、父上の分を取っておきましょうか?」
「取り置きは必要ないと言われた。今日は、従者を労う目的で開催しているからな」
「!?」
これは、従者たちが主役のバーベキューパーティーだったらしい。
どうりで、兄が先ほどから食事をしていないわけだ。ダニエルは全然知らなかった。
そうとわかれば、領主一族の自分がいつまでも食べているわけにはいかない。
後ろ髪を引かれるが、そろそろ「ごちそうさまでした」をしなければならないようだ。
普通種のオーク肉はバラ肉、変異種は赤身のような肉質が特徴で、両方とも文句なしに美味しかった。
こってり派あっさり派と好みは分かれるが、ダニエルはそれぞれを交互に食べていた。
自分の皿にのっている肉を、ダニエルはじっと見つめる。
残っているのは、バラ肉と赤身が一枚ずつ。
もうお替りはできない。ならば、どちらを最後に食べるべきか。
真剣な表情で考えこんでいる弟に、兄は思わず吹き出した。
「ハハハ! ダニエルは、もっと食べればいいぞ。おまえが狩ったオークなのだから、遠慮する必要はない」
「ですが……」
「それに、見てみろ。肉はまだまだ、あれだけある。おそらく、今日中には食べきれないだろう」
「た、たしかに!」
ダニエルに、希望の光が差し込んだ。
「では、遠慮なくいただきます!!」
「ああ、心置きなく食べてくれ。そうそう、野菜もきちんと食べるのだぞ?」
「……前向きに、検討しま~す!」
ダニエルは、そそくさと肉を取りにいく。
『それって、結局食べないってことだろう?』と、兄は心の中でつぶやいた。
談笑しながら食事を続ける従者たちを、サムエルは眺める。
苦難の時代から領地を支え、苦労を共にしてきた大切な仲間たちだ。
彼らの献身に少しでも報いることができるよう、次期領主として、まずは学園でしっかりと学業を修めよう。
学園の入学に向け決意を新たにするサムエルの髪を、夜風が優しく揺らしていた。
◇◇◇
執務室にいるのは、ミヒャエルただ一人。
机には、読み終わった一通の手紙が置かれている。
ノック音が聞こえ入室を許可すると、騎士団長のジェラルドが入ってきた。
「食事中に、呼び出してすまない」
「いいえ、問題ございません。それで、ギルドマスターからの手紙は何と……」
「うちの領地にだけ、オークたちの情報が共有されていなかったようだ」
「そうですか……」
変異種が現れたと聞き、副団長のマティアスは部下を通じ冒険者ギルドへ情報の照会をした。
エンダイバー領を含む四つの領地に跨った森から出てきたのであれば、他領で目撃情報があってもおかしくはない。
対処法があれば、参考にできる。
ところが、他領からの情報は一切なかった。
マティアスは『オークは突発的に変異したもの』と判断したが、十体のオークと変異種まで出現しているのに全く情報がないことにギルドマスターが疑念を抱く。
極秘の調査を行ったところ、すでに半月ほど前に各領主から領地の冒険者ギルドへオークたちに関しての情報提供がなされていた事実を掴む。
変異種出現の情報を、領地が接している他領と共有するのは貴族間の暗黙の了解のはずなのに、エンダイバー領にだけ届いていなかったのだ。
ミヒャエルは、そこに作為的なものを感じている。
「オークたちの情報をわざと伏せ、我が領に損害を与える嫌がらせ。もしくは、恩着せがましく討伐部隊を派遣し恩を売るつもりだったのだろうな」
これまでエンダイバー領は弱小領地だったため、他領の貴族たちは歯牙にもかけなかった。
しかし、近年急速に発展したことで、出る杭と認定されたのか。あるいは懐柔すべき相手と認識されたのか。
どちらにせよ、相手の思惑はダニエルによって潰されてしまったが。
「一番疑わしいのは、アルマン伯爵か……」
彼の領地は、エンダイバー領の森を隔てた北側に位置している。噂では、度重なる不作と重税で領民の流出が後を絶たないという。
そして、逃げ出した彼らが目指すのは好景気に沸くこの地だった。
この事実だけでも、動機は十分にある。
「貴族というのは、煩わしいものだな」
エンダイバー家は現状どこの派閥にも所属していないが、同じ下位貴族の中には長いものには巻かれろとばかりに派閥へ属する者もいる。
貴族社会においては、それも処世術の一つだ。
ミヒャエルとしては、権力闘争など自分たちだけで勝手にやってほしいと思っているが。
都合の良いように利用され、矢面に立たされる。使い捨てにされるなど、御免被りたい。
「学園では、サムエルへ接触してくる者もいるだろう」
学園内にも派閥は存在する。
これから勧誘活動が活発になるのは想像に難くない。
「サムエル様でしたら、大丈夫かと」
「そうだな。心配なのは、ダニエルのほうかもしれない」
魔道具で変異種を殴り飛ばしたところを、複数の冒険者たちに目撃されている。
珍しい無属性魔法で、オークを討伐できるほどの強力な魔道具を操る六歳児。
噂が他領まで広がれば、否が応でも注目されるのは間違いない。
執務室の窓からは、庭の様子が見える。
従者たちの笑い声が届く。サムエルがダニエルへ説教をしているようだ。手には、野菜が盛られた皿がある。
「絶対に、守らねばならぬ」
「そうですね」
父として、領主として。
この何気ない日常を。穏やかな時間を。
賑やかなバーベキューパーティーは、まだまだ続く。
◆◆◆
同時刻、とある領の屋敷にて。
椅子にふんぞり返る男が、従者からの報告を受けていた。
「オークたちが、一日で討伐されただと?」
「はい。彼の地の冒険者ギルドで情報収集をしていた密偵からの報告です」
「馬鹿な……オークの群れに変異種ともなれば、そう簡単には対処できないはずではなかったのか!」
顔を真っ赤にして激高した男は、執務机を勢いに任せて叩く。『ガン!』という音とともにインク瓶が倒れ、机に染みを広げた。
部屋で報告を聞いていた家令が、サッと机を拭く。
「理由はわかりませんが、変異種は群れとは別行動をとっていた模様。オークたちは、たまたま町に滞在していた高ランク冒険者パーティーと騎士団によって討伐されました」
男でも名を知っている、王都を拠点に活動している高名な冒険者パーティー。
彼らへの依頼料は、かなりの高額になる。
それを簡単に用意できるエンダイバー家の財政状況は、今さら語るまでもない。
グッと拳を握りしめる男の体は、わなわなと小刻みに震えていた。
ちなみに、冒険者パーティーは討伐依頼のために他領へ行っていた。
その帰り道にわざわざ足を伸ばし、景気が良いと王都でも噂になっているエンダイバー領の様子を見に来ていただけ。
そこで、ギルドマスターから直々に指名依頼を受けたのだった。
依頼料を貰っているため、討伐した魔物の権利は依頼主にある。
ところが、エンダイバー家は最初から権利を彼らへ譲っていた。九体のオークであれば、依頼料分は十分賄えるにもかかわらず。
恐縮する冒険者たちに、ダニエルは笑いながら言った。「その金を町で使ってくれたら、有り難い」と。
後日、拠点に戻った彼らが他の冒険者たちへ語って聞かせることで、王都でのエンダイバー家の評判は鰻のぼりとなる。
自身の策が図らずもエンダイバー家のイメージアップを担ってしまったことに、思った以上に戦略が奏効したことに、男もダニエルも気づいていない。
「さらに、中型の魔物たちは森を出る前にオークたちによって狩られたか、他領へ逃れたようです。小型は森から大量に逃げ出しましたが、領民たちの良い小遣い稼ぎになったとのこと」
「クソッ、運も味方したのか……これでは、部下たちはまったく役に立たなかったではないか」
半月前、森を住処にしているオークの群れの一頭が突如変異した。
領地では、運悪く遭遇した冒険者たちに少なくない被害が出ていた。
警戒態勢を敷いていたところ、オークたちは姿を見せなくなる。すぐに森に隣接する領主たちへ伝令を送ったが、エンダイバー家だけはわざと報告を遅らせた。
これは、嫉妬からくるただの八つ当たり。
領地経営が上手くいかず困窮している自領とは対照的に、好景気に沸いているエンダイバー領が羨ましかった。
もしオークたちがエンダイバー領へ行き被害をもたらせば、多少なりとも溜飲が下がる。
そんなとき、男の脳内にある考えが閃く。
大量に発生した魔物の対処に窮しているところへ手を差し伸べたら、恩が売れると。
幸いなことに、領主は王都へ出かけており不在と聞く。
留守を預かる従者たちでは、到底対処しきれないだろう。
事前に子飼いの部下たちを町に滞在させておき、もしオークたちが現れたならすぐさま援軍を申し出る手筈だった。
「エンダイバー家から派遣料、もしくは件の魔導士か冒険者を借り受ける計画が、すべて水の泡だ!!」
「……こうなってしまった以上、エンダイバー家へ変異種に関しての報告の遅れを誠心誠意謝罪し、金銭の工面をお願いするしかありません」
報告を終えた従者に代わり、家令が声を上げた。
「なぜ、私が男爵ごときに頭を下げねばならぬのだ!!」
「このままでは、いずれ領地経営が立ち行かなくなります。そうなれば、領地は没収され法衣貴族となります。責任の所在によっては、家のお取り潰しもあるかと」
今はまだ可能性を説いているが、このままでは近い将来領地はなくなると家令は確信している。
そして、その責任の所在は明白。
領主一族が、収入に見合わない生活を続けているためだ。
経営不振の理由が作物の不作や災害だけであれば、国へ支援要請ができる。
しかし、身の丈に合わない贅沢三昧をしている限り、生活を改めない限り、国から支援が届くことはない。
(噂によると、エンダイバー家は財政が潤っても贅沢三昧はしていないようですね)
エンダイバー家が領地経営が苦しくとも領地を没収されることがなかったのは、領主一族が領民と苦労を分かち合ってきたから。
増税は一切せず、貴族なのに清貧生活を貫いてきた。
経済的に裕福となった今でも生活様式を大きく変えることはせず、利益は領地と領民へ還元している。
だから領内の経済が回り、増税しなくても税収が増える。
領主の鏡とも言うべきお手本のような姿。
どこぞの一族へ爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。
どれだけ進言してもまったく聞く耳を持たない彼らに、従者たちの忠誠心も次第に薄れていく。
重税に耐え切れず逃げ出す領民だけでなく、従者たちの中にも領主へ見切りをつけ始めた者も出てきた。
家令自身も、今後の身の振り方を真剣に考えるときが来ていると感じている。
(あちらの家には家令はいないようですから、ぜひとも雇ってもらいたいものですね……)
いまだに喚いている主から視線をそらすと、従者と目が合う。
苦笑いを浮かべた二人が顔を向けた窓からは、静まり返った庭園が見えた。




