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俺の人生、サービス終了まであと六日らしい  作者: みき


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6/21

二日目 ③

 高校の近くを離れて十分ほど歩いた頃、雨が降り始めた。


 最初は頬に一滴当たっただけだった。


「雨?」


 美月が空を見る。


「天気予報、降るって言ってた?」


「見てない」


「悠真らしい」


「美月は?」


「見てない」


「人のこと言えないじゃん」


 そう話しているうちに、雨粒が少しずつ増えた。


 道路に小さな点が広がり、歩いている人たちが次々と傘を開いていく。


「あ」


 美月がバッグを探る。


「傘あるの?」


「あると思ったんだけど」


「思った?」


「昨日バッグ変えた」


「じゃあないんじゃない?」


「……ない」


「俺もない」


「何で?」


「朝降ってなかったから」


「天気予報見る意味ないじゃん」


「今日は見てない」


「もっとだめじゃん」


 雨はすぐに強くなった。


 二人は近くの建物の屋根まで走る。


「最悪」


 美月が髪についた水滴を払った。


「駅までまだ結構あるな」


「どうする?」


「コンビニで傘買う?」


「近くにあったっけ」


 悠真がスマートフォンで地図を見る。


 少し先に一軒ある。


「五分くらい」


「この雨で五分?」


「待ってれば止むかも」


「そうかな」


 空を見る。


 雨雲は厚かった。


 しばらく待ってみたものの、雨脚は弱くならない。


「行くか」


「濡れるよ」


「ここにずっといるよりいいだろ」


 二人は屋根から出た。


 数歩走ったところで、美月が立ち止まる。


「悠真」


「何?」


「あそこ」


 道路の向かいに、小さな雑貨店があった。


 店先に透明のビニール傘が並んでいる。


「あるじゃん」


「地図に出てなかったぞ」


「古い店だからじゃない?」


 二人で店へ走った。


 悠真はビニール傘を一本手に取る。


 美月も取ろうとしたが、棚は空だった。


「あれ」


「一本しかない?」


「みたい」


「店員さんに聞いてみれば?」


 聞いてみると、在庫もそれで最後だと言われた。


 悠真は少し考えてから傘を買った。


 店を出る。


「悠真使って」


 美月が言う。


「何で」


「買ったの悠真だし」


「美月どうするんだよ」


「駅まで走る」


「この雨で?」


「大丈夫」


「無理だろ」


 悠真は傘を開いた。


「入ればいいじゃん」


「二人で?」


「他に方法ある?」


「……じゃあ、お邪魔します」


「何で急に丁寧なんだよ」


 美月が傘の中へ入る。


 思ったより近い。


 肩が触れそうになる。


 悠真は少しだけ傘を美月側へ傾けた。


「悠真、そっち濡れてるよ」


「大丈夫」


「大丈夫じゃないでしょ」


 美月が傘の持ち手に手を伸ばす。


「もっと真ん中」


「近いって」


「濡れるよりいいじゃん」


「まあ……そうだけど」


 二人の肩が軽く触れた。


 美月は気にしていないようだったが、悠真は妙に意識してしまう。


「何?」


「何でもない」


「今日それ多くない?」


「美月に言われたくない」


「私はちゃんと言ってるよ」


「どこが」


 雨音が傘をたたく。


 道路に水が流れ、車が通るたびに大きな音がした。


 二人は自然と歩幅を合わせて歩く。


 少しして、美月が笑った。


「懐かしいね」


「何が?」


「こういうの」


「雨?」


「違う。一つの傘」


 悠真は記憶を探る。


「ああ」


「覚えてる?」


「高校の時だろ」


「やっぱり覚えてるんだ」


「一年の時じゃなかった?」


「二年」


「そうだっけ」


「文化祭の準備してた時」


「ああ、そっちか」


 記憶がつながる。


 高校二年の秋。


 文化祭の準備で遅くなった日。


 急に雨が降った。


 美月が傘を持っていなかった。


 悠真の傘に二人で入った。


 確かその日も、駅まで同じ道を歩いた。


「美月、あの時びしょびしょになってたよな」


「悠真が自分の方ばっかり傘寄せるからでしょ」


「逆だよ。美月が外側歩いてたから」


「絶対違う」


「覚えてるって」


「私も覚えてる」


「じゃあどっちかの記憶がおかしいな」


「悠真でしょ」


「美月だろ」


 二人で笑った。


 あの日もこんな感じだった。


 くだらない話をしながら歩いて、駅に着いて、そこで別れた。


 悠真は、あの時かなり緊張していたことまで思い出した。


 美月の肩が近かった。


 シャンプーの匂いがした。


 何を話せばいいか分からなくなって、どうでもいい話を続けた。


 今もそれほど変わらない。


「悠真」


「ん?」


「あの時さ」


「うん」


「私、結構嬉しかったんだよ」


「何が?」


「傘入れてくれたの」


「それくらい普通だろ」


「普通でも嬉しいものは嬉しいの」


「そういうもん?」


「そういうもん」


 美月は少しだけ顔を伏せた。


「私ね、あの時――」


 そこで言葉が止まる。


「何?」


「やっぱいい」


「また?」


「今のは本当に何でもない」


「最近それ多くない?」


「悠真が何でも聞こうとするから」


「途中まで言うからだろ」


「じゃあ忘れて」


「気になるじゃん」


「そのうち教える」


 悠真は思わず笑った。


「俺の言い方うつってるぞ」


「あ」


「『そのうち』は禁止じゃなかった?」


「私にはいいの」


「ずるいな」


「じゃあ、また今度」


「それも禁止」


「細かい」


 雨はまだ降っていたが、駅に近づくにつれて少し弱くなってきた。


 駅前には、傘をたたんでいる人もいる。


「もうすぐ止みそう」


 美月が言った。


「駅着く頃に止むやつだな」


「よくある」


「傘買った意味なかったかも」


「いいじゃん。また使えるし」


「家にビニール傘何本あると思ってるんだ」


「知らないよ」


「五本」


「何でそんなあるの?」


「毎回こうやって買うから」


「学習しないね」


「次から持つ」


「絶対持たない」


「明日は持つよ」


「明日は降らないんじゃない?」


「じゃあいらないな」


「もうだめだ」


 駅の屋根に入る。


 悠真は傘を閉じた。


 美月が自分の髪を触る。


「結局ちょっと濡れた」


「俺も」


「傘、小さかったね」


「二人用じゃないからな」


「でも高校の時よりは上手だった」


「何が?」


「傘さすの」


「六年でそこだけ成長したのかよ」


「いい成長じゃん」


「もっと他にあるだろ」


「例えば?」


「仕事してる」


「私もしてる」


「一人暮らししてる」


「私も」


「……何だろうな」


「意外と変わってないんじゃない?」


 美月が笑う。


「そうかも」


 二人は改札前まで歩いた。


 昨日と同じ場所。


 けれど昨日よりも、別れるのが少しだけ惜しい気がした。


「今日はありがと」


 美月が言う。


「買い物?」


「それも。傘も」


「どういたしまして」


「あと高校まで付き合ってくれたのも」


「俺も懐かしかったから」


「楽しかった?」


「うん」


「即答なんだ」


「悪い?」


「ううん」


 美月は少し嬉しそうに笑った。


「じゃあ、帰るね」


「うん」


「傘ありがと」


「今度は持ってこいよ」


「悠真もね」


「俺はちゃんと持つ」


「明日だけでしょ」


「信用ないな」


「六年分あるからね」


「それまだ言う?」


「言う」


 美月が改札へ向かう。


 数歩進んだところで振り返った。


「悠真」


「何?」


「またね」


「うん。また」


 昨日と似た言葉。


 でも悠真は、昨日とは少し違う気持ちで美月の背中を見送った。


 電車に乗り、家へ帰る。


 窓には雨粒が残っていた。


 悠真はスマートフォンを取り出した。


 メッセージは来ていない。


 別に毎回すぐ連絡が来るわけではない。


 そう思って画面を閉じる。


 三分ほどして、スマートフォンが震えた。


 美月だった。


『今日はありがと』


『どういたしまして』


『楽しかった』


『俺も』


 少し間が空く。


『高校の時思い出した』


『傘?』


『それも』


『他は?』


『秘密』


『秘密多すぎ』


『いつか教える』


 悠真はその一文を見て、少しだけ笑った。


『いつかっていつ』


 送る。


 今度はすぐ返事が来なかった。


 電車が一つ駅を通過する。


 やがて画面が光る。


『じゃあ明日』


 悠真はその文字をじっと見た。


『明日?』


『明日教えるとは言ってない』


『じゃあ何』


『また明日ね、ってこと』


 その下に、小さな笑顔のスタンプ。


 悠真は窓の外を見る。


 雨はほとんど止んでいた。


 暗い町の中を、家や店の明かりが流れていく。


 昨日までなら、誰かに「また明日」と言われても何も思わなかったはずだ。


 仕事なら毎日使う。


 友達にも使う。


 何でもない言葉だ。


 それなのに、美月から届いた四文字を見ていると、少しだけ胸が温かくなる。


 明日も話せる。


 今日で終わりではない。


 そう思えることが、思っていたより嬉しかった。


 悠真は返信欄を開いた。


『また明日』


 送信する。


 すぐに既読がつく。


 それだけだった。


 特別な言葉ではない。


 約束と言うほど大げさでもない。


 ただ、今日の続きが明日にもある。


 二人とも、そう信じていた。


 悠真はスマートフォンをポケットへしまった。


 電車はいつも通り、次の駅へ向かって走っていた。

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